第4話 魔女見習いは契約社員

 ヒカリはマリーに連れられて会議室に入り、机越しに向かい合った椅子に座った。机の上にはお茶が用意されていた。


「それじゃ、あなたも今日からこの『ROSE株式会社』で働いてもらいます。具体的には、相談所として困っている人から依頼を受けて、解決に導くのが仕事になるわ。ちなみに、私はここの社長で、そっちのばら園の方も経営しているから」


 マリーの話を聞いて驚いた。魔女になるために来たつもりなのに、この会社の社員になる話をしているのだから。


「えっ? ちょっと待って! 働くって何ですか? 私を魔女にしてくれるんじゃないんですか?」


 ヒカリは慌ててマリーに詰め寄った。


「は? あなた何言ってんの? ちゃんと雇用関係の書類も送ったでしょ? 見てないの?」


 マリーもヒカリの発言に驚いている様子だった。ヒカリはマリーから言われた瞬間に思い出したことがあった。それは、たしかにマリーから書類が届いていたことと、難しい内容の書類だったので、読むのを後回しにしていたことだった。ヒカリは急に冷や汗が出てきた。


「えっと……それは……。たくさん書類があってよくわからなくて……」


 ヒカリは視線をそらしながら話した。


「見ていないのね。はぁ、先が思いやられるわ」


 ヒカリの話を聞いたマリーは、少しあきれた様子だった。


「ごめんなさい。でも、魔女になるのに、なんでここで働く必要があるんですか?」


 ヒカリはマリーに問いかけた。


「魔女になるのに働く必要があるからよ。それに、無償であなたの世話をするほど世の中甘くないし。生きていくには働かなきゃいけないでしょ?」


 マリーはそう言いながらお茶を一口飲んだ。


「そりゃ、お金も必要ですけど……」


 ヒカリもそう言った後、お茶を一口飲んだ。


「そういうことだから、今日からここの『契約社員』として働いてもらいます」

「わかりました」


 ヒカリは話の流れですぐに返事をしてしまったが、正社員じゃなく契約社員だということを、さらっと言われたことに気づいた。


「……って、契約社員なんですか? 正社員じゃなくて!」


 ヒカリは驚きながらマリーに言い放った。


「そうよ。あなたは期限付きの契約社員。その理由も順を追って説明するわ」


 マリーはヒカリの驚きに動じず、冷静な口調で言い返した。


「まず、あなたが魔女になる方法としては、年に一回行われる『魔女試験』に合格するしかない。魔女試験では、試験中の全てが評価対象となり、様々な試験を通して試験官の魔女が受験者を評価し、魔女としてふさわしいかどうかを見極め、認められれば魔女になることができる」

「へぇー、そんな試験があるんですね。それに、チャンスは年に一回ってことですか」


 ヒカリは今まで知らなかった魔女試験の話を聞き、少し胸を躍らせながらも真剣な表情でそう言った。


「チャンスは毎年あるが、私のもとで魔女を目指すなら、二回の試験までしか受けさせないと決めている」


 マリーは目つきを鋭くして言った。


「えっ? どうしてですか?」


 ヒカリは驚いてマリーに問いかける。


「昔、何度も挑戦させたことがあったが、少し残念な結果になってしまってね。……人は何度でも挑戦できると思うと、だんだんやる気がなくなってきてしまうものなんだよ」


 マリーはヒカリから視線をそらし、どこか一点を見つめながら話した。ヒカリはそんなマリーの少し悲しそうな表情を見て、言葉が出てこなくなった。


「……だから、二回の魔女試験まで面倒をみる」


 マリーはヒカリに視線を移し、真剣な表情でそう言った。


「魔女になるには、二回の魔女試験までってことですか。もし、試験がダメなら……」


 ヒカリは少し不安になってきて、机に置かれたお茶を見ながらつぶやく。


「魔女にはなれない」


 マリーがヒカリの発言に被せるようにして言う。やはり、ヒカリにとっては残酷なルールだったので、ヒカリは言葉を失ってしまった。


「だから、期限付きの契約社員なんだ。魔女になれなかったら契約満了で出ていってもらうよ。ここは魔法使いだけが働く会社だからね」


 マリーは軽く視線をそらしながら言った。


「……わかりました」


 ヒカリは魔女試験に落ちてしまわないかという不安もあるが、それでも魔女になれるチャンスを得られたことで納得してうなずいた。


「あ、そうそう。魔女試験なんだから、魔法の使い方や能力も評価されるわけで、魔法を使えるようにならないといけないよ」


 マリーはふと思い出したかのように言った。


「でも、魔女試験を合格しないと魔法は使えないんじゃ?」


 ヒカリは疑問に思い確認した。


「もちろん、そのままじゃ魔法は使えない。」


 マリーはそう言うと、五百円玉と同じくらいの大きさの黒い球を取り出した。


「だから、魔女見習いの間は、この魔女玉をあんたに預ける。魔女玉があれば、魔女と同じように魔法が使えるようになる。もちろん、簡単に使いこなせるものではないけどね」


 ヒカリはマリーから魔女玉を受け取った。


「これが魔女玉……」


 魔女玉は黒い球が銀色の枠に包まれていて、ネックレスのようなチェーンが取り付けられている。黒い球の部分を覗き込むと、不思議な光がゆらゆら揺れているようで美しかった。


「…………はっ!」


 ヒカリは掌に乗せた魔女玉に、何となく力を送り込んでみたが、何も起こらなかった。


「はは! そんなんじゃ魔法は使えないよ!」


 マリーに笑われてしまった。


「これからは、ずっとその魔女玉を身に付けておきなさい。……ちなみに、世の中には、魔女玉を狙っている悪い連中もいるから気を付けるんだよ。まぁ私らが守るから心配しなくてもいいけどね」


 マリーは話し終えると席を立ち、会議室入口の扉の前に立った。


「最後にあなたの魔法指導員兼世話役を紹介する」


 マリーはそう言って指を鳴らした。

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