第5話 人族の過去

 翌日、カインたちは授業が始まるまでの時間で簡単に部屋の移動を済ませてしまう。


 それが終わればジャンは近所の仕事の手伝いに、マリーは内定しているため自警団の仕事に出かける。カインとマークは昨日に引き続き近所の子供も交えて授業の時間である。


「最初に言っておくが、今日の授業内容である歴史は、過去に人が書き残した文献を元に授業内容を選定しているが、それ故に改竄されている可能性も高い。私の勝手な感想だが、ここ数十年間壁内にある学び舎で教えられている内容はあまりに人族を中心とした視点で語られていることから、実際に改竄が行われていると思っている。これから教えるのは種族間交流があった時代の本、禁書認定されている本を集めて私なりにまとめたものだ。そのことは頭に入れておいてくれ。」


「でも先生、教育の内容が壁内と違っていたら、将来何らかの形でアタシたちに不利なことになるんじゃ。壁内で教えている内容が世間では主流ってことですよね?先生を疑うわけではありませんが、個人が過去の文献からまとめただけというのは信用がないわけですし・・・。」


 パトリックが今日行う勉強内容についてこれまでの授業にはなかった注意を述べると、ジェーンがその説明から不穏なものを感じて懸念を口にする。


「ジェーンの言うことはもっともな意見だ。しかし今回行う授業内容についてはいくつかの理由から例え主流から外れていたとしてもこちらの内容のほうがいいと私は考えている。

まず第一に、情操教育の点から見ると壁内の授業内容は傲慢な人格を生み出しかねん。それに世間で主流とお前は言ったが、あくまで人族の世間だ。

第二に、今回教える歴史の内容を壁内で違う歴史の内容を教わった者と議論するようなことはないだろう。今の詳しい状況はわからんが、平民は5割が授業を受けていると言っても多め見積もっているくらいだ。そして貴族は全員が教育を受けているとされている。だが、貴族はそもそも下民と関わろうともせんし、教育を受けた平民も同じこと。それなら教育内容の違いから文句を言われることなどないだろう。」


 そう言ってパトリックは今後こそ授業を開始する。


「まず初めに、これがこの世界のおおよその地図だ。8つの大きな大陸に2つの浮遊大陸がある。」


 そう言ってパトリックは古い大きな紙を広げた。そこには同じくらいの大きさの大陸が7つと、それらの中心にほかと比べると小さめの大陸が一つ、そして中心にある大陸と同じ大きさの浮遊大陸が2つ記載されている。


「基本的にひとつの大陸をひとつの種族が治めている。とはいっても、どの大陸にも広大な魔物の領域があるため、治めている範囲といっても多くて大陸の半分あるかないかくらいだ。そして人族が治めている大陸はここになる。」


 そう言ってパトリックは地図で見て南西にある大きな大陸を指差す。その後地図に記載された大陸を一つ一つ指差し説明を続ける。


「そこから右回りで順に、獣族、魔物の領域、魔族、天族、妖精族、魔物の領域となって、魔物の領域を除いて各種族が各大陸を治めている。そして、浮遊大陸は南にある方を龍族が治めていて、北にある方が魔物の領域となっている。中央にある大陸、ここはあらゆる種族が集まり合同で開発を進めている他種族国家であり、人族の種族間交流の途絶当時は最も力のある国であった。この国は王族は存在せず、他国の王族含む各種族の代表が集まって方針を決定するという変わった国だ。」


「当時最も力があるってことは、今は違うってこと?」


パトリックの話の内容から気になったことをヘレンが質問する。


「この後の授業でも話すんだが、今の状況は分からない。この後詳しく話をするが、今は別の話をもう少し続ける。


さて大陸の説明の時、浮遊大陸の一つを含めて三つの大陸がまるごと魔物の領域になっており、さらに各大陸もほとんどは半分以上が魔物の領域になっていると言った。つまり、世界的に見ても魔物の勢力が非常に大きい。当時はさらに魔物の被害があり町を捨てなければならない状況も多かったと聞く。まさにこの下民街が生まれる原因が当時から問題となり、放棄した町を飲み込み魔物の領域が徐々に広がっていった。


このままでは魔物にすべてを奪われると危惧した各国は、普段交流がなかった他国、他種族と手を組むことを決意した。最初にその話をしたのは龍族、魔族、妖精族で、彼らの呼びかけを受けて残りの種族も話し合いに応じることとなった。


当時は各国の間に魔物の領域と大陸間の海があり、一部の実力者を通してしか他国と交流がなかったが、そこでそれぞれの大陸から近い中央にある大陸に目を付け一大作戦が計画された。それが中央の大陸の開発とそこの共同統治だ。その大陸に多種族国家を築き技術を集めることは、普段ひとつの種族だけが使っていた技術を他種族も通すことで技術の向上を狙うことができるという目的からその作戦は決行され、各国の戦力の半分を投入した作戦は1年で中央の大陸の魔物の領域を3分の1にまで押し込むことができ、計画は次の段階、新たな町の建設が行われた。それが中央の国セントヘリアルの始まりだ。


・・・ここまでで何かあるか?」


 これまでの内容で理解できなかった点や聞き逃した点を質問する時間を設けた後、パトリックは話を続ける。


「町の建設が始まり、各種族が軍の上陸のため即席で築いていた軍港をそれぞれの建築様式で港町に作り変えることから着手された。港町がある程度形になってくると、各国が再び集まり合同で一つの街を作ることが決定された。最初に建てることになったのは、そういった会議を行う場所などを内包した役所で、この時実験的に各種族の技術を公開、共有し合うこととなった。壁ひとつとっても、加工や付与、装飾などと話し合うことが多く、この時点で建設を行っていた者たちは新たな技術の発見とそれによって生まれた新たな発想に大いに湧いたと言う。


そうして各国の人材と資材が注ぎ込まれた計画はわずか10年で各国の首都に匹敵する規模の都市を築き上げた。その後も他の町の建設が進み、農業を行うための都市や学び舎を集めた都市、歓楽都市などさまざまな目的を持った街が出来上がった。計画が始まってから今では約100年が経っているが、現在のセントヘリアルがどれほど発展したかは想像がつかない。と言うのも、50年ほど前に人族は種族間交流の場から徹底的に排除され、それ以降はか細い交流しか行われていないからだ。


かつての情勢を綴った禁書によれば、その辺りから人族の教育方針がおかしくなっており、それと同時期にセントヘリアルからの技術共有、人材の派遣などに制限がかけられていると言及されている。


そうなった経緯を説明するには、当時の各種族の活躍についてを説明する必要がある。種族間交流が行われてからそれぞれの種族は得意分野が役に立つところで働いていた。当然他の種族も交えてな。でなければ技術交流などできやしない。


そんな中人族は中央の開発の際、あらゆる分野で働いていた。人族はいわゆる器用貧乏タイプで得意不得意がない種族だ。突き抜けて得意なことがない分、新しい技術開発ではどうしても遅れを取ってしまっていた。他種族同士は交流することで得意不得意を補い合い、あるいは得意を掛け合わせ発展させることができたが、人族は他種族と交流することで器用貧乏なタイプだと自覚してしまい劣等感を抱くようになってしまった。別に新たな技術は開発できなくとも不得意なことも無いことからあらゆる技術を習得でき、セントヘリアルの発展にも大きく貢献してきたと思うのだがな。


しかし、そうしたやや鬱屈した心情の中、他種族と交流することでしか見つからなかったであろう人族の特性が判明した。人族との間に生まれた子供は必ず両親どちらかの種族の純血になる、というものだ。他種族との交流によって種族間での婚姻が進み、混血の子供が生まれるようになり、混血の子供は外見上は純血の種族と変わらず両親どちらかの種族であったが、種族特性や種族特有の魔法は能力を半分にしたものを両方持つようになっていた。世代を重ねるごとにさらに複数の小さくなった能力を持つようになり先祖を遡ると把握も難しいほどになっていったが、そこはいわゆる本能で自身の能力は理解することができたらしい。


しかし問題は、そうした種族特性、種族特有魔法が弱くなることを恐れた純血主義者が現れ始めたことだった。そういった者が現れ始めたのはまだ人族の種族特性が判明していない頃で、一応彼らもセントヘリアルを開発することに納得はしていたので表向きは問題がなかった。しかし、徐々に純血が少なくなっていくことに危機感を募らせ続け、少しずつではあるが純血主義の者が種族の危機を主張し始めるようになっていた中で人族の種族特性が判明した。それは純血主義の者にとっては福音とも呼べるものであり、彼らは一時期人族が救世主であると主張した、主張してしまった。


先程も言ったが、人族は劣等感を抱いていた。そんな中、他種族のあり方にも関係する種族特性が判明し、さらにはそれを他種族の純血主義の者が救世主の証であると主張してしまったがため、人族は勘違いし増長した。変化はとても早く、態度は横柄になり行動は乱暴に、努力を徐々にしなくなり他種族を顎で使おうとする、まるで他種族を支配する王であるかのような振る舞いをしていたという。」


 パトリックは口にしなかったが、何より多かったのが人族の種族特性の関係から拉致監禁し口で言うのも憚られるようなことをした事件があったと文献には載せられていた。このことは流石にまだ子供たちには早いと教育内容からは省かれていた。


「そういった行為、態度を見続けて流石に純血主義者たちも頭が冷えたらしく、人族から徐々に手を引いていった。そして事件を頻繁に起こすようになった人族に対して、他種族はとても理性的だった。協力すれば人族を滅ぼすことは可能だが、そうなるとまた管理できない大陸が増えて魔物の領域になってしまう。しかしこのままにもできない各国の代表たちは人族に対していくつかの制裁を下すことを決定した。


一つ目は既に中央に来て横柄な態度を取るようになった人族の隔離、これは人数の差もありさらには人族が王のように振舞って技術の習得も鍛錬もしなくなったことから実力差も大きくなったことで簡単に進んだという。人族はこの時から人族の港町から出ることができないようにされたという。これはさらに対応が進み、最終的に完全に人族全員を強制帰国させたという。


二つ目に人族の国に技術支援に行っていた他種族のものは危険があったため全員帰国した。この時既に街中なのに行方不明になっていた者もいたらしい。そして帰国後は新たに他種族のものが人族の国に行くことは禁じられた。この時は人族の国の実情を説明し人族の国に「行かない方がいい」と言うのではなく、行くことを実際に禁止し、もし国を渡れば罰則を設けたという。強制しなければならないほど危険だったのだろうし、国への制裁を確実なものにするためだと考えられる。


三つ目に技術の制限、流石に新しく生まれた技術が何もないままでは結局魔物に滅ぼされてしまうため、最新ではなくなってしばらく経った、古くなった技術は人族の国に高値で売るようにした。自分たちの行いを顧みて反省し、這い上がれなければ滅ぶもやむなしといった意思を感じるな。


四つ目は人族がセントヘリアルを含め他国に渡る際は厳しい審査を通らなければならなくなった。一応人族だけではなく他の種族も適用されているが、おそらくそちらは建前だろう。実際は人族の入国をひとりひとり監視するためだと言われている。この制度は今でも続いており、一度の審査に数か月をかけ結局審査が通らないことばかりと聞く。特別扱いされてきて、制裁を受けても何の反省もしなかった当時の人族の貴族としては我慢がならないらしく、もはや今では一切出国の申請を出すこともしていない。この国の自分たちの作った箱庭で満足しているようだ。


しかしそんな彼らがこぞってセントへリアルを目指す時がある。新年の入学に合わせて開催されるセントヘリアルにある学院への入学試験の時だ。この入学試験に合格したときは非常に緩い審査で入国することができる。まあ、卒業まで帰国はできなくなるだとか、そもそも連絡も取れなくなるだとか少し不安な条件があるがな。試験自体は年齢さえ合っていれば誰でも受けることが出来るが、噂では貴族が入試を貴族のみ受けられるよう毎回妨害をしているらしい。噂が本当なら、下民が試験を受けられるようになるのはもっと先のことだろう。


少し話が逸れたが、文献に残っていたのはここまでだ。これ以降は他国とほとんど交流をしていないため、世界がどうなったのか詳しくはわからない。毎年港町に入学試験を実施するためにやってくる飛空船は、この国の僅かな貴族が所有している飛空船より遥かに高性能なものだから、少なくとも技術力はかなりの差ができただろう。」


 パトリックはさらにいくつかの補足を加えた後、残り時間はこれまでも何度か話していたそれからの人族の歴史を語り始める。その日の午前中の勉強時間はそのまま歴史の話だけで過ぎていった。 

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