第9話「パパとお祖父ちゃんは私が護る… ③家族三人命がけの共闘、そして結末は…?」

『ママ、パパがGOサインを送ってきたわ… 手筈てはず通り始めるわね!』


『分かったわ。頑張るのよ、ニケ!』


 母娘の短いやり取りの後、ニケは左翼の後ろに位置を取った。ニケの焼き切ったエンジンの付いていた基部が見えている。ニケはその基部に両手をかけて、ジェット機にぶら下がるような態勢で取りついた。そのまま、ジェット機の左翼を押す態勢でニケ自身が飛行する推進力を調節し、右のエンジンの飛ぶ推力とパワーを合わせるようにした。


 これが竜太郎がアテナを通じてニケに命じた作戦だった。つまり、失った左翼エンジンの代わりをニケにさせるのである。ニケがジェット機の左翼の推進力となった。これで、バランスの崩れによって生じた機の傾きを修正し、着陸予定だった成田空港に向かわせようというのだ。竜太郎の自分の娘を使った無茶苦茶な作戦だった。だが、この方法しか乗員乗客全てが助かる道は無かった。


 操縦席では副操縦士の齊藤さいとうが計器を見つめながら、興奮した口調で竜太郎にツバを飛ばしながら一気にまくし立てた。


「機長! 一体どうなってるんでしょう! 左翼の推力が戻りました! それどころか、機長が操縦桿そうじゅうかんを動かしてもいないのに、まるで勝手に成田の方向に向かうべく機の態勢を修正しているような…」


 まさしく、齊藤さいとうの言うとおりだった。竜太郎がアテナに送った思念を、アテナがニケに対して伝えているのだ。まるで竜太郎が操縦しているようにジェット機はニケによって向きを転じた。なんという素晴らしい家族による連係プレイだろうか。三人の息がぴったりと合っていた。


「機長が何かされたんですか⁉」


齊藤さいとう君、すまんが今は説明出来ない… さっきも言ったように私を信じていてくれ。頼む…」


「そうでした… 私は機長に命を預けたんでした。もう何も聞きません… でも… いつか、きっと聞かせてくれますよね?」


「ああ、もちろんだとも。その時のために君も私も必ず生き延びるんだ!」


了解ラジャーっ!」


 竜太郎は齊藤さいとうと固い握手を交わした。この時の二人には、男同士の強い信頼と連帯感が生まれていた。命がけの非常事態を共に乗り切ろうとする男達のみが共有する強いきずなだった。


『いい部下を持ったわね… あなた…』


遠い地でこの感動的な男達の姿を念で見ていたアテナの目に涙が光った。


 一方、ニケはジェット機の左翼を失ったエンジンの代わりに押しながら飛び続けていた。


「ああ… お腹空なかすいたなあ… この作戦が上手うまくいったら、パパにいっぱい美味おいしい物ご馳走ちそうしてもらおう…っと。中華がいいかなあ…?」


 驚いたことにニケは疲れも見せずに、ただ空腹を感じているだけのようだった。なんという少女だろうか。


「機長、成田空港が見えてきました。なんとか燃料もギリギリですが持ちましたね!」


「ああ… そうだな。とにかく、成田の管制塔へ当機の状況と緊急着陸への要請を連絡しよう。」


「わかりました!」


 ニケは自分がつかまって押している左翼の下部で胴体につながっている部分が、げたように黒ずんでいるのを認めた。翼を押すニケのすぐそばの箇所かしょである。そこがジェット機のどういった部分なのかはニケには分からなかったが、気になったのでアテナに思念を送って状況を報告した。


 ニケからの念波を受けたアテナは、竜太郎に思念を送り状況を伝えた。これを受けた竜太郎は驚き、あわてて齊藤さいとうに命じた。


齊藤さいとう君、急いで左の着陸脚ランディングギアを調べてくれ、異常がないかどうかをだ。」


 命じられた齊藤さいとうは急いでチェックした。そして、青い顔をしながら竜太郎の顔を見つめてふるえる声で告げた。


「機長、大変です! 左の着陸脚ランディングギアの開閉扉が開きません! 開閉不能です!」


「何だって! もう一度やって見るんだ!」


「ダメです… 何度やっても開きません… どうやらエンジンの脱落時の影響でトラブルが生じたようです。」


「何てことだ… 空港が目の前だと言うのに着陸出来ないのか…」


 竜太郎が、この男にしては珍しく弱音を上げた。今までの緊張の糸が切れてしまったかのようだ。だが、絶望の眼差しを自分に向けている副操縦士の齊藤さいとうを見て弱気を振り払った。


『ここで俺が絶望してどうするんだ… 俺はこの機を、乗員乗客全員を生きたまま成田空港に下ろすんだ。』


竜太郎はアテナに対して強く思念を送った。


『アテナ… よく聞いてくれ。ニケの報告のあった箇所にはこの機の着陸脚ランディングギアがあるんだが、故障しているんだ… 脚が出ない…』


『そんな… ここまで来たのに… どうすればいいの、あなた…?』


『ニケに頼んでみてくれ、あの娘なら着陸脚ランディングギアの開閉扉を無理やり開く事が出来るだろう。破壊しても構わないから、やらせてみてくれ。』


『分かったわ… ニケに伝える。』


アテナはニケに心に精神の集中を合わせた。


『ニケ…よく聞いて。あなたが見つけた機体の黒ずみね、あれはジェット機の左後方着陸脚ランディングギアの開閉扉だったのよ。そこが故障で開かないの。あなたが何とかしてみて、お願い…』


アテナの思念を受け取ったニケは一人頷きながら答えた。


『分かったわ、ママ。何とかやってみる。』


 ニケは着陸脚ランディングギア開閉扉のロックがある部分と扉を開閉するためのヒンジ部分の周辺を、目から出すレーザー光線で慎重に焼き切っていく。まずロック部分を焼き切ることに成功したようだ。ガクンと扉が少し開いた。次は反対側のヒンジ部分を焼く。成功だ。こちらの方も外れた扉が重力で下がってきた。扉をニケ自身がこじ開けに行くわけにはいかない、エンジン代わりの左側の推力が下がってしまうからだ。ニケがすがる思いで見つめる中、開閉扉は風圧で「バーン!」という大きな音と共にはじけ飛んだ。


『やったわ、ママ。扉を壊して開けた。』


『よくやったわね、ニケ。お父さんに伝えるから待ってて。』


 アテナは竜太郎に思念波で状況を伝える。アテナからの報告を感じ取った竜太郎が齊藤さいとう副操縦士に命令した。


齊藤さいとう君、もう一度着陸脚ランディングギアを下ろしてみてくれ。」


「分かりました。無駄だとは思いますが…」


作業を行った齊藤さいとうの顔が明るく輝いた。


「やりました、機長。開閉扉は『閉』の表示が点灯したままですが着陸脚ランディングギアは下ろせます。何故なぜだか分からないけど奇跡ですよ、これは。」


竜太郎の顔も喜びで輝く。だが…


「機長! やはりダメです。左の着陸脚ランディングギアが着陸のための垂直固定位置まで下がりきらない角度のまま停止しました。それ以上はいくら操作しても不可能です…」


 齊藤さいとうの顔は再び絶望の表情に変わっていた。報告を聞いた竜太郎は目を閉じて考えて、一つの答えに行き当たった。


『アテナにしらせよう…』

再び目を閉じた竜太郎は妻アテナに対して思念を送った。


『アテナ… 着陸脚ランディングギアはニケのおかげで下ろせたが、途中の角度で止まってしまって着陸のための垂直位置まで達することが出来ないんだ。このまま着陸すると機体は左側が右よりも低くなるために左翼が滑走路に接触した状態での着陸になる。そうなれば機体は推力のために左へ回転して機体が滑走路に叩きつけられて、そのまま爆発炎上だ。私が考えた最後の方法を言う。覚悟して聞いてくれ。ニケに中途半端な角度で停止している着陸脚ランディングギアと滑走路との間で機体を支えて欲しい…』


『えっ… 何を言ってるの、あなた… ニケに…くみに左の着陸脚ランディングギアの代わりをしろと言うの…? そんなのムチャに決まってるわよっ!』


アテナは竜太郎の提案に耳を疑い、思念波で悲鳴を上げた。


『無茶を承知で言ってるんだ… 私もくみの父親なんだぞ、誰がこんな無茶苦茶な事を可愛い我が娘に頼めるものか… だが… 他に方法が無いんだ…』


『でも… それじゃあ… くみが…』


 泣きくずれるアテナ。もう女神アテナと言うよりも、彼女は一人の娘を愛する母親でしかなかった。 


『すまん… アテナ… こうするしか乗員乗客全員の命を救う事が…』


 竜太郎は歯を食いしばりながらアテナに思念を送っていた。彼の口からは血がすじを引いて流れていた。


『ママ… パパ…』


ニケの…いや、二人の愛する娘くみの思念が割り込んできたのだ。


『二人の思念会話聞こえたわ… 私やる… 私なら大丈夫よ… だってニケは勝利の女神なのよ。それに、私に考えがあるの… それを試してみる。』


『くみ… いくらお前がニケでも死ぬかもしれないんだぞ…』


『分かってるよ…パパ… でも私しか…私にしか出来ない… そうでしょ…? パパもママも私を信じて! 私がみんなをまもる!』


『ああ… くみ…』


『お願い、ママ…』


『アテナ… くみを…私達の娘を信じよう…』


『………』


『ねっ、ママ! お願い!』


『わかったわ… くみ… 私のくみ…』


『ありがとう、ママ…』


『パパ、どうすればいいの?』


『すまん… くみ。お前には機体左側の着陸脚ランディングギアの代わりをやってもらいたいんだ。着陸の瞬間に機体を支えてくれれば着陸出来る… だが、お前の身体が衝撃に耐えられるかどうか…』


『だから、私に考えがあるって言ったでしょ。まかせて! そのためにはママの協力が絶対に必要なの。ママのイージスのたてとアイギスのやりを私に貸して欲しいの。』


『ええ… それは、もちろん構わないけど…』


『じゃあ、私の合図で転送して、お願いよ!』


『分かったわ。』


『じゃあ、パパ。始めましょう!』


『ああ、分かった… くみ、頼む!』


 こうして家族三人の思念による会話が終わった。これが三人での最後の会話となるかもしれなかった。三人は互いを信じて命がけの危険な賭けにのぞんだのだ。


もう、西日に照らされた成田空港が目視で確認出来る距離まで来ていた。


思念会話を終えた竜太郎は、覚悟を固めて副操縦士の齊藤さいとうに告げた。


齊藤さいとう君… もう一度だけ私を信じてくれ、頼む。と言ってもこれは私からの最後の頼みになるかもしれないが…」


竜太郎に向かって齊藤さいとう蒼白そうはくな顔で答えた。


「言ったでしょう、榊原さかきばら機長。私はあなたと一蓮托生いちれんたくしょうだって。もう、とっくに命はあなたに預けてますから…」


「ありがとう、齊藤さいとう君。君は私の最高の相棒バディだ!」


二人はしっかりと互いの手を握った。


「機長、管制塔からの指示で本機の緊急着陸は成田空港B滑走路に行います。他機の離着陸は現在停止されています。空港側も万全の緊急体制で受け入れてくれるとの事です。」


「了解だ。では、始めよう! 着陸態勢を取る! 全て手動で行うぞ、着陸脚ランディングギアを下ろせ! 着陸姿勢をたもったまま侵入角度調整!」


「ラジャー! 着陸脚ランディングギア用意! 滑走路への侵入角度調整…固定しました!」


竜太郎はアテナに思念を送った。


『アテナ、始める! ニケに指示を!』


『ニケ、開始よ!』


『分かった、パパ、ママ!』


ニケは左翼を離れ、瞬時に左着陸脚ランディングギアささえる位置に身体を持って行った。


 ジェット機は着陸角度に機体を保った。このまま滑走路に突っ込んでいく。前部着陸脚ランディングギアが滑走路に着く寸前にニケがアテナに思念を送った。


『今よ、ママ! お願い!』


 アテナは自分の武器であるイージスのたてとアイギスのやりを、ニケに向けて転送した。


 転送は一瞬で終わり、ニケの左の手にアテナのたてやりが現れた。


「いっけええーっ!」


 ニケは口にアイギスのやりを口にくわえて機体を右腕でささえたまま、イージスのたてをサーフボードの様に自分の両足の下にくように付け、そのまま右の正常な着陸脚ランディングギアと合わせるように滑走路上に着陸した。


「ガガガガガガーッ!」


 すさまじい衝撃がニケの脚を襲う。全身を衝撃が駆け巡り、機体を支える右腕にすさまじい衝撃が加わる…


「ぐわあああー! 負けるかあああああ!」


ニケの口から絶叫がほとばしった!


 ニケはブレーキの代わりに口に咥えていたアイギスのやりを左手に持って滑走路に突き立てた。この時、ニケは右腕一本で機体を支えているのだ。


「ギギギギー! ガリガリガリーッ!」


 すさまじい音と火花を散らして、地上で最強無敵のやりたてが滑走路をけずり取っていく。二つの武具がジェット機の通った軌跡きせきを滑走路上に深いみぞとして穿うがっていった。


滑走路上を何km走ったのだろう? やがてジェット機は停止した…


ニケは…? 乗員乗客全員の安否は…?


 待機していた空港用化学消防車等の緊急車両が駆けつけてきた。ジェット機は左の着陸脚ランディングギアを完全に下ろしていないために、左翼を滑走路のアスファルトの地面に着けて機体を左側を下に傾けた状態で停止していた。このため左翼はへしゃげて折れ曲がっていた。機体から上がる煙をめがけて空港用化学消防車から放水が行われた。


 消化と共に乗員乗客の救助も開始されていた。機長である竜太郎と副操縦士の齊藤さいとうは責任上、最後に救出された。


 後の報告によると全ての乗員乗客の中に怪我人は多数出たものの、死者は無く死につながるような重体の者もいなかった。稀代の大陰陽師である安倍賢生あべのけんせいは奇跡的に無傷、竜太郎と斎藤は軽傷で済んだ。


 しかし、この事件のヒロインであるニケこと榊原さかきばらくみの姿は確認出来なかった。


 この時、夕暮れの空を見上げると成田空港上空を一つの銀色の物体が浮遊していたが、大混乱の滑走路上で気付いた者は誰もいなかった。


 その物体とは、背中の銀色の翼をゆっくりと羽ばたかせ、空中で静止したまま自分の真下の空港を見下ろすニケの姿だった。


「ああ…どうしよう… セーラー服も靴もぼろぼろになっちゃった… ママ、怒らないかな…? 無傷なのは私自身の身体とママに借りた二つの武器だけね…  それより、もうダメ… お腹ペコペコ… 今日の晩御飯何だろう…? パパ達より先に帰ろうっと!」


 くみは銀色の翼を羽ばたかせて、自宅を目指して母アテナの元へ一気に飛んだ。まるで一本の銀色の矢が放たれたように、一直線に薄暮はくぼの空を飛び去った。




**************************



『次回予告』

父と祖父の乗るジェット旅客機を救出したニケ。

しかし、救出劇におけるニケの姿が撮影されてしまう。

再び姿を現した北条 智ほうじょう さとるの野望とは…?

次回ニケ 第10話「ニケ… 姿を撮影される」

にご期待下さい。

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