第16話 3年前の思い出
3年前……確かまだ浄化の旅に出て半年も経って居なかった頃だ。私は浄化に励もうとするが、なかなか上手くいかず必死だった。その日も、小さな池の邪気を浄化しなければならなかったのだが、全く根本の感覚を掴めずにいた。
「こう根っこみたいなのを探るんだ。目を瞑って、神経を研ぎ澄ませれば脳裏に浮かんでくる……と言われている」
「……はい。もう一度やってみます」
ライザーが浄化について教えてくれるのだが、結局ライザーも伝聞でしかないから詳しいコツなどは分からない。これでもまだアドバイスをくれるだけマシになったのである。1番最初の時なんか「邪気に向かって浄化って言えば出来ると思う」と言われ、その通り実行したがとても残念な結果になった。うん、あれは私のせいではない。
「どうだ……?」
「すみません。何も感じません……」
「焦ることはない。もう少し様子を見て、変わらないようならまた明日来よう」
もう浄化は何回かしているが、コツを掴んだと思ったらまた次の浄化では何も感じなくなり振り出しに戻るというのを繰り返していた。
魔物にだって慣れない。あんな怖い物に囲まれ、目を瞑って根本を探っているいる間に襲われたらどうしようと思うと不安で仕方ない。近寄るのだって本当は怖くて仕方ないに決まっている、私は日本で普通の生活をしていたのだから。
部隊のみんなで守ってくれると言っても、10数人しか居ないのだ。そんな少人数であの恐ろしい魔物から守りきれるのかと、その時の私はみんなの力を信じられていなかった。
それに部隊のみんなとも打ち解けられず、ほとんどの時間を1人で過ごしていた。誰にも話せない、相談できないのに不安だけがどんどん膨らんで、もう弾けてしまう寸前だったと思う。
「浄化をはじめて3か月たつけど、聖女様はまだコツが掴めないみたいだな」
「あぁ。まああの聖女様なら大丈夫だろう。逃げ出すことなくすぐに浄化の旅に出てくれる程強いんだ」
移動中の休憩で、大きな木に寄りかかって1人でいた私に気付いていなかったんだろう、部隊のメンバーが話しているのが聞こえてきてしまう。
違う、私は強くない、今にも逃げ出したいと叫びたい。不安で不安で仕方ないのに。でもそれを言ってしまったら幻滅されてしまうんじゃないか、また私は捨てられてしまうんじゃないかと思ってしまう。浄化できない、怖い、やりたくないと弱音を吐いたら私の事を必要としてくれなくなるんじゃないかと思うのだ。親に捨てられた私は必要とされなくなることが何よりも怖い。
「そこ、何を喋っている」
「アーノルドさん……ただ聖女様が強いなという話ですよ、あなたもそう思うでしょう?」
運悪くアーノルドが来たみたいだ。私がいることがバレないか冷や冷やしながらも、彼がどんな返答をするのか気になってしまう。彼も私の事を強いと思っているのだろうか。
「俺達の役目を忘れたのか? 俺達は聖女様を守り、支える専属部隊だ。聖女様の強い弱い関係なく、彼女を守るのが俺達の役目だぞ。浄化が上手くいっていない今、どうやってメイ様を支えるか考えるのが俺達の仕事だろう。しっかり役目を果たせ。ただ魔物から守るだけなら他のやつらでも出来る」
彼の言葉に心が温まる。彼は私の事をちゃんと見てくれているのだと思った。彼だけは私の事をちゃんとみて支えようとしてくれているのだと、とても心強く感じたのだ。
「すみませんでした……俺達の役目、しっかり全うしたいと思います」
そう言うと彼らは去っていったのだが、アーノルドはなかなかその場から動かない。どうしようそろそろ出発の時間だと思うのだが、この状況で出ていくのは気まずい。
「メイ様そこにいらっしゃるのは分かっています。そちらへ行っても良いですか?」
「……はい、大丈夫です。私が居ると分かっていたのですね」
「はい、流石にメイ様を一人にする訳には行けませんからいつも居場所は把握しているんです」
「そうですよね……」
ということは彼はいつも私が一人でこうして過ごしていることを知っていたのだろう。分かっていて今までそっとしておいてくれたのだ。
「……」
さっきの会話のことは2人とも会話に出さない。彼は今何を考えて私の隣に座っているのだろう。
そう考えていると2人の間に蝶が舞い降りる。まるで踊っているような蝶の動きがきれいで、自然と笑顔が出てしまう。しばらくすると蝶は私に寄り添ってくれるかのように腕にとまる。
「ふふ、励ましてくれてるの?」
嬉しくてつい蝶に話しかけてしまう。
「……やっと笑顔がみられましたね。蝶に先を越されたのは悔しいですが、ホッとしました」
その言葉に横に座る彼を見ると、彼は真っ直ぐ私を見ていた。思えば彼とこうして並んで座り、浄化以外のことを話すのは初めてかも知れない。いつも私は1人で居たから。
「俺達はあなたの笑顔を守りたい。ただ浄化を助けるのではなく、俺達はあなた専属の部隊なんです。あなたを魔物から守ることはもちろん、あなたの心も守らせて下さい」
そういう彼の瞳には強い決意の光が宿っていて、吸い込まれそうな感覚になる。私はこの時、彼に本当の意味で恋に落ちたんだと思う。彼の見た目だけでなく、その心に私は落とされたのだ。
「私の心も……?」
「はい、まだ俺達のことを信頼しきれない気持ちも分かります。ただ俺達があなたのことを思っていることは知っておいて欲しいんです。俺達は魔物から守るだけの存在じゃない、聖女様自身を守る為の部隊なんです」
「私自身を守る……」
「はい、ですから今後は俺達のことをもっと頼ってくれると嬉しいです。今はまだ無理でも、少しずつ信頼関係を築いていきましょう」
そう言って手を差し出してくれ、私は彼の手を取り握手を交わす。その手から彼の強い思いも伝わってくるようだった。彼が私の心も守ってくれる、そう思うとその日から心が軽くなり、浄化の仕事も少しずつ上手く行くようになっていったのだ。
私の中でも大切な思い出。彼もあの日のことを覚えていてくれたのだろうか。
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