第14話 ハナ婆の昔話 ―後編―

 マリーが働き始めてから数か月経ったある日。マリーはばら園で手入れ作業をしていた。そこへケンジが現れる。


「マリー、どうだい? だいぶ仕事を覚えてきたようだね」


 ケンジはマリーに話しかける。


「うん! ケンジのおかげよ、ありがとう! 今まで何をするのも魔法を使ってばかりだったから、物を手で運んだり、土や砂を触ったりとか全然してこなくて、毎日いろんなことが初体験で面白いわ!」


 マリーは感謝の気持ちをケンジに伝えた。


「そうかい。それは充実していて、素晴らしい日々を過ごしているね」


 ケンジは優しい表情でそう言った。


「うん! 毎日楽しい! いろんなことを教えてくれるケンジがいて、私は幸せよ!」


 マリーは笑顔でそう言った。


「僕も君の笑顔を傍で見られて、とっても幸せだよ」


 ケンジはマリーの頭をなでながらそう言った。


 それから、マリーもだんだんと仕事を覚えていき、リーダーの立場を任されるようになった。ばら園の管理業務の難しさに、何度も失敗し何度もくじけながらも、その度にケンジと協力して苦難を乗り越えていった。マリーにとって、ばら園での生活がいつの間にか当たり前のものになっていた。






 マリーが働き始めて三年ほど経ったある日。マリーはいつも通り薔薇の手入れをしていた。すると、従業員の一人が大きな声でマリーを呼ぶ。


「マリーさん! 早く来てください!」


 マリーは急いでその従業員に駆け寄った。


「ど、どうしたの?」


 マリーは慌てながら言った。


「ケンジさんが外出先で急に倒れて、救急車で運ばれたそうです!」


 従業員が慌ててそう言うと、マリーは一瞬でマントを身につけ、ほうきに乗って猛スピードでケンジが運ばれた病院に向かった。




 病院に到着したマリーは、ケンジのいる病室を見つけてすぐに中へ入った。


 しかし、ケンジはすでに亡くなっている状態だった。


「う、嘘よね……。な、なんで……。なんで、こんなことにー!」


 マリーは泣きながらケンジに抱きついた。


「この方は、生まれつき体が弱く病気がちでして、主治医の私からも無理に働かない方が良いと言っていましたが、彼はそれでも働くことをやめませんでした。……きっと、彼にとっては働くことが人生そのものだったんでしょう」


 病院の医師がマリーにそう語った。


「……っぐ。……うわぁああああーん!」


 マリーはケンジを抱きしめながら大声で泣き続けた。






 それから数日経ったある日、ケンジの机の引き出しから遺書が見つかった。


 『最愛なるマリーへ。マリー、元気かい? 薔薇達も元気にしてるかい? 実は、僕は体が弱くてね。いつどうなるかもわからないから、こうやって手紙に残そうと思う。


 君と初めて会った日、君を見て薔薇の中から妖精が現れたのかと思って、すごく驚いたよ。


 あれから、たくさん遊んだし、いろんなところにも行ったね。真冬に君のほうきの後ろに乗って、空を飛んだ時のことをよく思い出すよ。まさか、あんな高さから滑り落ちてしまって、よく生きていたなーっていつも思う。いやー、なかなか死なないもんだなと思ったよ。でもこの手紙に書くような内容ではないね。あはは。


 ばら園で一生懸命働く君はとても美しく、皆からも愛されて、たまにドジもするけど、僕にとっては本当に自慢の妻だよ。恥ずかしい話だけど、そんな大切な妻に残せる財産をそんなに持っていないのが、本当に申し訳ない。


 だけど、それでもあるとしたら、このばら園を君の好きなようにしていい。売ってお金にしてもいいし、本当に自由にしていい。相談所も君の好きにしていい、魔法で困ってる人を助ける仕事もいいなって君は言っていたから、それを実現してみてもいいと思う。何より君らしく生きていってほしい。


 最後に、僕の人生の中でマリーと過ごした日々が一番幸せでした。ありがとう。ケンジより』


 マリーは遺書を読みながら再び涙が溢れ出した。




 それから、マリーは決心する。


「私、この会社を継ぐわ! ケンジが一生懸命作ってきた会社を私が一生かけて守るわ! だって、この会社が、私のやりたいことそのものだから!」


 このばら園に来るまでは、自分のやりたいことがわからなかった。でも、今では心の底からやりたいと思えるものがある。人生つまらないと嘆いていた自分を救ってくれたのは、他の誰でもなくケンジだったんだと気づいた。だから、とにかくやりたいことをやる、ケンジの分までやる。それが今の自分なのだと――






 ヒカリはハナを見つめていた。ハナはずっと同じ遠くの薔薇を見ているようだ。


「そして、ROSE株式会社、二代目社長・マリーが誕生したという話さ」


 ハナはそう言った。


「そんなことがあったんですか……」


 ヒカリはしんみりと言う。


「それで、お嬢ちゃんの付けている髪留めは、ケンジさんがマリーちゃんにあげたものだったんだよ」


 ハナはヒカリを見て、髪留めを指差しながら言った。


「えっ! そんな大切なものだったんですか!」


 ヒカリはものすごく驚いた。


「マリーちゃんは、ずっと大事そうに身につけていたから、急に付けなくなったのを見て、すごく驚いたがよ」


 ハナは髪留めを見ながらそう言った。


「そうなんだ。そんな大切なものを私が持ってていいのかな……」


 ヒカリはそうつぶやく。


「きっと、マリーちゃんがお嬢ちゃんをそれだけ大事に思っているからなのかと、婆ちゃんは思うよ」


 ハナは少し笑みを浮かべながら言ったが、ヒカリはまだ納得できていなかった。


「さてと、あんまり休んでいたらカスミちゃんに怒られちゃうから、続きをとっととやっていこうかね」


 ハナは立ち上がり歩き出す。


「は、はい!」


 ヒカリは慌てて帽子をかぶり、髪留めを付けながらハナに駆け寄った。その後、引き続きばら園の手伝いをしたのだった。

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