【40幕】夢は現実を浮き立たせる光
「おっ! 雰囲気が変わった? 攻撃的じゃなくなると、困るんだよね。ほら、僕は、どちらかと言うと面倒くさがりな性格でね。自分からは、攻撃しないんだよ」
変わったやつも、世の中にはいるものだな。ゼオンは、やる気の無い強者、そんな人物を初めて見た。あくまで、
「変わった奴だな……。ここには、俺が言うのも何だが、まともな連中がいないな……」
この大会を通しての、ゼオンの感想だ。だが、それを差し引いても、実力者と闘えるのであるから幸せな時間である。今はただ、この拳を交える刹那に身を委ねよう。ゼオンは、ゆるりと構えをとった。
攻撃するために、ゼオンは脳から四肢に信号を送る。通常の反応速度のさらに、10分の1。魔力を利用した、反応速度の極限までの増大。そして、
武術の達人が見る景色。一切の動きが止まり、ゼオンだけが動いている感覚。試しにと、ゼオンは突きを繰り出す。拳から伝わる衝撃。攻撃を避け反撃しようとしたラインの肩に、ゼオンの拳が刺さる。同時に繰り出す、足刀蹴りは腹部に決まっていた。意識と無意識の領域。ゼオンが意識した攻撃と、無意識に放つ攻撃。これならば、白蓮闘神の技にも対応できるとゼオンは感じていた。
「ぐっ……。流石だね。久しぶりだよ、こんなにダメージを受けるなんて。遊んでは……いられないね。魔力が尽きるけど、全開でいくよ!」
「ありがたい! 俺も全力で行かせてもらうぞ!!」
ゼオンも負けじと魔力を全開にし、身体に巡らせる。反応速度が、感覚が、さらに研ぎ澄まされる。格闘術の極地とでもいうのだろうか。ゼオンは、無音の時が流れる世界に、技と技が交差する世界に、刹那の幸福を感じていた。
「
ゼオンは意識の外から、ゼオンを見ていた。積み重ねた修練は、技となって身に宿る。意識せずとも、四肢は、ゼオンが積み重ねた技を繰り出す。ラインの回避を上回る速度、予測不能な連撃。ゼオンの純粋な格闘術が、ラインに決まりだす。
上段を蹴るかと思いきや、一気に軸足を折り曲げ、ラインの下肢に攻撃を移す。着地した蹴り脚を軸足に切り替え、地面を踏みこむ。跳躍した身体を回転させ、踵落としを繰り出す。蹴りの雨が止めば、突きの風が
ドガッッッッッッ!!!
ゼオンの拳が、ライン下腹部を撃ち抜く。ゼオンは衝撃を感じるとともに、ラインが吹き飛ぶのを見ていた。しばらく起き上がることは、ないだろう。
「ラインの気絶により、勝者はゼオン、ロイドチーム!! 優勝です!!!」
小さな拍手が起こる。大きな拍手の波になるまでに、時間はかからなかった。ゼオンは、高らかに拳を突上げ、勝ち名乗りを上げた。
「ゼオンさん!! やりましたね! これで、これで……」
興奮で泣きながらやって来たロイドの頭を、ゼオンはおもむろに腕で挟み、頭を軽く小突きながら喜びを分かち合った。これで、食堂が永年無料だ。
「
試合に勝った喜び以上に、ゼオンは
◇◇◇◇◇◇◇
「茶番だな……」
「一体、何をしていたんですかね……」
――まさに、徒労
ゼオンは絶望とはこのことかと、初めて理解できた。この世に神など、在りはしない。在るのは、大会運営委員。今年の優勝商品は、
つまり、
「ロイド……カリフを許せるか?」
「えっ? 消すしかないですよね! はははっ!」
食べ物の恨みは恐ろしい。ロイドを見ると、目つきが冷徹である。笑っているが、目は笑っていない。
ゼオンは、表彰台の上で涙を流していた。喜びの涙ではなく、絶望の涙。空は青く澄み渡っているが、ゼオンとロイドの周りは黒く淀んでいた。他の選手から寄せられる祝福の声も、再戦の依頼も、耳をすり抜けていく。
――鳴り止まぬ拍手と歓声。ゼオンは試合に勝って、勝負に負けた。
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