第70話 それは便ではありません!!

 とある日の午前診、50代の女性の方が、

「便がたまっておなかが痛い」

 との主訴で私の外来を受診された。数か月前から、おなかが張っていて、便がたまっているとのこと。下剤を飲んでも、おなかもすっきりせず、腸に便が固まっているので、何とかしてほしい、とのことだった。


 「『腸に便が固まっている』って何やろ?」

 と思いながら、まずおなかの診察をさせてもらおうと思った。ベッドに横になってもらって、腹部を触診した。すると、右側腹部に大きな腫瘤を触れた。

 「あぁ、これか!患者さんが『便が固まっている』といったものは」

 と思った。大きさは小児頭大で結構大きい。触った感じは、カチカチではないが、結構固い感じがした。少なくともこんなものが大腸に詰まっていたら、大腸が破れてしまうやろう、と思うほどに大きく、便塊ではないと考えた。患者さんに、

 「確かにおなかに大きな腫瘤がありました。ただ、大きさがあまりに大きく、もしこれが便だとすると、大腸が破れてしまうほどの大きさなので、たぶん大腸の中にあるものではないと思います。おなかの輪切りのCTを取りましょう」

 と説明した。


 腹部単純CTを取ると、上行結腸~直腸まで、ほとんど便は溜まっていなかった。右側腹部の腫瘤はどうも腎臓由来の腫瘍と思われた。たぶんこれが腹部の他臓器を圧排し、実際に腫瘤も大きいのでおなかが張っている感じが出ていたのだと思われた。腹水は確か溜まっていなかったと記憶している。


 患者さんにもう一度診察室に入ってもらい、CTの画像を説明。便がたまっているような感じはしているが、実際には便はほとんど溜まっていないこと、おなかに触れていた「便の塊」と思っていたものは、実は右の腎臓にできた腫瘍であり、非常に大きくなっていることを画像を見せながら説明。腎臓の腫瘍なので、専門診療科は泌尿器科になります、と説明し、泌尿器科に紹介状を作成、予約を取り、受診してもらうこととした。


 その後、患者さんは泌尿器科に受診。手術の予定が組まれた。ただ、腹満感はつらかったようでその後手術までに2回ほど、

 「おなかが張って便がたまっているのでどうにかしてほしい」

 という訴えで私の外来に来られた。便通を確認すると、毎日ある程度の排便があり、腹痛が強いときに浣腸をして便を出そうとするが、便が出ない、とのことだった。

 「毎日ある程度排便があり、浣腸しても便が出ない、ということであれば、おそらく前回のCTで見たように、あまり便は溜まっていないと思います。不快感は腎腫瘍から起こっていると思うので、痛みが強いときに使っていただく薬を出すので、手術まではそれを使いながら、症状があるときには泌尿器科の主治医の先生に相談してください」

 と伝え、弱オピオイドを頓用で処方し、主治医に診てもらうよう伝えた。後日、泌尿器科から返信が届いたが、診断名は腎腫瘍、手術を前提に精査を進めていきます、という返信のみで、手術をしたのかどうか、腫瘍の組織型は何だったのか、その後の治療をどうするのか、ということは返信がなく、詳細は不明のままである。


 その後一度、熱が出たとのことで受診されたことがあり、その時に少し確認すると、手術と抗がん剤で治療を行なっているとのことだった。


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