第2話「敵… 北条 智とBERS」

「見たか?」


「はい、見ました。何しろSNSはあのニュースであふれかえっています。」


「ふむ… 押さえろ。」


「は…? しかし、それは難しいかと… テレビ局及び新聞社にはすでに手を回して押さえてありますが、個人のSNSまでとなると…」


「二度は言わんぞ… あの事件に関する全てのキーワードについての記事の投稿及び検索は全てブロックだ。それならば可能だろうが。」


「はっ、すぐさま取りかかります!」


「急げよ…」


 命令を受けた部下が部屋を出て行った後、北条ほうじょうさとるは自分のデスクの椅子を回転させ、来客用のソファに向けた。


「とりあえずは、これでよろしいですね、会長…?」


 ソファーに腰をけていた会長と呼ばれた男は、葉巻に火を付けながら北条を振り返って答えた。


「ああ、とりあえずはな。それにしても北条、あの翼の少女…あれは一体何だ?」


 北条は会長に答えるより先に、部屋の換気装置を強くした。葉巻のにおいが嫌いなのだろう。


「はあ、目下もっか調査中であります…としかお答えできない状況です。申し訳ありません、会長。」


会長は葉巻の煙を深く吸い込み、やがて大きくき出しながら、


「ふん、この内閣情報調査室とお前にどれだけの金をつぎ込んでいると思ってるんだ。役に立たん奴らだな。」


「申し訳ありません…」


 北条はハンカチを取り出してひたいに浮き出た汗をぬぐった。この男は嫌いだが立場上さからう事は出来ない。下手したてに出るしか仕方が無かった。


「早急に手を打て。それにあの不良品のBERSバーズ実験体はわが社の研究室にすぐさま届けさせろ、今回の不祥事の原因を調べねばならん。」


「分かりました。早急に手配いたします。」


「あの翼の少女には興味を覚えた。あちらも報告書を早急にワシに回せ。」


御意ぎょい…」


「では、わしはこれで引き上げる。仕事については早急に結果を出せ。」


「はっ、分かりました。」


 会長と呼ばれた男は扉の外にひかえていた男を呼びつけ、帰るむねを伝えて部屋を後にした。北条は椅子から立ち上がり、頭を深く下げて挨拶あいさつをした。


 北条はため息をつきながら、椅子に腰を下ろす。彼は出て行った会長が苦手の様だった。


「クソじじいが… 『早急』を三回も言いやがって。言われなくても全てやっている。 だが、あの翼の少女… あれには正直しょうじき言って、私も驚いた。何なんだ、あれは…? 少女の姿をしていたが人間なのか…? 四菱よつびし製薬側から報告を受けているBERSバーズのプロトタイプの中にはあんな実験体はいないはずだ… 少なくとも私は把握はあくしていない。」


「あの少女をとらえて調べれば、これ以上ない私の手柄てがらとなるだろう… そうすれば、今よりもっと上のポストにのぼることが出来る…」


 北条は野望に目を光らせながら、換気装置を最強にして葉巻のにおいを消すために消臭剤をいた。この男、野心家だがかなりの神経質のようだ。


 北条の口にしたBERSバーズとは「Bio-enhanced remodeled soldier」の略称であり、日本語では「生体強化型改造兵士」を意味する。


 戦争においてBERSバーズを使用することにより、相手国を制圧するための自国がこうむる、損害及びコストの大幅な低減を実現させる事が可能となる。


 BERSバーズはベースとして人体を使用した改造強化となるために、人道的にはもちろん法的な側面においても、決して許される事ではない。


 しかし、国家が戦争において生じるコストや損害を最小限に抑えるためには、すでに完成された人体の機能を強化させた兵士を作り出す方が、新たな兵器を開発するよりも簡単かつ低コストで可能となるのだ。各国が血道ちみちをあげて開発にいそしむのも無理からぬ事と言えるだろう。今では大国間においても、極秘裏ごくひりに研究開発にしのぎをけずっている状況である。各国において研究開発費としてかなりの予算をそそぎ込んでいる。


 日本では、先ほどの葉巻の男が会長である四菱よつびし重工業傘下さんか四菱よつびし製薬が、日本政府の要請と資金援助を受けて極秘に研究開発を一手にまかされている。


 製薬会社が研究開発するのは、BERSバーズは人体を改造強化するのに薬品を使用して、人間の限界を超えた能力を引き出すためである。つまり、人体に対して究極のドーピングを行なうのだ。これによりBERSバーズは人間をはるかに超える身体能力と強靭きょうじんな肉体を手に入れる事が可能となった。しかし、ドーピングの結果としてBERSバーズにされた人間は、二度と元の姿に戻ることは出来ない。また、副作用としては生殖機能が失われてしまう。この事により、BERSバーズは一代限りの存在であり、個体が消耗劣化した場合には、再生産での配備が不可欠となる。


 BERSバーズ姿形すがたかたちは用途目的に応じたタイプに調整される。ニケと戦闘を行ったタイプは都心部制圧型であり、ビルなどへの侵入及び制圧を目的としている。道具を使うことなく高層ビル最上階へも上ることが可能で、ニケとの戦闘においてやぶれこそしたが持てる能力が証明された。クライアントである国家及び海外の顧客に対しての宣伝には、今回の騒動が大いに役立ったと言えるだろう。


 このようにBERSバーズは固有に備えた能力を発揮することで、一体で通常必要とされる兵士数十人分の働きを行なう事が可能だ。この事により、自国側の人的損害及び兵士達にかかる人件費等のコストをかなり低減出来るようになる。しかも、BERSバーズは使い捨てにしても、新たに別の個体を戦場に投入すればよいので、軍上層部にとってはこれ以上ないほどの魅力的な兵士達であると言えた。


 日本国内で通常兵器としてBERSバーズを使用することは出来ないが、特殊兵器として海外の軍隊に販売すれば、莫大ばくだいな額の収入を見込める。BERSバーズ軍需ぐんじゅ産業としての四菱よつびし重工業の目玉商品となるだろう。これにより関係省庁及び政権与党もうるおうという寸法だ。


 BERSバーズは日本においても極秘裏ごくひりに進められているトップシークレットの機密であり、一部の者にしか情報の関与は許されていなかった。


 北条ほうじょうさとるは日本政府の情報機関である内閣情報調査室における、内閣情報分析官としてのトップに位置する人物で「特務零課ぜろか」の長のポストを与えられていた。「特務零課ぜろか」はおおやけには存在しない課である。幽霊的な存在である課の長とは言っても、日本国内における機密情報においては、北条が実質的に全ての実権を握っていた。


 BERSバーズに関しての機密情報に関しても北条が一任されていた。四菱よつびし製薬会長である杉崎剛三すぎさき ごうぞうからは、公式及び非公式において、かなりの金銭的援助を受けていた。この事から、さすがの北条も杉崎会長に頭が上がらないのである。


北条は内線電話を取り上げ、出た部下に対して命令を下した。


「私だ、あの翼の少女に関して可能な限りの情報を持ってきたまえ。個人所有の動画や写真も、買収もしくは必要に応じて権力を行使し没収せよ。場合によっては逮捕してでも没収するんだ。構わん、サイトに上げているものは削除もしくはサイト自体を閉鎖させろ。急ぐんだ。」


 内線電話で部下に命令を伝え終えた北条は、ニヤリと笑いながら椅子から立ち上がった。


「これでいい。 翼の少女よ、必ずお前の正体を突き止めて追いつめてやるぞ、この北条さとるがな。フフフ…ハハハハ…」


 楽しそうに笑いながら、北条は自分の執務室の窓から青空を見上げた。

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