魔導の光は闇を照らして影を生む

Edy

その手がつかむものは

第1話 再会の邪魔をするのは衛兵

 時代が移ろえば、人の生き方も変わる。だから俺は剣を手放した。


 それを思いだしたのは、光を生み出す魔道具を持った衛兵とすれ違ったからだろう。金属の筒から発せられた冷たい光は、すり減った石畳やびた看板を浮き彫りにする。暗い路地でうずくまっていた酔っ払いが光を向けられて眉をひそめた。


 ほとんどの店が閉ざされた夜の王都を進み『剣聖の厨房ちゅうぼう』に足を踏み入れる。


 思っていたより客が多い。苦いエールの香りと溶けたチーズの匂いに刺激された腹を押さえて見回すと、見知った男が奥のテーブルで手を振っていた。


「ケヴィン、半年ぶりだね。元気かい?」

「お前こそ。少し痩せたな」


 同郷の友、クラウスは爽やかな笑顔を見せると、立ちあがろうとしてテーブルにかけてあるつえに手を伸ばす。


「いいから座ってろ」


 俺はかがんでクラウスの背中に手を回し、お互いに背中をたたきあった。


「ずいぶん遅かったじゃないか。来ないかと思ったよ」

「俺だってもっと早く来たかったさ」


 丸椅子を引き寄せて腰を下ろす。ようやく終えた王都での仕事がどんなに大変だったか話すが、隣のテーブルの騒ぎにかき消された。


「デルドルフの野蛮人どもにひと泡吹かせてやる!」

「リュノール王国万歳!」


 軍服姿の男たちは銅のジョッキを掲げてかち合わせた。騒いでいるのは兵士たちだけではない。店中が活気付いていた。


 その様子にクラウスが困ったように笑う。


「ここまで大騒ぎしてるとは思わなかったよ」

「デルドルフ連邦との戦争が激化すると耳にしたが、ここまで浮かれるものか?」

「王都から国境は遠いからね。それに戦争のおかげで仕事も増えて、財布のひもが緩んでるんだよ。こういうの何て言ったっけ?」

「戦争景気だ」


 俺は椅子の上に立ち、騒ぎに負けじと大声を張り上げて料理と酒を頼む。


「戦争要因の好景気なんて勝ち続けないと維持できない綱渡りなのにな」

「そうなんだ。領主代理をしているだけあって詳しいね」

「学んだからな。それでも王城の財務官を相手にしたら手も足もでない。見ろよ、この手。書類の書き過ぎで震えてやがる」


 力が入らない手を振ると、クラウスは肩を震わせて笑い、湯気立つグラスを傾ける。ブランデーの香りが俺にまで漂ってきて唾を飲んだ。


「ホットブランデーかよ。男ならエールだろう」

「美味しければ何だっていいじゃないか。僕はこっちの方が好きだし」


 俺も早く飲み食いしたいが、こうも繁盛していると待たされそうだ。一本よこせ、とクラウスの前にある腸詰めに手を伸ばす。


 歯ごたえのある食感と爽やかなからさに驚いて断面を見ると、赤黒い粒が混じっていた。


「クトゥの実か。乾燥させたやつとはいえ、リュノールこのくにで食えるとは思わなかった」


 クトゥはデルドルフに生える木だ。その実は血のように赤いが、乾燥させると黒ずんで味が落ちる。それでもこの珍味を求める者は多い。


「ケヴィンも好きなんだ」

「こんなにうまいものを嫌うやつがいるか? しかし高いだろう。支払いは大丈夫か?」


 敵国デルドルフ連邦との国交は閉ざされており、第三国経由でしか入手できない。そうなると値段は跳ね上がる。不安になったがクラウスは平然としていた。


「そうでもないよ。最近は手頃な値段で買える」

「なぜだ?」

「知らないよ」


 クラウスはグラスを傾けて顔をほころばせる。辛みのある腸詰めとホットブランデーが合うのかは疑問だが満足そうに見えた。


「うまいものが安く食べられる。それだけで十分さ」

「まったくだ」


 最後の一本に手をのばすが、つかむ前にクラウスのフォークが刺さった。


「駄目だよ。これは僕のだ」

「さっさと戦争なんてやめればいいんだ。そうすれば、いくらでも食える」


 行き場の失った手を引っ込めてテーブルをコツコツ叩く。まだ待たされるのか? もう腹が減って限界だ。せめてエールの一杯でもあれば落ち着けるのに。


 苛立つ俺を見たクラウスはまた笑ってテーブルをゆらし、杖が倒れかけた。俺が手を出す前に、友は足の甲で受け止めズボンの裾からのぞく金属板が鈍く光る。


 器用に引き寄せるのを見て驚きの声をあげた。


「義足だとは思えないな。しかも魔導具じゃないのが驚きだ」


 クラウスの両脚は普通の義足で、魔導の義足と違って可動しない。もちろんそっちの方が楽だが庶民に手が届くしろものではなく、定期的に整備が必要だし、そのたびに金も必要だ。


「魔導の義足なんかなくても僕は不自由していないさ。この脚でどこへだって行ける。だろう?」

「違いない」


 白い歯をみせるクラウスにつられて笑った。


 それにしても飯はまだか? 催促しようと立ち上がりかけた時、店の入り口が騒がしくなった。その原因を作ったのは革よろいを着込んだ三人の衛兵。そいつらは鉄板が貼りつけられた革のブーツを鳴らしながら店の中央に進む。先頭にいる男が大きな声で呼びかけると店内は水を打ったかのように静まった。


「この中にケヴィン・ラバールはいるか!」


 俺を名指しだと? しかし、これから飯と酒だ。相手をしてやる気はない。


 頬杖を突く俺にクラウスが緊張した思落ちで顔を寄せた。


「ケヴィン、何をしたんだい?」

「何もしていない。ずっと王城で仕事してただけだ」

「名乗り出た方がよくないか?」

「断る。腹が減っているんだ。ついて行ってみろ。飯がお預けになる」


 そんなやりとりが見られていたのか、ひとりの衛兵が声を荒らげながら近づいてくる。


「そこ! 何をこそこそしている!」

「何も。そう怒鳴らないでくれ」


 やんわり言っただけなのに、肩をつかまれて無理やり振り向かされる。まったく、いつからこの国の衛兵はこんなに横暴になった? 教えてもらわなくてもわかる。こいつらが魔導ライフルを持つようになってからだ。


 長剣と変わらない大きさを持つ合金の筒。それにごちゃごちゃと金属や木片を貼り付けただけに見えるが、立派な武器だ。


 魔力を流し込んで引き金と呼ばれる部品を指で引く。それだけで轟音ごうおんとともに銃弾が発射される。それは弓矢より遠くまで飛ぶ上に殺傷力も高い。さらに、誰にでも簡単に行えた。それこそ子供にでも。


 二発目を撃てるようになるまでの準備に手間がかかるとはいえ、持っているだけで威圧感を与えられる。衛兵が増長するのは必然だった。


 黒光りする銃身をにらむ姿が、反抗的な態度に見えたのだろう。背中にある魔導ライフルを握り、銃口で俺の肩を突く。


「立て!」


 言われるまま立ち上がると、にらみ上げられる。


「お前がケヴィン・ラバールだな?」

「どうしてわかる?」

「長身、黒の短髪、焦げ茶の瞳。そしてその顎髭あごひげだ。リュノールで髭を生やす者は少ない。粗暴の証だからな。おい! こいつだ!」


 入口から店内を見張っていた衛兵が俺の顔を見て笑う。


「髭なんて生やしてデルドルフ人じゃないのか? 国境のプロヴィル山脈で大勢が行き来した痕跡が見つかったらしいし、こいつがその密入国者かもな」

「好きに言えばいい。それでどうする? 俺を撃つのか?」


 威圧するつもりはなかったが、踏み出すと残りの二人もライフルに手をかけて俺ににじり寄る。


「大人しくしろ!」

「何もしていないだろ」

「お前を連行しろと命令を受けている。いいか、逆らうなよ」


 ひとりが俺の背中を銃口で押す。苛立ちが湧き上がるが、ため息とともに吐き出した。やりあっても分が悪い。こんなひよっこどもが相手でもだ。一発でも命中すれば終わる。


「わかった。どこにでも行ってやるよ」


 前後を挟まれて『剣聖の厨房』から踏み出そうとしたが、首だけで振り返る。客たちは好機の目を俺に向け、クラウスは不安そうな顔をしていた。


「ケヴィン。大丈夫なのか?」

「ああ。また今度飲みなおそう」


 歩け、と魔導ライフルで背中を突かれて王都の闇に足を踏み出す。


 俺が生まれた30年前、戦争が最も激しかった頃、発明されたばかりの魔導ライフルによってリュノール王国は生きながらえた。


 新たな時代の到来は剣の時代の終わりでもあった。

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