第71話 典型的ではなかったが
とある日の午前診、5歳の女の子が、間欠的に泣くほど痛がる腹痛を主訴に受診された。嘔吐はないが食欲はないとのことだった。外観はちょっと元気がない。咽頭、頚部リンパ節、心音、呼吸音に明らかな異常を認めなかった。
腹部の診察所見は、腸音はやや減弱、圧痛ははっきりせず。右下腹部のDance兆候ははっきりしなかった。
病歴を考えると、腸重積を考える必要がある。一緒に来られたお母さんに
「お話からは腸重積をご心配されてこられたのだと思います。まず浣腸で便の確認をさせてください。教科書では、イチゴゼリー状の血便が出ることが多いとされています。もしそれがあれば、高次の医療機関に紹介します。もしそうでなければ、また相談させてください」
と伝え、浣腸をしてもらった。
浣腸の指示を出して、その間に別の患者さんを診察していたところ、看護師さんから報告があった。
「便は出ていますが、特に血便は認めませんでした」
とのことだった。
とはいえ、浣腸を数回繰り返して血便が確認されることもしばしばである。現に、診察中にも間欠的に
「おなかが痛~い!」
と叫んで泣いている患児の声が聞こえていた。
再度診察室に入ってもらい、お母さんに結果説明。
「浣腸では血便はありませんでしたが、診察室で泣き声を聞いていると、やはり腸重積の可能性は高いと思います。高次の小児科病院を紹介しますので、これから受診していただきましょう」
と説明し、近隣の小児科を有する急性期病院に連絡、外来受診OKの連絡をもらい、すぐ紹介状を作成し、受診に向かってもらった。
約一週間後、返信が届き、やはり診断は「腸重積症」だったとのこと。高圧浣腸での整復が2回必要だったが、整復後はお元気になられたとのこと。数日入院後、状態安定しており退院となった、とのことだった。過たず、適切に紹介できてよかった、とほっとした。
また別の日の外来、3歳の男の子が「熱が下がらない」とのことで受診された。一緒に来られたお母さんに経過を確認した。
4日前から38度台の発熱が出現し、他院小児科を受診し、
「溶連菌でしょう」
と言われ、抗生剤、解熱剤を処方された。薬を継続しているが38度を超える熱が続いて元気がないのでこちらに来た。咳や鼻汁、咽頭痛や耳の痛み、腹痛は特に訴えていない、とのことだった。
丹毒や壊死性筋膜炎は別として、扁桃炎などの溶連菌感染症は比較的、抗生剤に反応は悪くない印象なので、やはり少し変な感じがした。訳の分からない、長く続く高熱で子供さんの場合、見逃したくないのは川崎病である。川崎病なども考えながら、身体診察を行なった。
体温 38.7度、外観はあまり元気がなさそう。結膜の充血は微妙。咽頭は発赤なく、扁桃腫大や膿の付着は認めなかったが、イチゴ舌を認めた。頚部リンパ節は1cmをちょっと超えたようなリンパ節を数個触知。心音、呼吸音に異常を認めない。診察時点では皮疹は認めなかったが、熱が出始めたときは、モヤモヤッとした皮疹があったとのこと。手指の硬性浮腫や表皮剥離は認めなかった。腹部は平坦、軟、圧痛を認めなかった。
川崎病の診断基準を考えると、イチゴ舌、頚部リンパ節腫大、非定型発疹?の3つは見られた。5日以上続く発熱はまだ基準は満たしていない。結膜の充血は何とも言えない印象だった。診断基準を3つ満たし、2つ、微妙な感じだった。抗生剤に反応に乏しい発熱であり、川崎病の可能性はあるが、実際に川崎病が新たな疾患概念として成立するまでには、溶連菌感染症の表現型の一つではないか、という激しい議論もあったそうである。なので何とも悩ましいところであった。とはいえ、川崎病の可能性は低くはないと考えた。
一緒に来られていたお母さんに、
「お話を伺い、お身体を見せてもらうと、『川崎病』という子供に見られる病気の可能性が高そうに思います。この病気は特徴的な症状がいくつか出そろうことで診断するのですが、今の段階ではその特徴がすべて出そろっているわけではないので、『川崎病』と断定することはできませんが、川崎病も視野に入れ、大きな病院の小児科で診てもらいましょう。たぶん入院が必要だと思います」
と伝え、転院調整を行なった。子供さんに痛い思いをさせるのはかわいそうだと思い、当院では採血は行なわなかった。紹介状を作成し、小児科のある急性期病院に受診の相談を行ない、OKの返事をいただいた。この足ですぐ受診してください、と伝え、その病院へ直接受診してもらった。
10日ほど経って、その病院から返信があった。
「経過を見たが、結膜の充血、手指の硬性浮腫は見られなかったものの、その他の診断基準を満たし、抗生剤に反応しない発熱であったため、『不全型の川崎病』と診断、川崎病に準じて治療を開始し、速やかに解熱した」
とのことであった。
いずれも、見逃しがなくよかったなぁ、と思った次第である。
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