【37幕】辛味調味料は身体を燃やす燃料

「なにっ! 食事は持参しろだと! そんなこと、誰が言っていた?」


「ゼオンさん、マルス教授が抽選会の時に、しっかり説明してましたよ?」


「くそぅ……」


 ゼオンは、食堂や出店の類があるものだと、内心ウキウキしていただけに、ロイドから告げられた現実に心を砕かれていた。試合なんてどうでもいいから、王都の飯屋でも新規開拓しに行こうと、ロイドを誘うが丁重に断られ、ゼオンは砕かれた心をさらに踏みつけられたのだった。


「あげませんよ!」


 ロイドに少し分けてくれと言う前に、先手をうたれた。読心術でも使えるのかとゼオンは驚いていたが、口から無意識に垂れていたヨダレに気が付き、答えを悟った。


「腹が減っては、試合に勝てん」


「一食抜いたくらいじゃ、動けなくなったりしませんよ」 

 

 問答無用の無慈悲なロイドの言葉が、魔術の如く、砕かれて踏みつけられたゼオンの心を灰にした。今日の昼食は、水で我慢しよう。ゼオンは涙を堪え、唇を噛み締め、さらに肩を落としながら、控え室に向かっていた。


「いや〜、凄い試合でしたね。」


 観客席から、トラジェ達がやってきた。凄い試合だったのかは、ゼオンの中では色々と疑問があるが、労いに来てくれるあたりがいいやつだなと、ゼオンはつくづく思う。壊滅的なこの状況を、トラジェなら解決してくれるだろう。ゼオンは期待を込めて、この窮地を救ってくれと、状況を説明した。


「あ〜、昼食を忘れたんですか。ゼオン君らしいですね。これ、あげますよ」


「じゃあ、私もゼオン君を助けてあげるわ」


 隣にいたダリアも、ゼオンに助けの手を差し伸べてくれた。持つべきものは友である。ゼオンは、二人から受け取った袋を覗き込む。袋の中には、果物が入っていた。


「トラジェ! ダリア! 恩にきるぞ! 」


「ゼオンさん! 良かったですね。野生動物みたいじゃないですか」


 ゼオンは昼食を確保でき内心ホッとしたが、ロイドの最後の一言には、腹が立つなと感じてしまう。それにしても、トラジェとダリアもクスクスと笑っているのが気になる。小馬鹿にされた気分だ。


 そこに、遅れてノアがやって来た。ロイドがゼオンの失態を、ノアに伝えている。競技会でゼオンの足を引っぱったら特訓を行うとノアに恫喝されて以降、ロイドはノアの顔色を伺うようになった。余計なことを言わなければいいがと、ゼオンは思う。


「ゼオン! お昼に食べるものがないのね! 私の昼食をあげるわ。沢山あるから、みんなで食べましょ!」


 ノアの料理は、味は決して悪くはない。悪くはないのだが、独創的な悪ふざけを、放り込んでくる。大陸で一二を争う硬さの食材を、パンに詰め込む。それを普通のパンと混ぜて、振る舞う暴挙に及んだ。それを食べて、歯が折れた者もいる。幸い、ゼオンは無事であった。


「あっっとぅうございまぁっっす!! 」


 深々と頭を下げるロイドを見て、止めておけと伝えようとした時、腹部に痛みを感じた。ノアが笑顔で、ゼオンの腹部に肘を刺していた。もう、なるようにしかならない。悲劇の扉は、何時だって、急に開く。死人がでない様にと、ゼオンは祈った。



◇◇◇◇◇◇



「ぐわぁっっっ!! ノア! なんだ、これは!」


「ゼオンさん! 目がっ、目がぁぁぁっっ!」


 ノアの用意した昼食を食べた途端、身体が燃えた。身体中から、汗が滝の様に流れだす。ただのフライドチキンではない。口の中で咀嚼し、飲み込むと、喉が裂かれる痛みに襲われる。トラジェとダリアは、当たりを引いたみたいだ。普通に、うまそげに食べている。ゼオンは、逃げ出したかったが、逃げなかった。正確には、逃げた場合、より恐ろしい目に合うことが明らかだったからだ。賛辞の言葉を伝え、惨事を回避しなければとゼオンは考えていた。


ゔぅまいぞ美味いぞ!! ノヴノアァッッッ!! ロイド! もっとぐぅえ食え!」


 胃は痛みを訴えるかのように、痙攣している。唇も、震えがとまらない。ゼオンは、耐えた。必死に、耐えた。明日を生きるために。意識を保つため、必死に食らい続けた。倒れかけるロイドの口に、フライドチキンを詰め込む。


「特性の地獄の辛味調味料デスヘブンを使った、特性フライドチキンよ! 甘辛いから、食べやすいでしょ! 」


 トラジェとダリアが、いつの間にか食べるのを止めている。良くみると、持参の昼食を食べているではないか。裏切り者め、ゼオンは恨めしそうに睨むが、二人は目をそらすだけで、助けてはくれなかった。


 嬉しそうに料理を渡すノア。そして、椅子に座りピクリとも動かないロイド。ゼオンは、泣き叫びながらも食事を続けていた。


 




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