22 まだ雪は降らない

「うぅ~さむっ。じゃあ帰りましょうか」

「うん」


 最近は一段と寒い日が続く。そろそろ雪でも降りそうだ。

 小夏先輩はもこもこした服にマフラーや手袋を付けていて防寒対策は完璧。本人には言わないが厚着してるせいで雪だるまみたいになってて可愛らしい。


 ちなみにマスクも装備し、髪の毛はツインテールに結われている。暗がりも手伝って表情を確認しずらく、ぱっと見では小冬だとわからない。小冬の乗っている水色の自転車も闇に溶け込んでいて判別するのは難しい。光を当てれば簡単にわかるが、俺はそうしなかった。


 俺が小冬だと指摘すれば全て終わってしまうような気がしたのだ。


「家どっちですか?」


 俺は小冬の家を知らない。学校以外で会うことも無かった。


「こっち。結構近い」


 俺の家とは反対方向だが俺もチャリだし問題ないだろう。

 サドルにまたがり、ペダルに足をかける。すると、


「え、歩かないの?」


 それが当然のような顔で小夏先輩が首を傾げた。

 その様子に俺も首を傾げる。


「せっかくだから歩いて帰るわよ」


 何がせっかくだからなのかわからないが小夏先輩はチャリを押し始めた。

 口調は小夏先輩らしく少し上からだ。意識しているのは俺だけらしい。


「何ボーっとしてんのよ。私とは一緒にいたくないっての?」

「え、いやそうじゃないです。歩きましょう」


 俺も手で押して車道側を歩いた。高校生のカップルを見かけるたびになんでチャリ乗らずに歩いてるんだって思ってたけど今ならわかる気がする。わざわざ時間のかかる方を選ぶことで一緒の時間を共有してる感が半端ない。


「ねえ瀬川」

「はい、なんですか?」


 住宅街に入ると閑散としていて、より小夏先輩と二人きりの気分になった。一定のリズムを刻むチェーンの音がこの時間のカウントダウンをしているようだ。


「この前した友達の話なんだけどさ……」


 それは小冬と俺の話だ。


「友達が直接先輩に好きって言えないんだって。アプローチはしてるみたいだけど先輩は気づいてくれないのか女の子として見てくれてないみたいなの。どうすればいいと思う?」


 俺に聞くのか……。好きって言われたし気づいてるんだけどな。


「難しいですけど……その先輩は多分わかってると思いますよ。わかった上で関係を進めたくないから知らないふりをしてるだけじゃないですかね。……多分」

「押しが足りないって事? その気にさせればいいの?」

「いや、逆です。もう諦めて欲しいんじゃないですか」

「そんなのいや」

「……」


 聞いてないふりをして、見てないふりをするのは心が痛い。

 今すぐ隣を歩く女の子を抱きしめれば全て解決するのだろうか。

 そうすればきっと一生の幸せを手にすることができる。


 しかし、ふとした瞬間に心の奥で罪悪感が邪魔をする。お前の手にしている幸せは作り物だと、もう一人の俺がそう言って一生苦しめるのだ。

 なら、苦しむのはこの一瞬だけでいい。俺も自分と後輩に嘘をつく。


「そうだ、瀬川の話も聞かせてよ」


 しばらく沈黙を挟んでからもう一度小夏先輩は口を開いた。


「俺の話、ですか?」


 さっきからずっと俺の話だったのだ。


「そう、よく私を勘違いしてた小冬って子の話聞かせてよ」


 ついに小夏先輩の口から小冬の名前を出された。

 焦っているのか、やけになっているようで見てて辛い。


「何か聞きたいことでもあるんですか?」

「その子のこと好き?」


 顔面にデッドボールを食らったような衝撃。まさかそんなストレートに聞いてくるとは思わなかった。この質問は『私のこと好き?』と同義だ。

 タイヤ五回転分ほど間を開けてから答えることにした。


「好──」

「やっぱいいや。なんかずるい気がする」


 俺の言葉に被せるように遮った。

 暗くて見にくいが寂しげな表情をしているのが声でわかる。


「私も友達の話しかしてないのに言わせるのは卑怯だよね。ごめん、忘れて」


 返す言葉が見つからなかった。

 俺は最後まで言わなくて安心していたのだ。


「でもこれだけは聞かせて」


 そんな俺とは裏腹に小夏先輩は話を続ける。


「その子は瀬川暖にとって迷惑?」


 俺にとって……。そんなの決まってる。


「迷惑なわけないですよ」

「そっか。答えてくれてありがと」


 その後はお互い口を開かず並んで歩いた。

 小夏先輩は俺の歩幅よりずっと小さい。




「着いた。送ってくれてありがと」

「いえ、いいですよ。ここですか?」


 表札には『白雪』と書いてある。だからここで間違いないのだろう。

 豪邸と言うわけではないが住宅街では一際目立つ大きさの家。

 土地が広くて金持ちが住んでいそうだと一発でわかる。

 しかし驚いたのはそこではない。明かり一つ点いていないのだ。


「そうよ。姫野さんの家に比べたら大したことないけどね」


 俺が聞きたいのはそんなことではない。


「一人で寂しくないですか?」


 気づけば口に出していた。

 小冬は昨日、一人で寂しいから電話したいと言っていた。


「いつもそうだから慣れっこよ。心配してくれてありがと」

「そう……ですか」

「別に子どもじゃないから怖くないわよ。バカにしてるの?」


 小夏先輩は自転車を止めて家の門を開けた。

 俺に背を向けてゆっくり歩きだす。


「怖かったら電話してくださいね」

「ふふっ、ばーか」


 弾んだ声音で片手を挙げる小夏先輩。

 その手はやっぱりシャーペンみたいに折れそうだ。


「あ、瀬川もう一個いい?」


 くるっと反転して俺を見た。

 段差のおかげで俺を見下ろす格好になっている。


「私のことは好き?」


 恥じらいもなく堂々と聞くその姿は俺に本音を話させてくれた。


「小夏先輩は年下の先輩としか思ってないですよ」

「よかった、私もよ。白雪小夏として、あんたのことは後輩だとしか思ってない」


 そう言って笑い合うと、小夏先輩は家の鍵を開けた。

 小冬相手にもこれぐらいハッキリ言い合えればいいのにそれができないことをお互いに知っている。


「おやすみ」

「おやすみさない」


 バタンと扉が閉じて真っ暗だった家に明かりが点いた。

 それを確認して俺も帰宅する。


 家に帰って布団に入っても俺のスマホが鳴ることはなかった。

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