勝つたびに弱くなる最強の僕と戦うたびに強くなる「 」の妹
高光晶
第1話
「こんな辺鄙なところに「連携を意識しろ!」どうして
前線都市から二日の距離にある小さな村。
人口も百人くらいしかいないこの村にとって、二十体を超える天魔の群れが襲ってくるのは悪夢としか言いようがないと思う。
だけどこの村は運が良かった。
たまたま偵察のために近くへ立ち寄っていた僕らがいたのだから。
「やあっ!」
聞き慣れた声と共にひとりの少女が剣を手にして天魔へ斬りかかっていた。
染め合わせたような深い黒髪と瞳。ショートヘアが活発なイメージを主張する通り、躍動感という表現がぴったりの動きを見せて少女は天魔へ攻めかかる。
「サーラ、いったん引け!」
僕の制止にも耳を貸さず、サーラはひときわ大きな熊型の天魔へと飛びかかった。
「グオォー!」
「きゃあ!」
だが熊型天魔はサーラの剣をあっさりと払いのける。剣によって表皮へ浅い傷をつけることには成功したようだが、あの天魔にとってはその程度傷のうちにも入らないのだろう。
剣ごと吹き飛ばされたサーラが近くの木にぶつかって止まり「痛てて……」と後頭部をさする。そこへ天魔が追い打ちをかけようと襲いかかった。
「やらせるか!」
すぐに飛び出した僕は
「ガアアァ!」
天魔の太い前足が僕に向けて振り下ろされる。見た感じ体長三メートルはありそうな熊型の天魔だ。まともに食らえばひとたまりもないだろう。
だけど僕の目にはその腕もまるで止まっているように遅く感じられる。落ち着いてその動きを予測すれば避けるのは簡単だ。十分余裕をもって天魔の攻撃を避けると、入れ違いに相手の心臓へ向けて右手をかざす。
「天則式・玄武!」
手のひらをそのまま天魔の身体にそえ、天則式を発動する。触媒で描かれた右手甲の
天魔の体内で荒れ狂う天則式は頑丈なその肉体を内側から蹂躙する。次の瞬間、天魔の巨体がぐらりと揺れた。
その生命活動が停止したことを証明するかのように、ゆっくりとこちらへ倒れてくる天魔を僕は半身で避ける。同時に僕の身体から何かがわずかに抜けていくようないつもの感覚に襲われた。
手応えは十分あったのだ。倒れた天魔はもう動かないだろう。
ふぅ、と息をついて背後を振り向いた僕の胸へ、少々強めの衝撃と共にサーラが飛び込んできた。
「ありがとうお兄ちゃん! やっぱりお兄ちゃんすごい! ワンパンK.O.だもん!」
そう言いながら満面の笑みで僕を見上げるサーラ。
連携を無視した戦い方に小言のひとつも言っておかなきゃと僕が口を開こうとした時、背後で歓声が上がった。どうやら残りの天魔も全て片がついたらしい。
「サーラ、ひとりで突っ込んじゃだめだろう。自分が危険なだけじゃなくて、仲間を危険にさらすことだってあるんだよ」
「ごめんなさい」
「どうして単独で動いたの?」
「逃げ遅れた村の子供がいたの。あの天魔がそれに気付いて向かおうとしたから……」
「それでか」
そういう事情があるんじゃ、頭ごなしに叱るわけにもいかないか。
「だからって危険なことに代わりはないんだから、単独で行動するのは絶対だめだよ」
「うん……」
「まあ、でもサーラのおかげでその子供は襲われずにすんだんだし、結果的には良かったのかもね。戦場での行動としては褒められたものじゃないけど、僕は子供を助けようと行動したサーラが兄として誇らしいよ。よくやったね」
僕よりも頭ひとつ身長の低い身体は、天魔相手に立ち向かえるような力強さと無縁のように思える。愛嬌を振りまく子犬のような顔、どこに筋肉がついているのかと思うような細い腕、オカリナの音を思わせる弾む声。元気のありあまった普通の少女にしか見えないが、これでも天魔と戦う力をもった立派な天則式者だ。
部隊の一員としては反省してもらう点があるけど、人としては正しい行動だと思う。そこはきっちり褒めておくべきだろう。
「お兄ちゃん!」
その黒髪を優しく撫でると、サーラは落ち込んだ表情から一転して喜色に染まった顔を見せ、僕の胸にグリグリと頭を押しつけてきた。
「だからお兄ちゃん大好き!」
「まったくもう……」
その様子を見ながら苦笑がこぼれてしまう。
本当はもっと厳しく言いつけた方が良いんだろうけど、子犬のように懐いてくる妹分をついつい許してしまう僕がいる。結果、僕は周囲から妹に甘い男だと思われていた。事実そうなのかもしれない。
けどサーラが問題行動を起こすのは決してわがままや悪意からじゃないんだよなあ。話を聞けば大抵納得できるだけの理由があるし。僕だってサーラの行動にやむを得ない事情があるとわかれば、頭ごなしに叱るつもりはない。本人が自分の非を理解しているならなおさらだ。
今回は天魔と戦った仲間のひとりが犠牲になった。でも天魔の撃退に成功したことで村人は全員が無事だったし、家や畑にも被害は及んでいない。サーラがひとりであの熊型天魔を足止めしなかったら、逃げ遅れた村の子供が犠牲になっていたかもしれないだろう。
僕らは怪我人の治療を終えると早々に村を立ち去った。
村人たちは命の恩人である僕らを引き留めたが、僕らは僕らで偵察任務についている最中だ。一箇所に長時間滞在し続ける余裕はない。天魔との戦闘で本来の予定が完全に狂った上、死んでしまった仲間もできるだけ早く家族の元へ帰してあげたいし、早めに本格的な治療を受けた方が良い仲間も数人いる。名残惜しそうな村人たちに挨拶をして、僕らは拠点となる前線都市へと帰路につくこととなった。
前線都市へ帰る道中、サーラと並んで道を歩きながら僕は自分の手を何度か握っては開いてを繰り返す。それで何かがわかるわけじゃないけど気持ち的なものだ。体の動きに違和感を抱くほどの変化があったのは今までに三回だけ。
だけど確実に僕は弱くなっている。
自分の中で天則式の源となる力を探ってみた。
「あの程度の天魔だと、ほとんど変わりがないな」
「どうしたのお兄ちゃん?」
つい考えが声に出てしまった僕の顔をサーラが覗き込んできた。
「いや、何でもないよ」
僕は軽く笑ってみせる。
誰もこんな事信じちゃくれないし、信じてもらったところで不安を抱かせるだけだ。だから僕がこの秘密を明かしたことは一度もない。
天魔を倒すたびに自分が弱くなっているということを。
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