第19話 襲撃③
時は少し遡る。
マリーとパトリックが最前線に到着した時、外壁の開いた2箇所の穴から入り込んで来る魔物に自警団員はやや押され気味であった。
「土魔法―陸津波」
パトリックが魔法を発動させると、先頭付近の魔物の足元が盛り上がり、捲れ上がる。踏ん張る地面ごと持ち上げられ、為す術も無く土の津波に巻き込まれる魔物たち。そのまま土の津波は魔物を巻き込みながら開けられた外壁の穴まで進み外壁に激突する。魔物は身体強化されており、津波と一緒に外壁に叩きつけられた程度では死にはしない。しかし魔物を押し返すことはでき、さらに開いていた穴には土が埋まりパトリックはそのまま土を硬化させ即席で穴を塞ぐ。
「ぼさっとするな。押し返しはしたが死んでいないぞ。衝撃でふらついている間に止めを刺せ。」
いきなりの出来事に放心していた周囲の自警団員にパトリックは指示を出す。我に返った自警団員が止めを刺すのを見届けながら、膨大な魔力を感じた上空を見上げると、風で自らを浮かせたマリーが大規模な風魔法を使ったところであった。
「風魔法・奥伝秘術―天上招嵐」
マリーから膨大な魔力、彼女の半分以上の魔力が上空に放たれると、少ししてから上空から竜巻が凄まじい勢いで降ってくる。よく見ると上空の雲すらも竜巻に巻き込まれ形を変えており、どれほどの高度から竜巻が発生しているのかと周囲の人は驚愕する。
竜巻が魔物の群れのど真ん中に落ちると、凄まじい暴風が吹き荒れる。その竜巻ははるか上空の冷気を含んでおり、竜巻直下とその周辺は瞬時に凍り、さらには膨張した空気の爆発力も合わせ広範囲を吹き飛ばしていく。
そのまま竜巻は群れの中心から群れの後方目掛けて、周囲に甚大な被害を与えながら進んでいく。
そして最後尾、下民街に魔物化を促すための魔力を発している存在がいるところに近づくと魔力の放出が止まる。
「倒したか?」
「いや、多分逃げてる最中だろう。凍らされる前に範囲外に逃げようとしてるんじゃないか?」
外壁の上で一部始終を見ていた自警団員がそんな会話ができるくらいには、マリーの魔法は魔物全体に衝撃を与え、混乱を招いている。
「あの子が例の・・・。」
「ああ、風魔法の鬼才マリー。将来は団長に並ぶんじゃないかって期待されてる子だな。」
上空を見上げると、流石に魔力を一気に消費したせいでフラフラしながら降りているマリーの姿が目に入る。しばらくは戦線復帰できないだろうが、戦果としては十分すぎるほどであった。
「広範囲魔法を使える人がほとんど出てしまっていたのが痛かったですが、これなら。」
「ああ。空いてた穴も塞がれてる。これで外壁の外に集中できるだろ。」
マリーのド派手な魔法に気を取られている内に、パトリックの方がもう一つの穴の方も同じように塞いでいた。土を硬化しただけなので外壁よりは脆いが、十分防衛には役に立つ。
「ふい~。一気に魔力が減るとキツイね~。しばらく動けないかも。」
「ふふふ。お疲れ様です。あの魔物化を発生させていた魔力も一旦止まりましたから、期待以上の大戦果です。」
降り立ったマリーは支援部隊のいる天幕に入り、顔見知りの人と言葉を交わしながら近くの椅子に腰を下ろす。
しかし、すぐに何かを感じ取って街の方を振り返る。弛緩した様子は消え失せており、先程大規模魔法を放った時と同じくらい真剣な雰囲気をまとっている。
「・・・どうしました?」
「いや、嫌な風が吹いた気がしたんだけど・・・。」
それはちょうどタールが孤児院で魔物化を促すために魔力を放出したときであったが、今も周囲に漂っている魔物の魔力に紛れそれを察知できなかったマリーは勘違いだったと、外壁の外の魔物の群れに意識を向けるのだった。
犬と馬は魔物化することでさらに一回り二回りと体が大きくなっており、馬にいたっては頭が二階に届いている。さらに他の魔獣より大きな魔力を持っており、それに見合った身体強化も使っている。まだ魔獣に成ったばかりなので遠距離攻撃の手段を覚えていないのは幸いであったが何の慰めにもならない。
「来るぞ!」
そして二体は同時に突進してくる。身体強化に加え意識していないようだが多くの魔力も纏っているため自然と耐久力も上がっており、強引に孤児院まで届かせることができるだろう。カインたちも最初はそれを防ぐため魔力障壁を使うが、カインを含め子供では一瞬の拮抗の後すぐに破られてしまう。必然的に犬と馬の魔獣は大人たちが対応することになったが、それはつまり猫とネズミに対応していた数が減ることを意味し、二階のベランダに取りつかれることも増えてしまう。
「おい!そっち猫が上がろうとしてるぞ!」
「分かってる!そっちもネズミ!」
先程までは魔力障壁をベランダの前にいくつも展開し、その隙間から攻撃を繰り返しており、たまに魔力障壁が破られたとしても、他の魔力障壁によってむしろ完全にはベランダには入れず引っかかる形で隙を晒す。そこに攻撃を集中させて確実に倒し数を減らすことが出来ていたのだが、今はこれ以上侵入されないよう叩き落すだけしかできていない。数が減らせていない以上、魔法を使って魔力量の消費が多くなっているこちらが不利になってしまう。
全員がその認識を共有しており、しかしどうすることもできない現状に焦燥感を募らせていた。
「・・・マーク。少し他のところをお願い。」
そんな中カインは、自分の目の前の魔力障壁をいくつか解除してしまう。
「おい!?何やって!」
マークが空いたところに魔力障壁を出そうとするが、それよりも先に目ざとく空隙を見つけたネズミと猫の魔獣が飛び込んでくる。
そこから先は一瞬のことだった。
最初に飛び込んできたネズミの魔獣が着地すると同時、避けられない内に大上段からの振り下ろしで叩き切り、そこを狙って猫が襲い掛かってくると、伸ばされた手を斬り上げながら回転してその下を潜り、逆の手がカインに迫る中、手元で回転させ逆手に持った剣で脇越しに猫の頭を貫く。絶命するまでの一瞬で猫の魔獣は最後の悪あがきとして爪を剝き出しにした手を叩きつけるが、既に力尽きかけの一撃は致命傷には程遠い。
今のカインは身体強化を全力で使用しており、まだ子供の体に全力強化は負担が大きく、全てが終わって身体強化が切れれば、しばらくは反動で動けなくなることが予想される。故にこそ、今の内にできるだけ数を減らすべきだと考え、カインはそのまま自分の前には敢えて穴を空けておき、孤児院の門でやっていたことと同じことを規模を小さくして再現していた。
どんどん飛び込んでくる魔獣をできるだけ一刀のもとに斬り伏せる。剣を振るのに支障が無い怪我は問題無いと反撃は最小限で避け、とにかく効率的な致命の一撃を加えることを意識した。
極限状態の集中により徐々に動きが最適化されていく。時には危ないと思うようなこともあったが、まるで未来が見えているかのようにピンポイントで避け反撃する。
流石にしばらく続けば魔獣も危険だと判断して守りの穴に飛び込む数も減ると思っていたが、本能に突き動かされるまま、まだ子供のカインを蹂躙しようと逆に数を増やしていく。
屍は邪魔になる前にカインが外へと弾き飛ばしており、ベランダはどんどん血塗れになっていく。肉片や脳漿も飛び散っており普段の状態なら何人かはその場で吐き出してもおかしくなかった。
(ヤバイ。数が増えてる。このままじゃ手数が足りなくなる。)
徐々に徐々に後退している事実に気付いたカインの頭の冷静な部分がそう判断する。一度魔力障壁で穴を塞ぐかと考えたカインの視界に、ただの棒になった壊れたベランダの手すりが目に入る。ちょうどカインが持っている練習用の剣と同じくらいの長さ。反射的に魔力を半固定化し棒を引き寄せる。
(魔力弾は別に手をかざさなくても出せる。それなら片手ずつに武器を持てば手数は2倍!)
実際はそう単純にはいかないものだが、戦いに集中していたカインは少し思考力が低下していた。
それからは、左手の棒か魔力弾で相手を崩し、右手の剣で止めを刺すということを繰り返すカイン。棒でも魔力を込めて叩けば相手を仰け反らせることができるので隙を作るには十分な武器であった。
そうしてしばらくそうした戦闘を続けていると、急にカインは力が抜けたかのようにその場にへたり込んでしまう。
「・・・え?」
まだ身体強化は続いている。それはカイン自身が理解している。強化を解いたつもりはないし、視界の端にある腕にも白い魔力光がぼんやりと光っている。
「・・・!」
原因究明は後回しにして、迫ってくる魔獣に向けて魔力を放出する。魔力消費を考慮せずとにかく吹き飛ばすことを意識して放ち、その後即座に魔力障壁を発動し穴を塞ぐ。
「カイン!」
マークがカインを引きずって後退させる。その間もカインは何度も立ち上がろうとするが、プルプル足が震えるだけで力が入らない。
「何で・・・。まだ反動は来ないはずなのに。」
「血を流しすぎたのよ。ほら、こっちに来なさい。」
そう言われてカインは回復魔法が使える女性に孤児院の中へと引きずり込まれる。
「ちょっと待ってください!ここで数が減るのは!」
「大丈夫だ、任せとけ。お前がいいヒントをくれたんだ。上手く凌いでみせる。」
カインが戦線離脱に抗おうとするが、入れ替わるように身体強化に自信のある男性がそう言って前に出る。武器を持ってカインと同じことをしようと、魔力障壁を張っていたマークに一部を解除させる。魔物は学習しないのか、そこ目掛けて殺到する。男性の自信有り気な様子に偽りはなく、カインよりも危なげなく魔物を打ち倒していた。
「ほら、大丈夫でしょう?それより今でも血ぃ流してるんだからさっさと治療する!」
そう言って女性は他の負傷者も治療を受けている部屋にカインを連れて行く。カインが姿を見せるとその部屋のあちこちで悲鳴が上がった。本人は自覚がなかったが、カインの全身はいたるところに怪我がある状態である。どれも軽傷ではあるが先程までひっきりなしに動いていたのでどれも自己治癒で止血もされず延々と血が流れていた状態だった。そのため今のカインは全身血で真っ赤、血塗れというは正にこのことを言うのだと理解させられる。
「あなた、体が動かなくなったのが不思議みたいだけど、当然のことよ?まず第一に血を流しすぎ。あなたは子供でまだ体が小さいんだから、体を流れる血の量も少ないわ。それに魔力を身体強化に極振りしすぎで止血なんて一切出来てなかったもの。第二に傷が多い。どれも絶妙に筋肉を傷つけてるわ。体を動かしてるのは筋肉なんだから、傷ついてそれが少なくなればいくら強化していても限界はくるわ。」
その女性はカインの治療を進めながら説明する。今のカインは身体強化も解いているのでその反動もあり既に体は全然動かない。大人しく治療を受けるだけの状態なのに外から激しい戦闘音が聞こえてくる。何もできないもどかしさと焦燥感にカインは気がおかしくなりそうになる。
「あんた一人で50匹は倒したんだから、もうおとなしくしてなさい。あとは大人たちが・・・。」
そこから先の彼女の言葉は大きく何かが崩れる音でかき消されてしまう。
何事かと部屋の外を見ると二階のベランダの一角が崩れ中まで馬の魔獣の頭が入り込んでいる。どうやら魔獣の突進を抑えきれなかったようであった。
幸いなことに崩れたのは入りにくい二階で、魔物がなだれ込んでくるということはない。崩した箇所を広げようとしているのか馬の魔獣はその場で暴れようとする。
「動きを止めろ!無防備な首を晒してくれてる今がチャンスだ!」
誰かが叫んだその言葉にハッとする。確かに今、馬の魔獣は首だけを建物に突っ込ませた状態、首はちょうどベランダ辺りにある。
それまで馬の方を相手にしていた魔法紋持ちが魔力障壁や拘束魔法で動きを封じる。そして魔法紋を持たず身体強化しか使えない、突破された場合を想定して待機していた人たちが身体強化を使い武器を振り上げ駆け出す。彼らは身体強化しか使えないが、その分集中して練習できるため練度は高く、今もほとんど動かせないでいる馬の頭と首目掛けて武器を叩きつけている。
魔獣の体は身体強化と魔力の防御で攻撃が通りにくくなっていたが、子供はともかく大人たちの攻撃は十分に効いており、ほどなくして馬の魔獣は力尽きる。
「あ。」
そして頭を孤児院の中に入れたままその場で崩れ落ちた魔獣によって二階のベランダだけに空いていた穴が下にも広げられてしまう。
広げられた穴から、倒れた魔獣を踏み台にして残りの魔獣が入り込んでくる。
孤児院での戦いは、とうとう最終局面へと突入した。
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