第47話 「詐欺師」だって。(訳が分からない)

 診療所では、主治医制を取っているので、何かあれば24時間対応。一度、家族でハイキング中に緊急呼び出しがあり、ちょうど近くのバス停に、30分に1本しか来ないバスが止まっていたので、

 「ごめん!呼び出された」

 と家族に言い残し、慌ててそのバスに飛び乗り、診療所に向かったことがある。これは今でも妻から

 「あの時、私たちは置いてきぼりにされた。自分たちがどの辺にいるのか、あなたしか分からないのに、家族をないがしろにした」

 と責められている。


 もちろん夜中でもしばしば呼び出しがある。夜中には当直医の先生がおられ、死亡確認をしてくださるのだが、もちろんご家族が来られるので、主治医としての挨拶、お見送りをするために、呼び出されたら夜中でも診療所に向かっていた。


 さて、少し法律の問題に入るが、死亡診断書の作成については、医師法に以下の規定がある。


第十九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。


第二十条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。



 また、死亡診断書の作成方法については、厚生労働省から「死亡診断書作成マニュアル」が公表されており、それに従って作成することとなっている(もちろん、マニュアルは非常に常識的なもの)。


 さて、これも不思議なローカルルールであるのだが、非常勤医師のH先生が当直の時は、もちろん死亡確認はしてくださるのだが、死亡診断書は作成されず、主治医が到着し、死亡診断書の病名欄を記載し、「Hで」(なぜ?)死亡診断書を作成していた。


 もちろん、死亡診断書作成マニュアルには、死亡確認をした医師の名前で診断書を書かなければならない、という記載はない。死亡確認をした後であれ、私が患者さんのお身体を診察し、治療中の病気による死亡と診断(死亡確認後であっても)すれば、「患者さんの死亡を診断した医師」として私の名前で死亡診断書を書くことに何の問題もない。厚生労働省作成の死亡診断書作成マニュアルには下記の通り記載がある。


 「診療中の患者が死亡した場合、これまで当該患者の診療を行ってきた医師は、たとえ死 亡に立ち会えなくとも、死亡後改めて診察を行い、生前に診療していた傷病に関連する死 亡であると判定できる場合には、医師法第20条本文の規定により、死亡診断書を交付する ことができます。」


 さらに言及すれば、死亡の前24時間以内に私が診察しており、死亡原因がその時に診断していた疾患であれば、私は「」でも、死亡診断書を書いてよいことになっている(医師法第20条)。

 医師法が作成されたのは古い話なので、診察後24時間以内の病死について、死亡診断なしで死亡診断書を作成可能、という条文は、おそらくへき地や離島などで、往診が速やかにできない場合のことを考えての規定だと考えられている。


 また、死亡診断書に記載する死亡時刻についても、死亡診断書作成マニュアルには、下記のように記載されている。


「 ② 「死亡したとき」は、死亡確認時刻ではなく、死亡時刻を記入します。」


 この死亡時刻については、例えば訪問診療をされている方であれば、「家族が『患者さんの息が止まっている』と気付いた時刻」など、伝聞でもよいことになっている。


 さて、このような法的、あるいは厚生労働省の指針によって明白になっているはずの事柄で、問題が起きた。というか、最初のローカルルールの時点でおかしいのである。「死亡診断」をしたら当然「死亡診断書」の作成を要求される(死亡診断書がなければ、その後のお葬式、火葬への流れに進めない)。なので、「死亡診断」をした医師が、自身で死亡診断書を作成しなければならないはずである。なので、他の医師に、自分の名前で死亡診断書を作成させること、そのローカルルールが変なのであるが、それはいったん横に置く。



 とある日、H先生の当直日に私が主治医をしている患者さんが永眠された。H先生はこれまでのローカルルールに沿って、死亡診断をしてくださり、死亡診断書については作成していなかった。なので、私の自宅に連絡があると同時に診療所に向かい、来院されていたご家族にもお悔やみをお伝えし、私自身が患者さんのお身体を診察。治療中の疾患で死亡されたと診断し、死亡診断書を作成。死亡時刻はH先生が死亡確認をされた時刻を死亡時刻として記載した。もちろん私が診断し、作成した死亡診断書なので、「」で死亡診断書を作成した。これについては上記の医師法、および厚生労働省が作成した公的文書である「死亡診断書作成マニュアル」に沿った行動であることは明らかであり、何も違法性がない。


 ところが、私の行動、死亡診断書の作成について、何が気に食わないのか、H先生が嚙みついてきた。「保谷医師の死亡診断書作成は違法である」、「死亡時刻は保谷医師が死亡診断した時刻を記載すべきである」、そしてどうしてそんなことを言われるのか、極めて理解に苦しむのだが、「保谷医師は死亡診断書をでっちあげる『』である」と。


 いや、批判される内容が全く理解できないのだが。


 私は、来院して、患者さんのお身体の診察を行ない、「死亡の原因は、治療中の疾患である」、と死亡診断を行なったので、で「死亡診断書」を作成したのである。なので死亡診断書の作成者に私の名前を書くことに何の問題もないはずである。さらに言えば、死亡前の24時間以内にお身体を診察しているので、厳しく言えば、診察をしなくても私が「死亡診断書」を作成することに何ら違法性はないのである(しかも、きちんと死亡後にも診察をしているのだから、なおさらである)。


 死亡時刻については、死亡診断書作成マニュアルに「死亡診断時刻ではなく、死亡時刻を記載すること」と書いてあるので、私が死亡診断をした時刻ではなく、死亡時刻はH先生が死亡診断をした時刻(心臓が止まった、ということですぐ当直医として呼ばれ、死亡確認をしているので、死亡時刻=H医師が死亡診断をした時刻である)を書くことについてもマニュアル通りで、なにもおかしいことはないのである。「死亡時刻に、私が死亡診断をした時刻を記載せよ」とは、明らかに死亡診断書作成マニュアルに違反した不適切な発言である。


 私が医師法及び、死亡診断書作成マニュアルに基づき、適切に死亡診断書を作成しているのだから、「死亡診断書をでっちあげる『詐欺師』である」と批判される意味が分からない。医師として、何らかの書類を作成するときは、自分自身の医師としての責任の下に作成するので、本来は「書類作成者」の名前を記載するのが当然のことであり、他の医師に、自分の名前を死亡診断書に書かせるH医師の方が、よほど違法であろう。


 とはいえ、私は「詐欺師」だと罵られたのである。


 医師法及び死亡診断書作成マニュアルの内容について、自身が不勉強だということに全く気づかず、前述の公的ルールに基づいて行動している私を「詐欺師」呼ばわりするのは、大変失礼だと思った。


 その時も、医師法や死亡診断書作成マニュアルを提示し、私の行為に違法性がないことを説明したが、H医師は全く理解しようとしなかった。「謝ってほしい」などと要求しているわけではない。私の行為に違法性がないことを理解してほしかっただけなのだが、その後、日を置いて何度かお話ししたが、こちらの話を理解されることはなかった。


 文献を提示し、違法性がないことを再三説明しても同意されないので、そのことを理解してもらう努力はあきらめた。H先生と協議し、当直帯に死亡する可能性があれば、カルテに、死因をあらかじめ記載しておくので、H先生の責任で死亡診断書を作成してもらうことにした。死因に不明なところがあれば、私に連絡してくれればよい、ということにした。それが嫌だ、ということであれば、死亡確認をせず、保谷到着を待ってもらい、死亡確認から死亡診断書作成までを保谷に任せてくれればよい、ということにした。


 その後も、私は、その時と同様に、死亡確認が済んでいても、再度お身体を診察し、死亡診断書の作成が必要な時は、「私の名前」で死亡診断書を作成した。


 「詐欺師」呼ばわりされたのは、きわめて不快な出来事であり、今でも覚えているが、まぁ、そこは大人。


 H先生が当直に来られた時に顔を合わせたら、笑顔で

「先生、お疲れ様です。いつもありがとうございます。今晩もよろしくお願いします」

 H先生が帰られるときに顔を合わせたら、笑顔で

「先生、当直お疲れ様でした。ありがとうございました」

 と挨拶をした。う~ん。大人の対応、である、と一人で勝手に思っている。


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