第10話 決断

 


「それで何をそんなに暗い顔をしているの?」


 元の世界に戻ってきてみゆちゃんに顔を合わせた瞬間に色々見抜かれてしまった。


「来週からは4日目の滞在になりそう。次行った時に王様との面会もあるの。そこで今後について色々話し合わなきゃ行けなくて」


「王様と会うって……めいは本当にすごいポジションにいるのね」


 今日のみゆちゃんはお休みらしい。先週休日出勤した分の振休で、今日はとことん私の話に付き合ってくれるとのことだ。


 久々にゆっくり2人で過ごせるので、缶チューハイを開けて昼間からお酒を飲む。贅沢な休日だ。



「うん、まだ会うのは2回目なんだけどね。それであっちの世界へ行く頻度を減らして、向こうの世界と距離を置けばまた元通りになる可能性もあるらしいの。でもそうすれば浄化を終えるのがさらに先延ばしになってしまうからみんなに申し訳ないし……」


「だったらあっちの世界へと行けばいいじゃない」


「でもそうしたらアーノルドの幸せを壊してしまうと思うの。私があっちに残ることになったら騎士として聖女に一生仕えると言ってくれた。そうなったら本当にアーノルドは結婚せず私に尽くしてくれると思うけど、それじゃあアーノルドは幸せになれないわ」


 思い出してしまったらまた落ち込んでしまう。彼の側に居たいという私の思いだけを通してしまって良いのだろうか。そんなことをしたらアーノルドの幸せはなくなってしまう。



「それならアーノルドさんとめいが結婚して、自分が彼を幸せにすれば良いじゃないの」


「でもアーノルドは私のこと好きじゃないもん。彼は優しいから私が結婚してって言ったら結婚してくれると思う。これでも一応聖女様よ。私が口に出したら誰も断れないのよ」


 問題はそこなのだ。聖女様に告白されて断れる人間なんて居ないだろ。これでも向こうの世界では王様と同等の権力を有しているのだ。私がアーノルドにもっと積極的になれない理由もそこにある。無理矢理一緒になれても嬉しくない。彼の心が欲しいのだ。心が手に入らないなら今まで通り見てるだけで私は満足なのだから。



「全くややこしい関係ね」


「その通りです。もう身動き取れません。助けてみゆ様〜〜」


 そう言ってみゆちゃんに抱きつく。ちょっと酔いが回ってきたかも知れない。





「じゃあやっぱりアーノルドを惚れさせて、向こうから告白されるのを待ちなさい。それしかないわ。それでもし上手くいかなかったら、めいが他の誰かと結婚しなさい」


「私が他の人と結婚?」


「そうよ。部隊には他に独身の人もいるんでしょ? めいが独身ならアーノルドさんも独身を貫くだろうけど、めいが結婚すれば、彼も家庭を持ちながらあなたに騎士として仕えてくれるんじゃない? それがアーノルドさんも幸せになれて、めいも聖女として彼の側にいれて1番良いんじゃない?」



 確かに私が独身のうちはアーノルドも独身を貫いていそうだ。彼はそういう人だ。私が結婚してないのに先を越すわけにはいかないとか考えそう。



「でもそれだと結婚相手に申し訳ないでしょ」


 それにアーノルド以外を好きになるなんて私には想像出来ない。24年生きてきて初めて好きになったのが彼なのだ。今までこちらの世界でも誰も好きにならなかった私が。


「部隊のみんなにはバレバレなんでしょ? あなたの気持ちを知ってて聖女様と結婚したいって人はいるかも知れないわよ。あなた向こうではお金もあるし。容姿だって、めいは自信ないって言うけど十分可愛いわよ」


「確かに向こうのお金はかなり貯まってるけど……そんな人いるかなぁ。あっでもこの前ライザーには貰い手がいなかったら嫁にもらってやるって言われた」


 あれはどこまで本気で言ってるのかわからないが、なんだかんだ面倒見の良い彼なら本当に嫁に貰ってくれそうだ。


「だったらライザーさんと結婚すれば良いのよ。結婚して一緒に生活していくうちに好きになるかも知れないわよ」


 みゆちゃんに言われるとそれが良いように思えてくる。酔いも回ってあまり頭が働かない。


「どうせめいはこっちの世界に未練もないでしょ? ならあっちで頑張って幸せになれば良いと思うわよ」


 私は孤児だから元々この世界に対した思い入れはない。良い思い出がほとんどないのだ。だから異世界に行った時も、他の聖女の時よりもすんなりと受け入れられるたのだと思う。この世界に帰れない事に未練などほとんどないがあるとすれば……。




「未練なら……あるよ。みゆちゃんと離れ離れになるのは辛いもん」


 そう言ってみゆちゃんに抱きつく。


 みゆちゃんは私より1個上のお姉さんだ。みゆちゃんと私は同じ孤児院の出身で姉妹のように育った。私にとって唯一の家族と言っていい。


 みゆちゃんはいつも私の一歩先を行ってくれるので、私は彼女を見て色んなことを乗り越えてきた。何かあったらみゆちゃんにすぐ泣きついて、みゆちゃんが怒りながらも面倒を見てくれる。そうしてこの何十年間過ごしてきたのだ。これからその彼女が居ないと思うと不安でしかない。



 でも……私にはみゆちゃんが必要だが、みゆちゃんは私を必要としていない。私がみゆちゃんに依存している関係なのだから。今このタイミングでみゆちゃんと離れなければみゆちゃんの幸せを奪ってしまうだろう。アーノルドと似ているみゆちゃんのことだ。彼女だって私が一緒にいるうちは結婚せず、私のことを面倒見てくれる心積りであることを知っている。だから私はみゆちゃんから離れなければならない。



「バカね。私なんかよりもアーノルドさんの方が好きなくせに」


「そんなことないもん。同じくらい好き」


「ありがとう、私も好きよ。そうだ、今度私がめいについてそっちの世界に行くことは出来ないのかしら? そうしたらアーノルドさんがめいに相応しいか私がチェックするんだから」


 まさかの発想にびっくりする。


「うーーん、どうだろう。人形は一緒に来れたけど……ライザーに聞いてみる」


「えぇ、よろしくお願いね」






 みゆちゃんと話してある程度自分の思いを確認し、考えがまとまった私はみゆちゃんにお礼を伝え、自分の部屋に戻る。酔いが冷めてきても、先程の思いは変わらない。やっぱり私は向こうの世界に居たい気持ちの方が強いのだ。


 そう決断すると、アーノルドへのハンカチの刺繍を再開する。最近は悩んでばかりで作業が進まなかったのだが、色々吹っ切れた今はどんどん手が進む。


 次の派遣の日までには完成出来そうだ。アーノルドのイニシャルAを緑色の糸で刺繍し、その周りを茶色の糸で縁取る。彼の目と髪色なのだが気づいてくれるだろうか。その隣に彼がいつも使っている剣のモチーフを刺繍しているのだ。


 浄化でいつも私を守ってくれる彼が無事でいられますように、彼を守ってくれますようにと願いながら、1針1針丁寧に刺していく。どんなタイミングで渡そうか想像するのも楽しい。驚いてくれるかな? 喜んでくれたら嬉しいな。

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