第11話 初給料

 ヒカリがROSEに入社してから一ヶ月ほど経ったある日。ヒカリが会社に出社すると、シホはすでに受付の席に座っていた。


「おはようごさいます!」

「おはよう!」


 ヒカリはシホと朝の挨拶を交わして、更衣室で着替えを済ませた後、受付の席に座った。


「どう? この生活には慣れてきた?」


 シホは優しい表情を浮かべながら聞いてきた。


「そうですね。ある程度は慣れてきたと思います。……でも、毎日お客さんと会話する時に、すごく気を遣うのが慣れない感じです。学校じゃ気を遣わなかったので」


 ヒカリは後頭部に手を当て、少し苦笑いしながらそう言った。


「まぁ、それは社会人の大変なところの一つでもあるからね」


 シホも少しだけ苦笑いしているようだ。それからヒカリは仕事の準備を始めた。すると、事務所の方で誰かが話している声が聞こえてきた。ヒカリは何を話しているのかが少し気になって、こっそり耳を澄ませる。


「なぁ、今日焼肉食いに行かねえか? 近くに美味い店ができたらしいぞ!」


 この声はケンタだ。朝から焼肉の話をするなんて、よっぽど焼肉が好きなのだろう。


「行きたいところだが金がないから無理だ……」


 今度はライアンの声。ライアンは焼肉を食べに行きたくてもお金がなくて行けない状態らしい。


「何言ってんだよ! 今日給料日じゃねえか!」

「あ。給料日か! それならたまには行くか!」


 ケンタとライアンは焼肉を食べに行くことが決まったようだ。ただ、ヒカリが気になったのは、ケンタとライアンの予定よりも、今日が給料日だということ。


「シホさん、もしかして、今日って給料日なんですか?」


 ヒカリはシホに問いかける。


「あ、そっか、給料日か。すっかり忘れてたよー!」


 シホはうっかりしていたような口調でそう言った。


「私ももらえるんですか?」


 ヒカリはシホに近づき期待しながら質問した。


「うん。もちろん!」


 シホはニッコリと笑みを浮かべてうなずいた。


「やったー! 人生で初の給料だー! 楽しみー!」


 ヒカリは給料がもらえることがわかり、すごく嬉しくなった。


「ふふ。嬉しいよね」


 シホはヒカリの喜んでいる様子を見て嬉しそうに笑っていた。


「シホさんは、何か使う予定あるんですか?」


 ヒカリはもっとシホに近づいて問いかける。


「え、私?……私は、貯金かな」


 シホは急な質問だったからか、少し戸惑った様子で答えた。


「そうですねー。貯金もたしかに大事ですもんね! 私は何に使おうかなー!」


 ヒカリは人生初の給料に心を弾ませていた。





 

 仕事を終えたヒカリはシホと一緒に原付バイクで寮に向かっていた。赤信号で止まると、ヒカリは給料がいくら入ったのかを確認したくなって、慌ててシホに声をかける。


「シホさん! ちょっと、コンビニ寄っていいですか?」


 ヒカリはシホに聞こえるように大きな声で言った。


「うん、いいよ!」


 シホも後ろを振り返り大きな声で返事をした。その後、信号が青に変わり、最寄りのコンビニに向かって走り出す。




 しばらくすると、コンビニに到着した。


「ちょっと待っててください! すぐ戻ってきます!」


 ヒカリはシホを長い時間待たせてはいけないと思い、ひと声かけた後、すぐにコンビニに入った。それから急いでATMに駆け寄り、給料がいくら入ったのかを確認する。給料に対する期待の気持ちが高まり興奮する。


 だが、給料の金額を見た途端、言葉が出なくなった。それは、ヒカリが思っていたよりも給料が少なかったからだ。これだけしかもらえないのかとガッカリする。そのままATMを離れ、コンビニを出てシホのもとへ向かう。


「どうしたの? 急に元気なくなって!」


 シホは心配してくれている様子だった。しかし、まだヒカリは給料が少なかった事実を受け入れられなかったので、言葉が出なかった。


「ちょっと! ちょっと! どうしたのよー!」


 シホはすごく心配したのか、ヒカリの肩を軽く揺らしながら焦った様子で話しかける。


「きゅっ……」


 ヒカリはシホに話そうと頑張った。


「キュッ?」


 シホは首をかしげながら聞き返す。


「……給料が三万円しか貰えなかったんですけどー!」


 ヒカリは給料が少なくて悲しくなった気持ちをシホにぶつけた。


「はぁー。なんだそんなこと」


 シホはほっとしたのか安心した様子だった。


「そんなことって言わないでくださいよー。私にとっては大事なことなんですよー」


 ヒカリはうじうじしながら言う。


「朝と夜の食事代と寮費その他諸々引かれたら、使えるものはそんなものよー」


 シホは落ち着いた様子で伝える。それでもヒカリはうじうじしたままだった。


「あのねー! 私だって、ヒカリちゃんとあんまり変わらないんだからね!」


 シホはうじうじしたヒカリにしびれを切らしたのか、腰に手を当て力強く言った。


「……そうなんですか?」


 ヒカリは弱々しい声で言う。


「そうよ! そんなもんよ!」


 シホは力強く言った。ヒカリはシホの話を聞き少し心が落ち着いたが、まだ元気にはなれず黙ってしまった。


「ヒカリちゃん」


 シホがヒカリの目を見て話しかける。


「……はい」


 シホがすごく真剣な表情だったので、ヒカリは黙るのをやめてひと言返事をした。


「あなたが欲しいものはお金なの?」


 シホはヒカリに問いかける。


「それは……」


 ヒカリは考えたこともない質問だったので、即答できなかった。


「ヒカリちゃんも、私も、ROSEの皆も、それぞれがやりたいことをやるために、この会社に入ったんだから。……やりたいことをやれるなら会社なら、お金は自分のご褒美に十分なだけあれば、それでいいんじゃない?」


 シホは優しい顔でそう言った。ヒカリはそのシホの言葉を聞いて大事なことに気がつく。


「……そうですね。私どうかしてました。……魔女になるための環境が私にはある! それだけで十分贅沢ですよね!」


 ヒカリは首に付けている魔女玉を握りながら力強く言った。


「そうそう!」


 シホは笑顔でうなずいた。


「それに、お金が無くても楽しむ方法なんて、いくらでもあるじゃない!」


 シホはそう言ってスマートフォンの画面を見せてきた。そこには、『今日の夜、寮の食堂で卓球大会をやろう! ヒカリも誘ってぜひ参加してくれ!』というリンからのメッセージが表示されていた。


「ね!」


 シホはヒカリの顔を見ながら笑顔で言った。


「ふふふ。大事なのはお金だけじゃありませんね!」


 ヒカリも笑顔でそう言う。


「そういうこと! さぁ、帰るよー!」

「はーい!」


 ヒカリはシホと一緒に原付バイクで寮に向けて走り出した。

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