第7話 幼馴染

 

 デザートまで食べて大満足な私はこの街を後にして宿へ2人で戻る。ちゃんと帰れるかいつ帰れる不安なので、今日は早めに帰って寝る予定なのだ。



「今日は一日付き合ってくれてありがとう。この世界に来て1番楽しい日だった!」


「そんなに楽しんでくれたなら良かった」


「向こうの世界でもここ3年は旅行とかも行けなかったし、今日は旅行気分も味わえたし大満足!」


 そうなのだ。私はここ3年はまとまった休みが取れないので悲しいことに大好きな旅行へも行けていない。異世界の旅も旅行のような楽しさはなく、むしろ修行といった方が適しているくらいだ。


「……そうだね。メイはずっと忙しくてそれどころじゃなかったから……浄化が終わったらいつか旅行へ行けたら良いね。旅行といえばお土産はつきものでしょ? はい、これ今日のお土産」


 そう言ってアーノルドが小さなピンク色のリボンがついた包みを渡してくれる。


「これは……? 開けていいの?」


「うん、見てみて」


 そう言って開けると、中には可愛らしい緑の花のモチーフのネックレスが入っていた。


「今日のメイに似合うのを選んでみたんだけどどうかな?」


「すっごく素敵! 今日の服にもピッタリだし! でも本当にもらっていいの?」


「うん、今日の記念にもらって欲しい」


「ありがとう! ずっと大切にする!」


 その場でネックレスをつけると、アーノルドも似合ってると笑ってくれる。どうしようこの世界での幸運を今日全て使い切ったかも知れない。


 結局アーノルドとの距離は今日1日で埋めることは出来なかったが、心の距離は近づくことが出来た気がする。





 その日の晩ご飯は久々に部隊のみんなと頂いて、別れを告げて部屋に戻る。

 今から寝て、起きたらいつものアパートの一室に居るはず……!



 ◇



「戻って来れたぁ……」

 いつもの自分のベットの上にいて安堵する。



 ドタドタドタ!バタン!

「めい!!! 戻って来れたのね! 本当に心配したんだから!!」


 そう私の部屋に飛び込んできたのはルームメイトのみゆちゃんだ。

 彼女は私の幼馴染で、私が異世界へ週2日派遣されることも知っている。



「もう、突然戻って来ないとか心臓に悪いから! 昨日いつもの時間になっても起きて来ないから心配して部屋を覗いた私の気になってよ! またあの日のことを思い出したじゃない」


 3年前の異世界に召喚されたあの日も彼女とはもう一緒に住んでいた。前日の夜まで一緒に過ごし、翌朝家の鍵やスマホ、財布を残したまま消えた私に気づいて大パニックだったそうだ。警察に言おうか悩んでいるところに私が戻ってきて、彼女は安堵で泣きじゃくっていた。


「ごめんみゆちゃん。私も突然戻れなくてびっくりしたの。今後も3日間は向こうに滞在する体質になっちゃったみたい」


 私はライザーから受けた話を詳しくみゆちゃんに説明する。


「なるほどね。2ヶ月後に3日間で済むのかそれ以上かかるのか分からないと。そしていつかはそのままずっと戻れなくなる可能性もあるということよね」


「う……ん。多分そういう可能性もあると思う」


 ライザーはそこまで断言はしなかったが、恐らくそうなるであろうと私は思っている。


「どうするの。このまま向こうに行くのを繰り返してあっちの世界の人間になるのか、向こうに行くのを辞めてこっちに留まるのか……」


「向こうに行くのを辞めることは出来ない」


「それはアーノルドさんが居るから?」


 彼女には私がアーノルドを好きなことも伝えている。


「違う。確かに浄化を始めたのはアーノルドと一緒にいたいからだったけど、昨日街の人の話を聞いたの。あの人達はとても私に感謝をしてくれていて、私の力が本当にみんなを救っているんだって分かったの。私のことを必要としてくれてる、だったら私は必要としてくれる人達の為に頑張りたいの」


 私は街でのことをみゆちゃんに話し、おじさんからもらった聖女様人形も見せる。恥ずかしいがせっかくなのだからと持って帰って来たのだ。


「これは凄いわね。アイドルみたいじゃない。まぁそういう覚悟があるなら私は何も言わないわ」


「みゆちゃん!! ありがとう!」


「それで仕事はどうするの?」


「うーーん、とりあえず暫くは週3日に調整してもらえるか聞く。元々親の介護で派遣って伝えているから、その介護の影響でって言えば減らしてくれると思う。どうせ私なんかの代わりは沢山いるだろうし。だからまた節約生活頑張らないと……」


 元々異世界に行くために派遣の仕事にしていたのだ。仕事に対する執着はないし、派遣の私が居なくなっても会社に影響などないのだから。それよりも今までカツカツだったのに、週3日なったら手取りが更に減ってしまう。そっちの方が今は心配だ。


「こっちに残る気がないなら貯金もする要らないんだから、貯金を切り崩せばそこそこ生活出来るでしょ」


「でも完全に戻って来れなくなるまでどれくらい掛かるか分からないし……」


「その時は私に頼れば良いわ。私はめいと違ってちゃんとこっちで稼いでるから」


「めいちゃーーん! いつもありがとう!」


「それでアーノルドさんとの仲は進展したの?」


「それが聞いて! 昨日は一日デートしたの!」


「聞きたいけど今日が何曜日か忘れてない? もう月曜なんだからそろそろ準備しないと遅刻するわよ。話は帰ってきたらゆっくり聞くわ」


 そう言われて時計を見ると慌てて準備をする。1日長く向こうにいたから今日は休みじゃないんだった。ここはみゆちゃんの職場からは近いが、私はちょっと時間がかかるのだ。もともとみゆちゃんが住んでいたところに転がりこんだのだから仕方ない。



 そうして私は会社に行くと、上司に勤務変更の申し出をする。少し嫌な顔をされてしまったが、今月はひとまず週4日働き、1か月後から週3日にしてもらえた。





 家に帰るとみゆちゃんが夕食を準備してくれていた。私が異世界から戻ってきた翌日は必ず和食を用意してくれるのだ。こっちに戻ってくるとやはり馴染みの味を食べたくなる。こういう見えないところでも気遣いをしてくれる所がアーノルド様と少し似ている。だからア私はーノルドが好きなのかな? 彼に会うまでは私の1番はみゆちゃんだった。



「それでデートはどうだったの? 話すのも久しぶりだったんでしょ?」


「うん! 2人きりなんて滅多にないもの。始めは緊張したけどすっごく楽しかった! もうイケメン過ぎて見るてるのも辛い!」


「毎回聞くけど、本人に会ってみたいわね。期待し過ぎて幻滅しそうだけど」


「もうまたそんなこと言って! 本物の方がかっこよくて破壊力強いですー!! でもみゆちゃんに会ったらアーノルドが惚れちゃうかも知れない。それは困る」


 みゆちゃんはスタイル抜群の美人さんなのだ。モテモテでこの前もイケメンと駅前を歩いていたのを目撃している。


「でもそのネックレスももらったんでしょう? 向こうもめいに気があるのかも知れないわよ」


「うーーん。だと嬉しいけどそんなことない気がする。なんか私のこと大切にしてくれてるけど、それは聖女様として大事にしてくれているだけだと思うんだよね」


「大事にしてくれてるなら別に聖女様としてでも良いんじゃない?」


「違うのー! 私は北山めいとしてアーノルドに好きになってもらいたいの」


 聖女様として好かれているのは分かるのだが、我が儘な私は1人の女性として好きでいて欲しいのだ。


「私にはよく分からないけど、めいは昔から夢見るところがあったからね。乙女なのね」


「みゆちゃんがそういうところ冷めてるだけでしょー! そういえばハンカチも借りてたんだった! これどう返せば良いかな?」


 ただ洗って返せば良いのだが、せっかくなのだから距離を縮めるチャンスにしたい。


「だったらめいの得意な刺繍をすれば? シンプルなイニシャルとかなら刺繍をしても問題ないんじゃない?」


「勝手に刺繍して怒られないかな?」


「捨てても良いって言ってたんでしょ? それなら大丈夫だと思うわ」


「じゃあ頑張ろうかな! 向こうに行っても3日目は働かなくて良さそうだからアーノルドに渡すチャンスもあるよね」


 実は私は刺繍が得意なのだ。週に1日しかない休みを外に出る気にはならなくて、家で出来る趣味を探していたら刺繍にハマり、結構な腕前になった。

 向こうの世界では刺繍を披露したこともないのでびっくりされるだろう。……ギャップ萌えを狙えるかも知れない。



 そうして私は仕事終わりに家で刺繍をコツコツと刺し、次の異世界へ派遣される日を迎えた。まだ刺繍は完成していないのでハンカチはこのままこっちの世界へ置いて行く。ベットに横になり目を瞑る、次起きた時はまたあの宿屋のベットの中にいるはずだ。

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