3章 エルフ王国モルベガ篇
【20幕】情報は智慧を産み出す武器
「いろいろと心配をかけたみたいね。みんな、ありがと」
空元気なのであろうか。どことなく、いつもとは違う雰囲気である様にも感じる。ダリアは、大会での負傷による後遺症もなく、ゼオン達の前に笑顔で立っている。大会で気を失ったのは、脳震とうを起こし、気絶していたようだ。
怪我や、紋様による身体への異常がないかを確認するため、治療研究所に数日のあいだ検査入所していた。そんなダリアを、ゼオン達はほぼ毎日、見舞いに行っていた。
紋様のことを話すと、ダリアは驚いてはいた。呪術であることも伝えたが、死に至る可能性については触れないようにした。確証がない、というのが全員一致の意見である。そうであるならば、伝える必要はないと判断した。
現状、ダリアを見た限りでは健康そうであり、問題はないように見える。だが、油断はできない。いつ、何が起こるかは、誰もわからない。
とりあえずは、研究室全員でモルベガに向かうことに決めた。ダリアの紋様を解決できる可能性にかけ、移動時間の無駄を省くためだ。対外的にも、教授という立場のカリフがいれば、悪印象にはならないだろう。
滅多なことではいけない国外に行けるとあり、頭を抱えながらも喜ぶカリフの不思議な行動を、ゼオンは静かに眺めていた。
「せっかくだから、お礼と優勝のお祝いがしたいんだけど、どうかしら? 」
気にするなと、ゼオンは何度か言ったのだが。直ぐに元気になれたのは、お見舞いのおかげだと後に引かなかった。仕方がない。ゼオンは、ダリアが元気になり喜ぶのであればと、提案を受け入れた。他の皆も、同じであった。
◇◇◇◇◇◇◇
「こちらへ、どうぞ」
当たり前の様に、セバスチャン。召喚魔術で呼ばれているのではないか。王都でも有名な、老舗カフェにやってきた。カフェの従事者を差し置いて、セバスチャンがキビキビと仕事をしている。ダメ出しを食らったのだろうか。従事者の中には、目を潤ませている者もいる。
「本日のお題は、この食パンなんてどうかしら」
ダリアめ……。ゼオンは軽くにらんだが、ニタっと笑ってくるだけであった。面倒なやつだ。そうは思っても、楽しむのが礼儀である。ゼオンは、紋様のことでしんみりするより、騒いだ方が元気付けられるだろうと感じた。
「ゼオン氏……まいりますか」
ロイドが起動したか……仕方がない。最近、ロイドに負け越している気もする。背中を見せて逃げるのは漢の恥。今日こそ、一泡吹かせてやる。ゼオンは、ロイドをにらみ返し、静かにうなずいた。
「あの〜。僕らもですか? 」
分けのわからぬ闘いに巻き込まれまいと、抵抗する二人。ゼオンは、カリフとトラジェをにらみ、当たり前だと、無言の圧力を与えた。
――食パン。いかにして、一つの料理として昇華させるか。食材を活かすも、殺すも己次第。相手がどう出てくるか、ゼオンは楽しみであった。カフェのメニューを確認し、セバスチャンに伝える。
他の三人もメニューを確認して、セバスチャンに伝える。伝えた料理と食パンは、セバスチャン達が組み合わせてくれる。メニューという古文書を読み解き、新しい味を想像する。ひと味違う闘いだ。
まずは、カリフの料理が運ばれてきた。一瞬、目を疑ってしまう。焼いただけの食パン。勝負を捨てたか。ゼオンは、笑いそうになった。だが、よく見ると何かが違う。ゼオンは、違和感の正体を探した。
はっとした。ゼオンが知る、食パンの厚みではない。二倍から三倍。そして、表面には切込み。表面だけではなく、内側にも優しい焦げ目。溢れんばかりのバター。まさに、黄金色に輝く湖。その匂いが、ゼオンの食欲をそそる。
外側はカリカリ、サクサク。内側はモチモチ、フワフワ。切り込みを入れたことで、焼ける部分が増す。緻密な計算ではないか。一緒に運ばれてきた、コーヒー。香ばしい香りが漂う。音、食感、香り、コーヒーとのマリアージュを楽しむとは、やるなカリフ。
次いで、トラジェの料理が運ばれてくる。こちらは、よく見ると鍋である。中身は、数種のチーズが入っている。ゼオンは、どう食べるのか見当がつかなかった。
鍋に白ワインを入れ、火で温め、チーズを溶かす。溶ける頃を見計らい、セバスチャンが、パンや野菜、ソーセージなどが盛られた皿を運んできた。絶妙なタイミング。流石だな、セバスチャン。
ゼオンが見ていると、トラジェはフォークで食材を刺し、鍋のチーズを絡め食べていた。ダリアに聞くと、チーズフォンデュと呼ぶ料理らしい。チーズの海に飛び込むことで、一つの味を変化させてしまう。恐るべきポテンシャルを秘めた料理だ。侮れないな、トラジェ。
ゼオンの料理が運ばれてきた。メニューから取り出したのは、スモークサーモンとクリームチーズ。これを、パンに挟んでくれとセバスチャンに頼んだ。もう一つは、白身魚のフライとコールスロー。こちらは、焼いたパンで挟むようにした。
まずは、一口。口の中で、花の雲が広がる。桜のチップで燻された、サーモン。薫りの海を漂う、花
そして、次の一品を口にする。白身魚のフライの食感と、焼いたバンの食感。サクサク、カリカリと怒涛の連撃を仕掛けてくる。白身魚からは程よい塩味と、オリーブオイルの香りが鼻を走り抜ける。口の中の
ロイドを見ると、偶然にも、スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチを食していた。ゼオンは、今回はドローだなと、笑っていた。
「油断大敵ですよ、ゼオン氏! その組合せには、致命的な欠点があります! 」
指摘されて気がつく。ゼオンは、ハッとした。両方とも、魚料理……。スモークサーモンとクリームチーズを、柔。白身魚のフライとコールスローを、剛。柔と剛の食感を創りあげることに酔い、食材への意識が疎かになっていた。
ロイドのサンドイッチ……。やや、小ぶりに見える。横を見ると、パンがくり抜かれていた。中が空洞である。何をする気であろうか、ゼオンは注視した。
そこに、セバスチャンが容器を持ち、テーブルへと運んできた。食パンの空洞に、容器の食材をいれ始める。フルーツだと!その上にアイス……。やめろっ!やめるんだっ!
「ゼオン氏。趣向の違うメイン料理二つ。悪くはないと思いますよ。僕は、メインとデザート! 攻守バランスの取れた陣形。どうですか? 」
悪くはないと思いますよ、だと。上から目線ではないか。怒りがフツフツとこみ上げてくる。だが、その怒りも直ぐに冷めてしまった。
「こんな料理は、どうかしら? 」
ダリアの皿には、朝日が昇っている様な輝きを放っている。食パンが黄金色に輝いているではないか。表面は程良い焼き目。溶け出すバターに、惜しげもなくかけられたハチミツ。周りには、ベーコンにサラダ、スクランブルエッグ。色とりどりの星が、朝を迎えている。
デザートなのか、食事なのか、ゼオンには最早、理解することができない。見たことの無いものに畏怖する。生きる者の本能ではないか。ロイドも、開いた口がふさがらない様子だ。
「最近、流行りだしたフレンチトーストよ」
ダリアは、これを見せたいがために、お礼がしたいと言ったのではないか。情報は武器にもなる。悔しいが、負けを認めよう。ただ、食べずにはいられない。
「セバスチャン!! 」
ゼオンは、ダリアと同じ料理を頼むことにした。もちろん、ロイドもである。
明日には、異国へと旅立つ。まだ見ぬ世界に景色。情報を得ることが、何より必要である。仲間一人、救えないようでは王ではない。魔王と呼ばれていたころからの、矜持である。
気を引き締めて行かねば。ゼオンは、料理を待ちながら、深く考えていた。
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