23 もうすぐクリスマス!

 金曜のピークを経験した俺は土日に連続でバイトを入れられるも、小夏先輩や姫野さん、店長や他のバイトの人と協力して何とか乗り切った。

 姫野さんには褒めてもらって嬉しかったが、俺の社畜計画は順調だと店長が喜んでいたから複雑だ。まあ俺も従業員として認められた証ではあるからいいだろう。


 その次の日の12月20日。

 今日は学生だけの日で、小夏先輩、姫野さん、鳴海さん、由香ちゃん、小田切さんという精鋭揃いだったため、俺は皿を一枚一枚時間をかけて丁寧に洗いながら暇を潰していた。


「よっ! 調子はどうだ、暖」


 同じく暇を持て余したのか小田切さんが絡んで──ごほん、相手をしに来てくれた。俺のことを下の名前で呼ぶぐらい親しい間柄だ。


「丁度退屈してました。小田切さんもそうみたいですね」


 客の入りは20時30分現在で店内には二組しかいない。週初めや年末というのも関係あるのだろうか。バイトとしては暇な方がありがたい。


「オレもだ。暇すぎてみんなお喋り始めたから逃げてきたとこ」

「あー、女性苦手ですもんね」


 女性四名は厨房を陣取って、練習で作ったクリスマスケーキを試食しているとのことだ。時折笑い声も聞こえてくるためガールズトークに花を咲かせているのだろう。

 業務中にお喋りしてもフロアの方には聞こえないし、何か問題があれば呼び出し音が鳴るため問題ない。ファミレスではよくあるサボり光景だ。

 小冬が人と喋れるようになってるみたいで保護者のような気分になる。


「時に暖よ。クリスマスって知ってるか?」

「聞いたことぐらいは」


 急に何言ってんだこの人って思ったけどノリを合わせておこう。

 できる後輩ってのは先輩を立てるものだからな。


「そうか。お前も今のところオレの同士か。なるほど、なるほど。誰か誘おうとは思わないのか?」

「その予定はないですね。当日の25日はバイト入ってますし。まあ明日からクリスマスイブまでは四連休なんですけどね」

「イブは空いてるのか。オレなんてどうせ暇だろうからって両方バイト入れられたぞ。クリスマスの日に来るカップル客を見てると死にたくなって毒でも持ってやろうかって気になるから気を付けろ」


 始まったな。この人の話は暇潰しに丁度いい。


「てことはやっぱり小田切さんもフリーですか。せっかくイケメンなのに勿体ないですね」

「ああそうだ。当日は彼氏の股間に料理ぶちまけてやろうと思ってる」

「一旦落ち着きましょうか」

「悪い今のは冗談だ。ふと思ったんだが、可愛い女の子たちと働くのは一緒にクリスマスを過ごしたと言えないだろうか」


 真剣な顔して何言ってんだ。

 女性のみなさんに聞かれたら何言われるかわかんないぞ。


「この店の女の子は可愛い子ばかりだ。お前もそう思うだろ?」

「それは完全に同意します」

「即答か。ふっ、わかってるじゃないか」


 まあ今のは大丈夫だろ。可愛いと言われて嫌な気になる女の子はいない。


「どの子が一番好みだ? なぁに、誰にも言わんから安心しろ。オレも死にたくないからな」

「…………」

「決められんか。その気持ちもよ~くわかる」


 俺が黙ったのは別の理由だがそういうことにしておこう。

 俺は完全に口を閉じることにした。なぜなら殺されたくないからだ。

 俺のところからは厨房がよく見えて、小田切さんからは完全に死角になっている。


「姫野さんは大人って感じがして天然お嬢様な感じが堪らんよな。いろいろ教えてあげたいし何がとは言わんが挟まれたい。ギュってされてよしよしされたいぜ!」


 想像以上にキモいことを言い始めた。完全に言動がヘンタイで言い逃れできん。

 俺は小さく手でばってんを作ってブレーキを踏めとメッセージを込める。


「なんだお前、交わりたいのか? 見かけによらず大胆な奴だな!」


 俺は全力で首を振る。

 マジ何言ってんだこの人。ぶん殴って気絶させてやろうか。


「鳴海ちゃんもいいよな」


 まだ続くのか。まさか全員分言うつもりか!?


「普段元気な女の子が恥じらう姿は最高だ。ぜひ俺の前だけでデレて欲しい。あのポニーテールが俺の前で揺れるたびに引っ張りたい衝動に駆られるんだ。もしオレが行動に移せたらジト目でバカって言われたいなぁ!」


 小田切さんの背後に忍び寄る四つの黒い影。

 正直全部同意だがこの人がどうなってももう知らん。

 俺は手を組んで祈りを捧げた。


「今度はなんだ? 手を縛るプレイでもしたいのか? マニアックな奴だな」


 どうやったらそんな解釈できるんだよ。もう黙れよ。


「由香ちゃんも捨てがたい」


 それ以上はいかんて。高校生に手出したらいかん。


「由香ちゃんにはとりあえず罵ってほしいな。せんぱい死んでください! とか笑顔で言われたい。罵倒しながらも俺の面倒見て欲しいな。年下の子にお世話されるのは最高だ!」


 この人女性が苦手で可哀想って思ってたけど自業自得だな。

 さよなら。


「ユキちゃんは……」


 俺はその名前を聞いて小田切さんを睨んだ。

 それ以上何か言ったら殺すと殺意を込めて。


「あの子は健気で頑張り屋さんだ。あんなにいい子はなかなかいない。大切にしろ」


 小田切さんはいいこと言っただろ? って感じの顔で俺の目を見ると大きく頷いた。俺の握り拳がイケメンの顔を台無しにする未来は来なそうだ。

 俺の握り拳では……。


「さあて、そろそろ客の皿でも下げてくるかな。ありがとな暖、付き合って貰って。おかげでいい暇潰しに……なっ……た……ぜ」


 俺にキラーンと笑顔を見せて振り返った小田切さんがその直後に固まった。石になったみたいに動かない。



「「「「…………」」」」



 女性の皆様が無言で突っ立っている。

 中にはハサミや包丁を手にしている人もいた。


「…………」


 小田切さんがガタガタと震え出した。俺の方に振り返って真っ青な顔をしていたから俺は黙って首を横に振る。すると小田切さんは女性四人の前で勢いよく額を地面に擦りつけた。


「申し訳ございませんでした!」


 それはもう見事な土下座だった。

 小田切さんが恐る恐る顔を上げる。

 死ねなどの罵倒ごほうびもなければ、踏んでもらうなどの暴力ごほうびも一切なかったからだ。



「「「「チッ」」」」



 その代わり、ただ一度だけ大きな舌打ち。

 言葉ですらないその音に全ての怒りが集約され、小田切さんを襲う。

 俺だったら泣き叫んだあと全裸で川に飛び込むかもしれない。

 効果は抜群のようで、小田切さんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 俺はこの人の勇姿を一生忘れない。


「瀬川君、ケーキ余ってるから一緒に食べよ?」

「わたくしが持ってきた美味しい紅茶もありますよ」

「せんぱいもガールズトークしましょう!」


 俺のことを笑顔で迎えてくれる女性の皆さん。小夏先輩と目が合うと逸らされたが怒っている様子はない。どうやら俺は助かったようだ。


「な、ななな、鳴海ちゃん。オオ、オレの分は……?」


 這いつくばった小田切さんがゾンビみたいに手を上げる。


「瀬川君、待ってるからね。早くしないと無くなっちゃうよ」


 一瞥もくれずに無視して厨房に戻っていった。

 俺もその後についていく。


「暖。オレを見捨てるのか」


 見捨てるも何も自爆しただけなんだよな。


「今度焼き肉奢ってあげます。二人で行きましょう」

「ううっ、わかった。オレは仕事してくる」


 こうして小田切さんにホールを任せて他の五人は談笑することになった。

 余談だが小田切さんは次の日、高熱を出して寝込んだらしい。

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