第18話 襲撃②

「クソッ!数が多すぎる!」


 戦闘の最前線。外壁に集まっている自警団員の一人が悪態をつく。他の人も声には出さないものの同じような心中だろう。


 今も飛んでくる魔力弾を身を屈めてやり過ごす。魔物が放つ魔力弾は収束も甘く速度も遅いため威力はそれほどでもない。その上、群れの雑兵なら魔力操作も拙く連射も複数制御もできないので一個体のつき遅いペースで一発ずつしか撃ってこない。しかし眼下に見える魔物の群れ全てが攻撃してくればそんなものなど関係ない。威力を数で補い、連射を数で補い、複数制御を数で補う。それは正しく数の暴力であった。


 今のところは侵入を水際で防いでいるが、魔力にも限りがある。街の反対側からも救援を要請しているが間に合うのか、間に合ったとしても本当にそれで足りるのか。自警団員の心配事は尽きない。


 そして何より時期が悪かった。とある用事で王都の自警団員は半数ほど不在にしているのである。


「何もこんな時に来なくてもいいだろうが!」


 我が身の不運を呪いながら、それでも自警団員たちは家族を、仲間を守るために決して負けられない戦いに身を投じていくのだった。




 「ただいま~。」


 最前線からほど離れたグレイナ孤児院に、周りの魔物を片付けると言って出て行ったマリーとパトリックが帰還する。流石というべきか、二人はそろって無傷であった。


「マリ姉、おかえり。外はどうだった?」


 タオルを持ってきたジェーンが外の様子を尋ねる。


「とりあえず周りにいるのは一掃したよ。後は遠くにちょっと魔獣が見えるくらいかな。でも早いところこの魔力を止めないと、下民街中の動物が魔物化しちゃうよ。」


「猫とかネズミとか多いでしょうね・・・。」


 想像してしまったのか少し顔を青褪めさせるジェーン。そうして子供たちで話をしていると、パトリックと話をしていた大人たちの方が騒がしくなる。


「待ってくれ!ここで二人ともいなくなるのは!」


「だが、先生の言うことももっともだろう!最前線を維持しなければ魔物がなだれ込んでくる!属性魔法を使える二人なら十分に戦力になる!周囲の敵も片付けてもらって、これから来る魔獣くらい対処できなければ、俺たちは何のために自衛を学んできたって言うんだ!いざという時は街のみんなで生き残るためだろう!」


「そ、それは・・・。」


「高所の有利が取れる外壁沿いでの戦線を維持するためにも、早いうちに援軍が行かないと意味がないんだ。ここで俺たちだけを守って何になる。」


 反対していた人の声が聞こえなくなり、恐らく当事者であるマリーが大人たちの方に歩み寄る。


「全部聞いたわけじゃないけど、私と院長先生が前線に行くって話?」


「そうだ。すぐに向かうぞ。準備しろ。」


「りょうかーい。」


 どこまでも軽い調子で返事をするマリーに周りの子供たちの方がヤキモキしてしまう。


「怖くないの?大丈夫なの?」


 ヘレンがマリーの服の裾を引っ張りながら尋ねる。それに対してマリーは快活に笑いながら言う。


「怖いのは何もしないうちに結果を突きつけられることだよ。どんなに大変な状況に直面しても、私は潔く諦めるよりも、無様に、不格好に自分を信じて動く。自分の欲しいものは手を伸ばさないと手に入らないんだから。」


 何でもないように言われた言葉に、それを聞いた全員が気圧される。言っていることは大人が子供に教えるような理想論。それでもその言葉に重みを感じるのは、紛れもなくマリーが全力でそうして生きてきたからだ。


 もはや反対していた大人たちも黙り込み、パトリックとマリーを見送る。小さくなる二人の背中が見えなくなり、改めてカインたちを含め全員は気合を入れる。


「それじゃどうする?」


「パトリックさんが周りに壁を作ってくれたから、侵入方向は決められるわ。後は迎撃しやすいように工夫していけばいいかしら。」


「敷地に入られたら一階の入口を全部塞いでおいて、二階から攻撃できるようにしようか。バリケードの準備をしよう。」


「実際に襲撃があった時の配置を考えようぜ。身体強化が使えるやつはバリケードの隙間から、魔法が使える人は二階から攻撃すればいいだろ?」


 アイディアを出しては良さそうならすぐに実行。そうして準備を進めていると、まだ魔物化していなかった近所の家のネズミもとうとう魔獣になってしまう。魔獣になったばかりだと隠すことなく魔力を放っているので、新たに生まれたことも接近してくることも把握しやすく、迎撃もしやすい。


「でも、こっちに一直線に向かってくるのはなんでだ?」


「向こうも魔力探知してるんでしょ。それより、あんたはもうすぐ他の人と一緒に攻撃でしょう。準備しなさいよ。」


 ジェーンに促されてマークも魔法の準備を始める。


 孤児院に避難している人の中で魔法紋を持っている人はおよそ4割。魔力を放出できるのはその魔法紋を持っている人なので4割は先制して攻撃を仕掛けることができる。さらにその半分が属性魔法を発現させており、多種多様な魔法を使い分けることができる。そう考えると、自警団員のマリーと元教会騎士のパトリック、二人が抜けたとしても防衛にそれほど悲観的になる必要はないと言える。


「来ます!数は10匹以上!」


 孤児院の入口、パトリックが周囲に建てた壁の唯一の出入り口。そこにネズミが姿を見せると一斉に魔法が放たれる。


 入口という限られた幅の道を必ず通る必要があるため、そこを狙って放たれ、雨あられのように降り注ぐ魔法は一匹残らず魔獣を屠っていく。


「これ、私たちは必要ない?」


「戦わなくていいのは喜ぶべきことよ、ヘレン。」


 魔法紋を持たない人たちは身体強化をかけて武器を持ち、いざという時のために備えていたが、出番がなさそうな様子に肩透かしを食らう。


 あっという間に生き残りの反応が減り、そこで攻撃を止めると土埃の中からよたよたと瀕死のネズミが一体だけ歩いてくる。


「なんて言うか、一方的ないじめみたいだな。」


「そう見えるけどな。俺たちだって生き残りをかけてるんだ。手を抜いてやる義理はない。それとも、あいつらに同情したのか?お前、途中から攻撃止めてただろ。」


 カインがポツリと呟いた言葉は隣にいる近所の男性に拾われる。そして魔物相手に戦えないのであれば後ろに下がれと目で訴えられる。


「攻撃を止めたのは魔力の温存のためですよ。明らかに過剰な攻撃だったじゃないですか。」


 そう弁解しながらカインは持っている剣に魔力を収束させ腕を引き絞る。


「同情はしてるかもしれません。あれも元々はただのネズミで、街中でこそこそやって生き延びれていたかもしれないのに、強制的に魔獣にさせられて人を襲う本能を植えつけられて、最後にはこうして倒されるんですから。」


 でも、とカインは続ける。


「ちゃんと戦場で生きることの意味はわかってるつもりです。躊躇はしませんよ。」


 言い終わると同時にその場で突きを繰り出し、同時に魔力刃を伸ばす。狙いは寸分違わず魔獣の眉間を貫き、魔獣は一瞬痙攣すると崩れ落ちる。


 それを見ていた人は思わず目を丸くして、「もうちょっと速く伸ばせないかなー」などと呟いているカインを振り返る。


 彼らから見ても魔力刃は真っ直ぐに伸びており、カインと魔物との距離はある程度離れていた。それにも関わらず正確に魔獣の眉間を貫いたというのは動きの精密さが桁外れているということ。修練を重ねた大人ならば同じようなこと、あるいはそれ以上のことが可能だが、僅か8歳の子供がそれをやってのけたということが驚きを呼んでいた。


 そしてほとんどの人が感心の目を向けている中、素直に賞賛できず嫉視する子供もいる。彼ら彼女らは魔法紋を持っていないことから魔法は身体強化しかできない。そのため一つのことだけを集中して鍛えることが出来る強みを生かし、身体強化だけは魔法紋持ちにも負けないと言えるよう努力しているのだが、そんな決意を持っている自分たちの隣で、魔法紋持ちだというのに身体強化の練習を自分たちと同じかそれ以上に重ねているカインの姿は、例えその努力を目の当たりにしていたとしてもまるで自分たちを馬鹿にしているように見えていた。


 今回も結局出番が無かったということで、子供たちの中には鬱屈した感情を溜め込んでいる子もいるが、本人すらそれには気付かず今は防衛に取り組んでいる。


 そのまま何度か魔獣の散発的な襲撃にあうも、どれも数が揃っていない、搦め手無しの入口からの突撃ばかりで、最初孤児院に潜んでいたネズミ以来、全員が無傷のまま時間が流れていく。


「自警団の方、どうなってんだろうな?マリ姉も院長先生も大丈夫だよな?」


「マリーは年齢の問題があるから魔力量が心配だけど、そもそも最年少だからそこまで最前線には送られないだろう。問題は院長先生だ。元教会騎士の肩書相応に強いし、自警団でもないのに志願して行ったくらいだからほぼ確実に最前線に出てるだろう。」


「アタシのお父さんも今は戦場でしょうね。正直お父さんが戦えるイメージが湧かないんだけど大丈夫なのかしら?」


 昼食時、別の班にいたジャンとも合流していたカイン達は前線に出て行った人達を心配する。ジェーンは憎まれ口を叩いているが、戦えるイメージが湧かないというのは本心で、だからこそ内心では父親を酷く心配している。


「おじさんだってこれまで自警団で訓練してきたんだ!強いに決まってんだろ!」


 一方でマークの方は何の確信も無いはずなのに疑うことなくそう断言する。古い付き合いというのもあるが、ジェーンの心配を吹き飛ばそうという意図も含むマークの気遣いに、ジェーンも苦笑いを浮かべる。


「あのマークに気を遣わせちゃうなんて、一生の不覚だわ。・・・でも、ありがとね。」


 マークは前半の言葉には少し不満そうな表情を浮かべ、続けられたお礼に照れた様子を見せる。そうして緊迫した雰囲気が少しは和らいだかと思ったが、二人の会話が聞こえていたカイン達と同年代よく授業でも顔を合わせる子供の一人が不機嫌そうに口を挟む。


「ハッ!親がいないやつの気休めなんて何の意味も無いだろ。それで気が楽になる方もどうかしてるぜ。」


「こら!何を言って!」


 すぐに隣にいた父親に窘められるが、少年は止まらない。


「お前らに俺らの気持ちが分かんのかよ?いや、分かるはずねえよな。親がいねえんだから。それとも何か?親がいないから自立して俺たちより一歩進んでるから大人の対応してますってか?そんな奴が親を心配してる人の気持ちを、雰囲気悪いからって邪魔しようなんてふざけた話だぜ!」


「いい加減にしろ!お前こそ自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」


 父親が絶叫して少年を止めようとするが、今度はその父親に少年の矛先が向く。急に人が変わったようにいきなり始まった糾弾に周囲の人は不可解さと不気味さを感じる。


「何か変だな。あいつあんなこと言うような奴だったか?」


「確かお母さんが自警団員だったな。その不安から情緒不安定になってるんだろうけど・・・。」


 マークとジャンも首を傾げながら推移を見守っていると、父親が急に魔力を放出して少年を包み込む。そのまま少し話を続けていると少年が徐々に落ち着いていき、ついにはその場で泣き崩れ何度も謝罪を繰り返す。


 急展開にカイン達が目を白黒させていると大人たちが集まって少し話し始め、何人かは会話が進むにつれ顔色が悪くなる。そして大人の一人が辺りに聞こえるように大声を張り上げる。


「全員、戦闘中じゃなくても身体強化を、いや、魔力を纏うのを止めないでくれ!魔物化を促している魔力には、恐らく人の負の感情に働きかける効果がある!無防備に浴び続ければどうなるか分からない!」


 その言葉の意味が浸透すると、孤児院の中は一瞬で騒がしくなる。魔力の節約として魔力を収めていた人たちは慌てたように魔力を放出する。


 マークは涙を流しながら謝罪してくる少年を軽く宥めてから落ち着くように言い、そんな二人の様子をジャンは気の毒そうに見ている。


(負の感情、か。マークも謝罪は受け入れたけど、あの二人、もう以前のようにはいられないだろうな。)


 先程の大人もついうっかり漏らしてしまったのだろうが、負の感情に働きかけるということは、少年の心のどこかに告げられたような不満が小さくではあるが存在しているということ。マークも直感的ではあるがそうした相手の心を理解しているようで、表情はどこか精彩に欠けている。


 気まずい雰囲気が漂う中、新たに捉えた接近してくる魔力は、それどころではないという先送りの免罪符を与える救いとなった。


「おい、すぐに迎撃の準備だ!」


「・・・いや、ちょっと待て。この魔力は・・・?」


「・・・んん?魔物っぽいけど、・・・人、か?」


 しかし、その代償というわけでもないだろうが、普通ではない異常な状況が舞い込んでくることとなる。近づいてくる魔力は魔物特有の禍々しさを感じるが、同時に人間の魔力らしさも感じられる。人が魔物を捕らえている、あるいは逆の立場で、生け捕りにしているから二つの魔力が重なって感じられるというわけでもなく、まさに二つの魔力が完全に混ざり合ったかのような何とも言えない感じ方をしている。


 少ししてカインの、そしてマークたちの魔力探知でも捉えられるまで近づいてきたその魔力は、確かに人の本質を持ちながらも無意識に警戒心を引き上げ危機感を抱かせる。


 少しして姿を見せたのはやはり人影は、十個ほどのパンパンに何かが詰め込まれた袋を引きずりながら孤児院へと向かってくる。その人物にカインは見覚えがあった。


「・・・タール?」


 本来なら見習いであっても戦場に出ているはずなので、こんな所に居るはずがないタールの登場にカインはどんどん嫌な予感がしてくる。怪しい魔力をしていても事情がわからない上に相手が子供だということで攻撃は躊躇われ、防衛の優位を取れていた孤児院の門を通過させ中庭への侵入を許してしまう。


 そのままこちらに向かってこようとするタールの一歩先の地面に一本の線が引かれタールは歩みを止める。


「悪いが、それ以上は入らないでくれ。今の君は得体が知れない。」


 魔力を集中させ指先から絞るように放出し、光線の様な魔力を薙いで線を引いた男性が警告する。周囲の人もそれを止めることなく、緊張した様子でタールを警戒している。


 タールは足元の線を少し眺めてから顔を上げ、不気味な薄ら笑いを浮かべながら引きずっていた袋を辺りに放り投げる。


 一体何だと思っていると袋が地面にぶつかった衝撃で中身が少しだけ外に溢れ出てくる。その袋の中身、ぐったりとしたネズミが出てきた時の反応は綺麗に分かれた。一体なんでこんなのを持ってきたんだ?という疑問を抱いた者は動くことはなく、一方でそれがどういう意味かわかったものは顔色を変えて攻撃しようとする。


 しかし、タールがその場で膨大な魔力を放出し始めた方が先であった。その魔力は更に変質し、それはまるで今も街の外から放たれている動物を強制的に魔物化させているのと同じ魔力のようで、禍々しさと根源的な忌避感を抱かせる。


 ぐったりしていたはずのネズミが変容し魔獣となると、袋も全て千々に千切れ、中から大量のネズミと猫の魔獣が姿を見せる。そして先程までとは打って変わって機敏な動きで放たれた魔法を避けると一斉に向かってくる。


「退け!籠城だ!」


 そう叫ばれる前に全員が踵を返して孤児院へと全力で駆け出していた。魔法が使えるものは後方にデタラメに攻撃しながら退却しており、少しでも足を鈍らせようとしている。孤児院の入口付近からカインとマークも援護射撃をする。


 合計三百匹以上の魔獣に追い立てられ生きた心地はしなかっただろうが、何とか全員が孤児院へと入り、属性魔法を使える人が入口を塞ぐ。数匹が入り込み、後続の魔獣には追いかける勢いのまま突進され完成途中の壁が軋み思わず冷や汗をかくが、壁は持ち堪えそのままさらに厚く、頑丈になっていく。入り込んだ魔獣は数が少ないこともあり、そのまますぐに討伐された。


「怪我人はすぐに治療を!それ以外で魔法が使える奴は二階から魔法を・・・。」


――ドオォォォン。


 言葉の途中で表から轟音が響く。その重低音に孤児院もビリビリと振動し、パラパラと天井から欠片が降ってくる。


 カインとマークも急いで二階へと上がり外を確認すると、ちょうどタールが魔法を孤児院に向けて放ったところであった。


 数名が防御魔法や魔力障壁を使い魔法を防ぐ。そう、まだ子供であるタールの魔法を数人がかりで防いでいるのである。それは明らかな異常事態であった。


 さらに、魔物も思う様に減らせないでいた。中庭という広い場所を縦横無尽に動き魔法を避けることができるため、魔法は中々当たらない。さらに猫の魔獣は跳躍一つで二階まで飛び上がることができるのでそれを防ぐ必要もある。何匹かのネズミの魔獣も同様であった。防御をおろそかにはできないため、どうしても攻撃に十分な手が回らない状況であった。


 そんな中、さらに状況は悪化する。遠方から近づいて来る魔獣の気配を感じ取る。これまでとはまた違う種類の魔獣の気配、門の向こうから姿を見せたそれは猫とネズミの魔獣とは明らかに体躯が違う。


 禍々しい強大な魔力を滾らせた犬と馬の魔獣の咆哮と嘶きが、心よ折れろと言わんばかりに辺りに響き渡った。

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