悪役転生~推しの為なら魔王もぶっ飛ばすッ!!~
いくらチャン
第1話 気がつけば異世界。されど、知ってる風景
突然だが、異世界に飛ばされてしまった。
そう、なんの前触れもなく、いきなり。言っていることの意味がわからないだろうが、俺が一番意味がわかっていない。
何故こんなところに飛ばされたのか、いつ飛ばされたのかなどなど、知りたいことは山ほどある。しかし、いまはそれどころではない。
「お前は、何者なんだ!!」
俺に向かって震える手で握ったナイフを構え、そう勇ましく声を張り上げる少年。
彼の名前はフレイア。先日13歳の誕生日を迎えた男の子で、好物はホルリという実を使った母親特製のパイだ。
ちなみに、俺と彼は正真正銘の初対面である。なのに、俺は彼の事を詳しく、そう、恐らく本人よりもよく知っている。
何故なら、俺が飛ばされたこの世界が人生で一番やり込んだゲーム、『オリンポス・サーガ』の世界であり、フレイアは主人公キャラだからだ。リメイク版を含め、一万回はクリアしたゲームである。
「な、なんとか言ったらどうだ! 怪しい奴!」
「ま、待ってくれ! 俺は怪しい者では……」
俺はそこまで言いかけて、自分の姿にハッとなる。
よく見てみれば、俺の右手は
イザーグ・ドルグマン。
物語の序盤から登場し、幾度もフレイアと対決し、そしてやがて彼の手によって正義の刃を受けて朽ち果てる悪役だ。
その性格は冷酷無慈悲で、剣技と魔術を巧みに操る所謂強ライバルキャラだ。最期は、過去にとある事件で失ってしまった妹のローザの影をヒロインに見て、その隙にフレイアの覚醒技に討たれることとなる。
幾度もフレイアの前に立ち塞がり、その度にフレイアは成長を遂げていくというキーマンの一人だ。
そして、この場面は俺は幾度も見たことがある。
一巻の冒頭のシーンで、魔王に命令されたイザーグがフレイアの住む村を破壊しに来たシーンだ。
魔王の持つ『ミーミルの首』と呼ばれる予言を授ける生首が、この年に13歳の成人の儀式を受けた者の中から未来の勇者が選ばれ、魔王の命を脅かすという予言をしたのだ。
ミーミルの首はかつて魔王が神々と戦った際に奪った神具の一つで、予言は絶対の力を持つ。なので、この物語の主軸はフレイアの成長譚でありながら、実は魔王が逃れられない定めに抗うというもう一つのストーリーがあったりするのだが、それも今は置いておく。
いまの大きな問題はストーリー通りにするのであれば、俺が目の前の長閑な村を焼き討ち、フレイアの家族を惨殺したうえでフレイアの頬に消えない傷をつけないといけないことだ。
いやいやいや、嘘だろ? 俺が人殺しどころか、村を焼くだって? そんなこと、できるわけないだろう!
俺はしがないただの34歳のサラリーマンで、喧嘩のひとつもしたことがないんだ! 夢なら早く覚めてくれ!!!
俺はマントの下で自分の太ももをぎゅっとつねる。しかし、襲ってくるのは鈍くジンジンとする痛みだけであり、夢が覚めるような感覚は一切なかった。
突如、自分の太ももをつねり始める俺の奇行を訝しげに見てくるフレイア。その時、フレイアの背後にあった藪が揺れて、小さな影が飛び出した。
「おにいちゃん、マーマが呼んでるよ!」
どんぐり眼で藪から飛び出したのは、小さな可愛らしい女の子であった。
「アンネ! 駄目じゃないか、村から出てきちゃ! 怪我はないかい?」
「だいじょうぶだもん! アンネ、もう8才だから迷わないもん! あれ? そのおじちゃん、だーれ?」
女の子の正体はフレイアの妹であり、本来であればこの直後に
彼女の死はフレイアの中に眠っていた力の覚醒に重要な鍵となり、イザーグを恨む最大の理由となる。
こちらを見つめるアンネは、本当に天使と言っても過言ではない程に愛くるしい少女であった。ゲームの中では冒頭の僅かな部分と、途中のイベントでフレイアの深層心理に登場するくらいの云わばサブキャラではあるが……俺はこのゲームで一番好きなのは何を隠そう、アンネであった。
あまり声高々に叫ぶことではないが、俺は正直言ってロリコンだ。だが誤解をしないでもらいたいのは、俺は『紳士』と呼ばれる種族である。イエス、ロリータ。ノー、タッチ。
「……アンネは村に戻って、バルじいさんを呼んできて。怪しい奴がいるって」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は本当に怪しいものでは……」
ヤバイ、このままでは人を呼ばれてしまい、犯罪者扱いになってしまう。いや、この後に村を壊滅させることを考えればなんの問題もないのだが……。
「えー? このおじちゃん、怪しくないよ? うーん……とっても優しそう!」
「「えっ!?」」
アンネの驚きの発言に、思わず声を揃えてしまう俺とフレイア。
正直、俺の風貌は一言で言えばどこぞのおしゃれポエミーな作品に出てくる死神の様な黒一色であり、背中には二本の長剣を担いでいて、ぶっちゃけ怪しさしかない。もし本当の俺がこんなやべぇのに町で出くわしたら秒で漏らす自信がある。
「アンネがそう言うなら、そうなのかも……ごめんなさい、急にナイフなんて向けてしまって」
「えっ!? あ、いや、はは……ご、誤解されるような格好をしている俺も悪かった」
「僕の名前はフレイア。こっちは妹のアンネで、どうしてかわからないけど、人の悪意を察する不思議な力を持っているんだ」
「不思議な力……? あぁ! いや、こちらこそすまない。俺の名前は、えーっと……イザー……」
俺は咄嗟に口を手で塞ぐ。イザーグは既に魔王軍では幹部級の扱いであり、その名前は民草にも知れ渡っている。正直に名乗るわけにもいかず、俺は嘘の名を名乗ることにした。
「イザ?」
「イザ──ヨイ。そう、俺の名前はイザヨイだ。よろしく頼む」
「イザヨイさんですね。ようこそ、ボルテ村へ」
「いらっしゃい! イザヨイのおじちゃん!」
「こら、アンネ! おじさんではなく、お兄さんだよ」
「はーい。よろしくね、イザヨイお兄ちゃん!」
そう言って満面の笑みを見せてくれるアンネ。
アンネの能力に関しては、そういえば開発記事のどこかで小さく裏設定にあったような気もする。実際ゲームでは活躍の日の目は見ないし、そもそも解析でも搭載されていなかった。
本当に天使の様な娘だ。だが……このまま運命通りになるのであれば、アンネのこの笑顔は永遠に失われてしまう。それも、俺たち魔王軍の手によって。
では、抗ってみるか?
恐らく無理だ。
この冒頭イベントはイザーグだけではなく、魔王四天王の一人である西風のゼピュロスが軍勢を率いている。イザーグは先駆けの様なものであり、この後に千を越える魔物が押し寄せてくる。そうして、フレイアの村は壊滅し、アンネもイザーグによって殺されてしまう。例え
何故、急にこの世界に連れてこられたのかはわからない。もしかすれば、これは本当は夢かもしれないし、実は現実で俺が死んでしまって今際の時に見る幻覚なのかもしれない。
それでも、俺はこの笑顔と推しを守りたい。
そして、小さい頃から遊んできた『オリンポス・サーガ』の不満点。
二度のリメイクを経ても変えられることはなかった、救済ルートもなかったアンネとイザーグというキャラクターの運命。それを変えることがもしかすれば、本当に僅かな可能性かもしれないが出来るのかもしれない。
もしも、それが出来るのであれば……俺は。
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