遅咲き剣聖の成り上がり健闘記

syozu

第1章

第1話 下民街の孤児

 この世界には海に浮かぶ8つの大陸と、空に浮いている2つの大陸がある。


 かつて世界創造の際、神が1種族につき1つの大陸を与えたとされているが、今はその真偽も定かではない。そう記した文献は残っているのだが、現在では種族は人族、獣族、妖精族、魔族、天族、龍族の6種族しか確認されておらず、また種族間交流が行われてから混血も誕生したことで時が経つとともに言い伝えも朧気になり文献も御伽噺の類になってしまっている。


 中にはその6種族と争っている魔物や魔人と呼ばれる存在も一つの種族としてみなし、一大陸に一種族が割り振られたのではという説もあったが、魔物はどの大陸にも現れ生存域を広げており、魔人もそんな魔物の進化した姿ということからその説は支持を得られず自然消滅していった。


 そんな定かではない種族と大陸の関係だが、実際に種族間交流が始まる前は言い伝え通り1つの種族が1つの大陸を国として治めており、日々魔物と生存圏の奪い合いを繰り広げて生活していた。今は種族間交流も盛んになっており、一部の例外を除きどの国にも他種族が暮らしており、更には大陸一つの魔物の領域を開放して多種族国家を新たに樹立するにまで至っている。


 そしてその種族間交流の例外となるのが人族と彼らが治める国である。過去には種族間交流の中に名を連ねていたのだが、当時起きた事件と歪んでしまった思想から他種族と距離を取られ、現在はほんのわずかな繋がりしか残っていない。


 そんな人族の国の主要な都市は魔物の被害を避けるため高さ50m幅8mの堅牢な外壁で囲われている。その外壁は種族間交流があった時代に他種族の技術者も交えて建てられた魔道具型の防壁――魔防砦であった。この魔道具は壁内の街の全住人の魔力を少しずつ徴収し、有事の際は貯めていた魔力で防壁を強化する機能が付与されており、物に魔法を付与するという技術は当時は最先端のもので、他種族の協力がなければ建造できないものであった。建設されて以来内側に魔物の侵入を許したことはなく、戦いは騎士や衛兵に任せていることで壁内に住む住人は危機感をなくすほど平穏な日々を過ごしていた。


 しかし国民全てが魔防砦に守られているわけではない。魔防砦ではなくただの外壁や柵が設置された町や村も当然あり、防衛が失敗して住む場所を無くした者たちが年々増えている。魔物の勢力が思いのほか強かったこと。そして、そういった町に常駐している戦力が脆弱で、本来はその町の衛兵と巡回している騎士(衛兵の数段上の実力者で、さらに戦闘用の魔道具を貸与されている)が連携して防衛に当たっていたのだが、彼らは追い詰められれば早々に見切りをつけて撤退してしまったからだ。騎士や衛兵に見捨てられた町の住人は命からがら逃げ出し、王都や他の大きな街といった魔防砦がある安全な場所に保護を求めて移動する。


 しかし、そういった街を頼りに命懸けで移動し、運良く街にたどり着けたとしても、増えた人口による治安の悪化を懸念して、魔防砦の外に締め出された者がほとんどである。


 そうして避難してきたが街に入れなかった者たちは、新たに生活するための場所を街の外壁周りに作り始めた。壁内で捨てられたもので再利用できるものを流してくれる一部の門番など壁内の人でも協力してくれる者がいたおかげで、避難民生活を始めること十数年、多くの犠牲のもと不格好ではあるが避難してくるものの受け入れ先となる街ができる。


 しかし、そうして生まれた町は壁内と壁外で暮らす者をより明確に区別するものとなってしまった。壁外に暮らす者は魔物と隣り合わせの生活を送っているため自らの生活を守るため魔物と戦うが、それは同時に壁内の生活を守ることにもなるため、命懸けで平民以上の階級の生活を守るものとして最下位の階級という認識が広まり、もともといた「平民」とは別に「下民」と呼ばれる階級を生み出すこととなった。住んでいる場所だけの区別が身分の差別へと変わるのに時間は掛からず、特に貴族が住む王都でその変化は顕著であった。


 そんな来歴を持つ下民街は年々増える避難民を受け入れては大きくなり、今では王都の周りをほぼ一周するまで広がって、面積で言えば魔防砦の中のおよそ二倍にまでなっていた。


 魔防砦がなく集落がむき出しのためよく魔物の襲撃があるが、本来街を警備するはずの壁内の衛兵や騎士は魔物が魔防砦に近づいていない、職務範囲ではないと言って戦闘を拒否、さらにはそういった役割ではないのに魔物退治を下民の仕事だと言い張る始末。もはや当てにならないと下民街でも独自に騎士団、衛兵団とは別の自警団が結成され襲撃に備えることとなった。


 結成されてからしばらくは、自警団も大きくなった街のすべてを見張ることはできなかったが、下民街の住人も遠い街から逃げてきたという経歴からもわかるように多少の魔物程度ならば倒す、あるいはそこまでいかずとも時間を稼ぐことができる。そして避難民の増加と共に自警団も勢力を伸ばしていき、いずれは街全体をカバーした上で大きな事業にも踏み込めるという展望を持っていた時その事件は起きた。


 その日は運が悪かった。


 襲撃が深夜にあった、それはよくあることなのだが、普段よくある少数の魔物の襲撃ではなく百匹以上の群れにそれを率いるランクの高い魔物の襲撃にあったのである。訓練していない住人では対処しきれず増えていく犠牲が混乱を招き、自警団が駆けつけた後何とか魔物を退治しきるまでに多くの被害が出てしまっていた。


「ハンスさん。怪我人の治療、終わりました。」


 負傷者の治療を担当していた、女性にしては背の高い濃緑色の長い髪の女性 リーベが他の自警団員と話をしていた男に声をかける。


「よし、ご苦労。とりあえず片付けは昼の視界がいい時に行う。今は外に注意して再度襲撃がないか警戒だ。他の奴にも伝えてくれ。」


「了解です。」


 がっしりとして鍛えられているのが見て分かる古傷の多くついた歴戦と言った風貌の男――自警団の小隊長ハンスがよく通る声でそばにいた自警団員に指示を出す。ハンスより背が低いがそれでも十分に鍛えられた細身の体をした赤毛の青年――アベルは返事の後急いで他の自警団に指示を伝えに走る。


「統率の取れた魔物の群れ襲撃か。今回は犠牲が多かったな。」


「重傷者もたくさんいます。私の回復魔法では完治させられなかった方も・・・。」


 その場に残ったハンスとリーベは今回の襲撃の被害を思い出しため息をつく。


「あの魔防砦ほどではなくとも町の外に壁や堀を作ったほうがいいか?」


「急ごしらえでは魔物に簡単に破られます。せめて建材も併用したしっかりした壁を作らなければ、時間稼ぎもほとんどできませんよ。」


「まあ、急ごしらえではその程度だよな。今は壁に使えそうな建材を少しずつ貯めていくしかない・・・か。」


 以前から出ていた町の防衛案について軽く話し合うが、最近になってまた避難民が増えているため、人口が増え新たに建物を作る必要があり、建材を新たな外壁に回すことは難しかった。かと言って住居を後回しにすれば住人の対立が起こりかねない。二人は思わずといった感じに再度ため息をつく。


「とりあえず今は目の前の仕事だ。回復魔法を使用できるお前は居場所が分かるところで待機、警戒をしろ。」


「了解です。隊長は?」


「俺は外の魔物を探る。襲撃で混乱しているところに不意打ちされてはたまらんからな。」


 ハンスの率いる自警団の小隊で魔力探知をより精度が高く行えるのはハンスである。そしてその場でハンスは一度魔力探知を行うと、街の外に魔物の反応はなかったが住居の崩れた瓦礫から小さい反応があり思わず声を張り上げる。


「おい!瓦礫の下から小さい反応があるぞ!なんで誰も気づかなかった!すぐに人を集めろ!」


「りょ、了解です!」


 リーベはすぐにほかの団員に知らせようとしたが、大声が聞こえた他の団員がすぐに走って来る。


 そして、瓦礫を崩して中の人を潰してしまわないよう注意しながらの撤去作業が行われ、生存者の姿が見えるまで撤去が進んだとき、撤去していた者たちからは驚きの声が上がる。


「まだ赤ん坊じゃないか、何で泣いてないんだ?」


「・・・反応が無い、気絶してんな。もし起きていたら泣き出して、魔物の気を引いちまうところだったろうな。」


「周りは瓦礫で潰されてる。魔物に踏み潰されたか?体が小さい赤子だから助かっってことか。本当に運が良かったな。」


 その赤子は布に包まれており多少汚れはあったが怪我はなく至って健康体であった。もしかしてと思い周囲を再捜索するが生存者は見つからず、今回の襲撃で両親は命を落としていたのだろうと判断し、孤児院に預けることとなる。そしてその役目には妻子がいて実際に赤子の扱いが分かるハンスが抜擢された。


「まったく、あいつら。いくら赤子の扱いがわからないからって俺を現場から離すか?」


「まあ実際、赤ん坊は抱き方ひとつ取っても注意が必要ですから。」


「俺なんて焦って落としてしまいそうですし。」


 ハンスと治療魔法を使えるリーベ、そして念のための護衛ということでアベルが孤児院まで赤子を連れて行く。


「て言うか隊長、赤ん坊の世話なんて難しいし、孤児院も受け付けないんじゃないですか?」


「そこは大丈夫だ。赤ん坊の孤児がこれまでもいなかったわけではないし、そこはちゃんとどこの孤児院も育てられる。近隣住人の子持ちの者もよく手伝うらしい。今までも多くはないが何人かの赤子を預けている。」


「赤子の孤児は今までもいた・・・ですか。」


 アベルとハンスの会話を聞きながら、犠牲者が多いことを改めて認識したリーベが陰鬱な気分になる。


「まあ、今回みたいに襲撃の渦中にいて生き残っているのは珍しい。俺がよく聞くのは自警団員が殉職したことでその息子、娘が残されてしまうことだな。」


 そう言ってハンスは改めて自分の抱いている赤子を見下ろす。


「今はどこの孤児院に向かっているんですか?俺が知っている孤児院は少し前に曲がる必要があるんですが。」


「グレイナ孤児院というところだ。そこの孤児院は少し変わっていてな。俺が孤児を預けるとなったらそこに預けることにしているんだ。」


「隊長が贔屓にしているなら、確かに安心かもしれませんね。」


 アベルは近くに有った孤児院を通り過ぎたことに疑問を持ったが、ハンスには目当てにしていた孤児院があったのでそこに向かっていた。リーベもハンスがわざわざあてにすると聞き少し安心する。しかし、続けられたその理由を聞き、少し不安が沸き上がる。


「そこの教育方針がまだ自意識の薄い赤子ならば受け入れやすいだろうと思っていてな。」


「それって幼い頃から何らかの特殊な教育を施すとかそういった話ですか?洗脳じみた行為はちょっとまずいんじゃ・・・。」


「待て。勘違いさせたがそういう訳ではない・・・はずだ。」


 慌てたように否定しようとするハンスだが、悪意が無いとはいえある意味洗脳ともいえるのではないかと語尾に自信の無さが現れる。


「親がいないということを考え、自立をより早い段階から促している。ある程度の教育も行って、将来と言わずやろうと思えば幼いうちから食い扶持を稼げるようにしているんだ。」


「教育って読み書き、算術とかですか?」


「読み書き計算もそうだが、歴史もだ。この国に元々ある壁内の学び舎ではほとんど秘匿された、この国の汚点みたいなものであっても、正しい歴史だと過去の文献から判断されたならそれも教えている。過去の轍を踏まないようにな。あとは魔力の使い方や戦い方といったこともだな。将来性という意味では、あそこの教育は内容をもっと詰めて広めるべきだと思ってる。」


「汚点のような歴史って、確か他種族とほとんど交流を持ってないことの原因ですよね。噂では今も他種族から警戒されているとか・・・。まあ、それはいいとして、魔法の使い方で思ったのですが、この子は魔法紋を持っているんでしょうか?」


「あ、それ俺も気になります。少なくとも一目見て分かるところにはないってことは、やっぱり持ってないんですかね。」


 そう言ってアベルは赤子を覆っている布を少しだけ捲って中を覗き込みながら言う。


「確かに気になりはするが、孤児院に届けたとき院長と一緒に確認しようと思っている。それまでは我慢しろ。」


 ハンスは一度立ち止まるとアベルが捲った布を元に戻し赤子を抱え直すと、再び孤児院への道を進んでいった。

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