第34話 鬼の魔女

「さて、こうも部下達がやられていくというのは、見ていて気分が良くないな」

 

 椅子に座っていたのはグリードだった。


「グリード! それは、お前が仕掛けてきたからだろうが!」


 エドは力強く言った。


「グリード?」


 シホはグリードが分からなくて首を傾げた。


「シホさん。あいつがグリードっていって、敵の親玉なんです」


 ヒカリはシホに説明した。すると、グリードは椅子から立ち上がり、ヒカリから奪ったと思われる魔女玉を取り出した。


「このとおり、そいつが持っていた魔女玉は手に入ったので、当初の目的は達成した。だがな……魔女玉は一つじゃ足りないんだよ」


 グリードはそう言うと、不敵な笑みを浮かべながらシホを見た。


「シホ! 逃げろ!」


 エドは大声で叫んだ。その瞬間、グリードは動き出した。


「渡すもんか!」


 シホはグリードに立ち向かおうとして、瞬時に床板や壁板を大量に集めて、グリードに投げつけた。


「バカ! 逃げるんだよ!」


 エドはシホを見て力強く言う。そして、シホの投げつけた床板や壁板は、迫りくるグリードに近づいた途端、地面に叩きつけられた。


「えっ!」


 シホの驚いたような声が聞こえた次の瞬間、一瞬でシホの姿は消え、後ろの壁まで追いやられていた。グリードは右手でシホの首を持ち、そのまま体を持ち上げた。


「ごほっ!」


 シホは苦しそうにむせた。


「シホ!」

「シホさん!」


 エドとヒカリは同時に叫んだ。


「騒ぐな」


 グリードがそう言った途端、ヒカリとエドは地面に叩きつけられた。


「なんだこれ。魔法か?」


 エドは地面に張り付いた状態で言った。


「俺の特殊系の能力『重力変化』の前では、いかなる相手もひれ伏すだけだ」


 グリードはそう言うとシホを見た。


「くそ! 魔力が足んねえ!」


 エドはもがきながら言った。


「さて、魔女玉をいただくか」


 グリードがシホの首に掛けている魔女玉に手を伸ばした。


「やめてー!」


 シホが叫んだ瞬間、不思議なことが起きた。ヒカリ・エド・シホの三人の体の周りに、バリアのようなものが張られていたのだ。急な出来事にグリードは戸惑っている様子だ。


「何これ? バリアってやつ?」


 ヒカリはバリアのようなものを触りながら言った。


「へへ。間に合ったみたいだな」


 エドは安心した様子で言う。


「なんだ?」


 グリードも何が起きているのかがわからない様子だ。


 すると、何やら足音が聞こえてきた。コツン、コツンというヒールの足音だ。


「ついに現れたか……」


 グリードは何かを察したかのように言った。すると、部屋の入口が開き人影が見えた。


「魔女の中で最強と呼ばれる女。『鬼の魔女・マリー』」


 グリードは覚悟をしたかのようにそう言った。


「えっ! マリーさん?」


 ヒカリは入口にいる人影をよく見た。薄暗くてよく見えないがマリーのようだった。


「あー。うちの社員によくも怖い思いさせてくれたねー……。ひゃははははははははは!」


 マリーが不気味に言い放った。ヒカリはマリーの様子がいつもと違い、恐ろしい鬼のような形相だったので、驚きすぎて声が出なかった。


「マリーは本気でキレた時に、まるで鬼のように恐ろしい魔女になるんだよ。だから、魔法界では『鬼の魔女』と呼ばれているんだ」


 エドはヒカリに説明した。


「鬼の魔女……」


 ヒカリはマリーが最強の魔女とは聞いていたが、まさか『鬼の魔女』と呼ばれるほどの恐ろしい魔女だとは、思いもしなかったので少し戸惑った。


「ぶち殺してあげるわああああ!」


 マリーは狂ったように言い放った。


「面白い。俺もお前を倒し――」


 グリードが何かを言い始めた時、マリーは一瞬でグリードの顔面ギリギリの位置まで急接近していた。


「なっ!――」

「――ひゃはははははははは!」


 グリードが驚いた表情を見せた途端、マリーはグリードの顔面を力強く殴り、グリードは壁に叩きつけられた。さらに、殴られて倒れているグリードの頭を片手で掴み、そのまま床から壁、天井とものすごい速さで、何度も何度も引きずり回した。その光景は、誰がどう見ても地獄のようだった。そして、二十秒ほど引きずり回した後、マリーはグリードを遠くの壁に投げ捨てた。


「ぐはっ! ……ば、け、もの……か……」


 グリードは動けないようだが意識はあった。マリーは倒れているグリードから魔女玉を取り返した。


「さーて、このままでもお前は死ぬだろうが、殺して欲しいか? あーん? ひゃははははははははは! なんてなー! ひゃっはっはっはっは……。……はぁー」


 マリーは話しながらだんだんと鬼の形相が消えていき、普段のマリーの表情に戻っていった。


「……まぁ、死にはしないだろうから、早く仲間に助けてもらうんだな。もう他人から何かを奪うような生き方はやめな。どうせ、むなしいだけだから」


 マリーはそう言うとグリードの前を離れた。ヒカリとシホはマリーに駆け寄った。


「マリーさん! 心配かけてごめんなさい!」


 ヒカリはマリーの目を見て謝った。


「助けてくれて、ありがとうございました!」


 シホも自分の気持ちを伝えた。すると、マリーはヒカリとシホを強く抱きしめた。


「……すごく怖かっただろう。遅くなって悪かったね。二人とも本当によく頑張った」


 マリーは優しい口調でそう言った。ヒカリはマリーの温かい息が後ろ髪にあたって気づいた。こんなにも自分のために熱くなってくれたのだと。それは、一番のご褒美だと感じた。


「ヒカリ! 無事だったか! よかったー!」


 ケンタの声が聞こえると、マリーは抱きしめるのをやめた。


「敵が撤退していったから、何かと思えばみんな無事だったか!」


 ヒカリが入口を見るとリンとベルがいた。ベルはエドに向かって少し怒った様子で歩いていく。


「エド! まったくあなたって人は、なんでそんなに勝手な行動をとるんですか!」


 ベルはいつも通りエドに文句を言っていた。


「無事だったからいいだろ!」


 エドはベルに言い返した。


「どこが無事なんですか! ボロボロじゃないですか!」


 ベルはエドの体を指差しながら指摘した。


「これは……。わざとだよ!」


 エドは腕を組みながらベルから視線をそらして言った。


「全然言い訳にもなっていませんが。……まぁ、ちゃんと生きていてくれてよかったです」


 ベルはなんだかんだ言っても、エドが心配だったみたいだ。


「そういや、親玉はどこにいるんだ?」


 ケンタが問いかけた。


「あそこに。……あれ?」


 ヒカリはグリードを指差そうとしたが、いつの間にかグリードの姿が消えていたことに驚いた。


「あいつは、もう出ていったよ」


 マリーは落ち着いた口調で言った。


「えっ! いつの間に……」


 ヒカリは全く気付かなかったので驚いた。


「さぁ。みんな帰るよ」


 マリーがそう言うと、ROSEの全員はその場を立ち去った。ヒカリは、この世界には魔女玉を狙っている人達がいるということを、身をもって理解した。

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