第6話 十一ヶ月目

 その日、富士の樹海で大規模な山狩りが行われた。

 辺り一帯、アーミージャケットを着た人間たちがひっきりなしに行ったり来たりしている。


『ここにあるよ』

『あの、描かれた地図が汚すぎて読めません』

『うそだろ! もう、とにかく富士の樹海にあるから!』


 そんな投げやりな会話が交わされたせいである。


 朝から始まった捜索は、いく人かの行方不明者を出しながらも、夕方には成果をあげた。心臓は、リスの古巣に突っ込まれた重箱の中に、布に包まれて置いてあった。


 果たして、鳴沢村でソバを食べながら待っていた上司と役人、超能力男の元にそれは届けられた。来る気のなかった超能力男を、上司が引きずり出して来たのである。役人は浮かない顔をしながら、ソバをすする超能力男を眺めていた。


「なに、今更後悔しちゃったような顔をして」


 ずるずるソバを啜りながら男が言う。


「気のせいです」


 そういう役人の顔はどこか覇気がない。

 役人にとって弟たちが大事なように、超能力男にとって大事な人の命をこんな風に扱っていいものなのか、多少苦悩していた。

 もっともそんな人間の姿はこの十一ヶ月の間、一度たりとも見なかったが。この危機に駆けつけてくれてもいいもんではなかろうか。


「そう言うならまあいいけど」


 そんな会話をした直後に、心臓が届けられたものだから、それはもう通夜のような空気だった。

 反対に上司は一人で浮かれている。


「ふん、これからは国に逆らわず、従順になることだな!」


 それから、漆塗りの重箱の蓋をそっと開けると、ソバ屋のテーブルの上にそれを置いた。ことり、微かな音がする。

 役人と超能力男も横から箱の中身を覗き込んだ。


 中に入っていたのはもう、紛れもなく心臓だった。ポンプの役割を果たす臓器である。それがとても丁寧に白い布に包まれていた。


「ふ、やった。やったぞ!」


 上司が高笑いを浮かべて、脈打つ心臓を手に掲げる。

 頬ずりをしそうな勢いだ

 それをどこか冷めた目で見ながら、役人はずっと気になっていたことを聞いた。


「結局、だれの心臓なんです?」

「話してたやつ? 俺の」


 あっけらかんとした答えに、役人は目を剥いた。


「え、大事な人って?」

「自分のことだよ」

 

 他に誰がいるの、と当然のように威張ってみせる超能力男から役人はすすす、と若干距離を置いた。


「え……」

「そんなイヤそうな顔しなくても。罪悪感を抱いてる人間の行動とはとても思えない!」

「うるさいです。思ってないですよ、ナルシストだなんて」

「思ってるじゃん!」


 不貞腐れた男に女は凍りついた表情で問いかけた。


「どうしてそんな嘘ついたんです?」

「嘘じゃないし」


 そのまま無言で見つめられると、耐えきれなくなったのか男は言葉を吐き出した。


「分かったからそんな顔するなって!」


 ああ、もう、と超能力男は髪をかき回した。


「ヒマつぶしだったんだよ」

「は?」

「だから、ヒマつぶし」


 それから明後日の方を見ながら、ぼそぼそと言う。


「いいだろ、別に。自分の心臓も取り外せるのかなあ、って試してみたら、案外出来ちゃったんだよ。体にあったんじゃ狙われやすいし、どうせだから隠したんだ」

「へえ」

「ねえ、そのナイフ仕舞ってよ。どこから出したんだよ」

「せっかくです。だれに殺されるより先に、私が殺してあげますよ」


 じりじりとナイフを持って超能力男に詰める役人を、しかし、後ろから止めたものがある。


「やめなさい。体に傷をつけようとしても無駄だ」


 上司だった。

 彼は、なぜか爛々と目を輝かせて、嬉しそうに笑顔を浮かべると、こんなことを宣う。


「わはははは! 総理の娘さんを悲しませた分だけ、お前にも苦しんでもらうぞ。ついてくるといい」


 さながら悪鬼である。

 流石に観念したのか、超能力男は諾々と従った。


「はいはい。あ、ちょっとそれ、丁寧に扱えよな。繊細なんだから」


 こうして、超能力男は見事、奴隷となったのだった。

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