5分で読める物語『最強勇者と最弱剣士~VRMMOでアカウント引継ぎをしたら、なぜか最強勇者に成り代わっていました~』

あお

第1話

「おえっ、うぇええええええ!」

 

手のひらサイズの小瓶を一気に呷ると、襲い来るは吐き出したくなるほど強烈なえぐみ。

 二倍濃縮した渋柿をベースに、牡蠣の肝やケール、パクチーなどをごった煮して濾したような味だ。

 そんな激マズドリンクを飲むのには相応の理由がある。

〈EVAポーション〉と名付けられたこのドリンクは、EVA(回避力)を1時的に

向上させるためのもの。


「はぁっ、はぁっ……あと2本……っ!」


 2本目の栓を開け、口に近づけてから一瞬ためらう。それでも勝つためだと言い聞かし、目をつむって一気の喉へと流し込んだ。


「ごふぁっ! ぐぶふっ!」


 意思とは反対に飲み込むことを拒否する体。ここで取り乱すとすべて吐き出してしまうので、冷静な対処を心掛ける。コツは無心になることだ。

 息を吸うのと同じ感覚で少しずつ飲み込んでいき、3分かけて2本目を飲み切った。

 膝に手をつき、ぜーはーと息を荒げていると周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「またやってるよ」

「よくあんなの飲めるよな。俺匂いだけで無理だったわ」

「あれだけ大変な思いをしても、1番通りのザコモンスター相手に苦戦しまくってる

って」

「え⁉ あの豚さんに苦戦することあんの⁉」

「初期ステータスでも楽々倒せるチュートリアル用のやつだろ?」

「つまりはそれだけあいつのステータスが……」

「おい、それ以上は悪口だぞ」

「あはは、そうだな。でもどうせ聞こえてないっしょ」


 全部聞こえてますけどー⁉

 それ以上は、とかじゃなくて全部悪口ですけどー⁉

 こちとら初期ステータスがバグってるんですけどねぇー⁉

 そんな小言をぐっと堪え、俺はそいつらにがんを飛ばすにとどまった。

 苦笑いを浮かべそこから立ち去る3人衆の背中を一瞥し、ストレージから3本目を取り出す。


「おぇぇぇええええええ‼」


 俺の嗚咽で近くの木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び去った。



「はぁぁぁぁあああ!」


 始まりの街から1本出た林道の中で、俺は豚型モンスターと対峙していた。

 振り下ろした直剣が敵の脇腹をかすめる。

「プギィィィ!」

 相対している敵の名はイベリポーク。初心者にも倒せるよう調整されたザコモンスターだ。

 ザコの謂れは奴の攻撃パターンが突進という単調な技しか使ってこないからで、そのスピードは「寝ながらかわせる」で有名なほど遅い。

 だが――


「ギィィィッ!」


「ぐはあっ⁉」


 直立で相手を正面に見据え、その動きをしっかり目で追っていたにもかかわらず、イベリポークの突進は俺の腹部にヒットした。

 寝ながらかわせる攻撃を避けきれない理由。それは俺のステータスにあった。


【Name:Aifu Lv1 攻撃力:D 防御力:D+ 敏捷力:D 回避力:Z】


 ご覧の通りこと「かわす」という行為に至っては絶望そのものである。

 回避力が最低値ってどういうこと?

 ポーションでパフをかけても能力値はZからZ+に変わる程度。

 それでもその差は、かわせる確立が100回に1回から50回に1回へと短縮するので、侮れない。

 てかそもそも、「Z」ってステータスを作りやがった制作者! 悪意ありすぎんだろ‼

 というわけで初級中の初級、ザコモンスターに手こずるクソザコプレイヤーで名高い俺の名前はアイフ。不名誉極まりない肩書だが事実なので仕方ない。


「いいさ、それなら捨て身の一撃を食らわせてやる!」


 俺は手持ちの武器であるアイアンソードを、地面に放り投げた。


「プギィィィ!」


 イベリポークが再び突進のモーションを取る。

 俺は相手の進路ど真ん中に立ち、膝をかがめて両手を広げた。


「ギィッ!」


 奴なりの雄叫びを上げ、一直線にこちらへ向かってくるポーク。

 俺との間合いに入った瞬間、地面を蹴り上げ突っ込んできた肢体を全力で受け止める!


「ぐぉっ⁉」


 みぞおちにクリーンヒットし、HPが残り一メモリまで減少する。


「くらえぇぇぇぇぇえええええ‼」


 ポークの横腹をがっちりと掴み、勢いそのまま上半身をのけぞらせる。


「ギィッ! ギィッ‼」


 腕の中で暴れまわる敵を、ありったけの力で抑え込み頭頂部が地面に触れるのと同じタイミングで、ポークをそのまま放り投げる。

 地面との接触は脳を物理的に震わせ、めまいと吐き気をもよおすが数秒耐えれば、それもじき止む。

 もちろんHPは減少するので、突進のダメージと合わせると70%の確率で全損する。

 だが今回は幸運にも打ち所が良かったらしく、当たり判定は出なかった。

 立ち上がり前方を見ると、見事にイベリポークが地面に突き刺さっている。


「今日は俺の勝ちだぁぁあああ!」


 そんな鬨の声と共に、ポークの身体は鮮やかなライトエフェクトを放って霧散した。

 次いでリザルトが表示される。


【イベリポークLv1を倒しました。経験値が3増えました。レベル2まで残り経験値27です】


 眼前に展開されるホロウインドウをタップし、画面を閉じると一気に疲労感が俺の身体を襲った。


「はぁあああ。あと九体を倒してやっとレベルアップかー。攻略組への道のりは果てしなく遠いぜ」


 現行の目標は攻略組に入ること。

 俺がいま絶賛プレイ中なのはフルダイブ型MMORPG『ワイルド・オブ・グレイス』というタイトルのゲームだ。

 果てしないオープンワールドの世界で、その面積はオーストラリア大陸にも匹敵するだとか。

 発売開始から3ヶ月が経っているのに、攻略組でさえボスモンスターを倒したのは1回きり。

 この世界に棲む100体のボスモンスターを討伐するのがこのゲームのメインクエストなのだが、3ヶ月で1体となると100体倒すのに単純計算で25年かかることになる。

 完全攻略はいつになることやら、と案じていられるだけ自分はまだスタートラインにも立てていないのだと痛感する。


「ったく、俺とネモで何が違うってんだよー」


 一人報われない嘆きを叫んでいると、ピンポンパンポーンというアナウンスの合図が鳴り響いた。


『プレイヤーの皆様にお知らせです。本日14時より史上最大規模の大型アップデートを行います。これにより14時から18時までのプレイはできません。また一部のアカウントデータがアップデートにより互換性を失い初期化される場合がございます。必ず引継ぎIDとパスワードの設定をお願いします。繰り返します――』


 前々から告知されていた史上最大規模のアップデート。

 言ってもまだ運営が始まって3ヶ月なので、史上最大規模という語感はいまいちピンと来ないが、ネトゲユーザーなら大型アップデートってだけで垂涎ものだ。

 公式からデータ引継ぎを厳命されている点に関しては若干の不安がある。

 だが正直言っていまのアカウントが消されようとそれほど困らない。

 初期ステータスで回避力がZのアカウントを引いてしまった時点で、リセマラするべきだったんだろうが、どうにも愛着がわいてしまって手放せないのが現状である。

 回避力Zで攻略組入りという野望を叶えるまで、このアカウントを捨てることはできない。

 俺は決意を新たにし、引継ぎIDとパスワードを確認してゲームからログアウトした。


***


 時刻は18時12分。

 公式のSNSでアップデートの終了が報告されているので、早速俺はゲームをプレイ。

 2031年のゲーム事情はこの10年でさらなる飛躍を遂げ、首に巻いたベルトが神経系とアクセスし五感すべてをゲームの中に没入させる。

 電源ボタンを押し、数秒目をつむっていれば次第に感覚はゲームの中へと取り込まれていく。


『ようこそ、ワイルド・オブ・グレイスへ。プレイヤー名をご記入ください』

 アカウントデータは警告通り初期化されていた。

 一瞬血の気が引く心地を覚えたが、頭を振り平静を取り戻す。


「えーっと、新規登録じゃなくて、アカウント引継ぎを……あった」


 引継ぎのボタンをタップすると、IDとパスワードを打ち込む画面へ。


「IDは327,1142,167。パスワードは生年月日にした……よな?」


 記憶の曖昧さが若干の心配を誘うも、無事に引継ぎ成功の画面が表示される。

 しかしこの時俺は言いようもない違和感に襲われていた。


「あれ、IDの末尾って167だっけ? 161だっけ?」


 物のほとんどがデジタル化した現代で、なぜか俺は引継ぎのIDを手書きでメモして覚えていた。

 忘れないうちに、と急いで書いたため殴り書きに近い。

 自分の字なんて間違えないだろうと高を括っていたが、末尾一桁が「7」にも見えるし「1」にも見えていたことを思い出す。


「まあ成功できてるしどっちでもいっか」


 結果が全てだ。引継ぎが成功しているなら正解は「7」だったのだろう。

 不要な杞憂は排除して、最弱ライフを謳歌しようではないか!

 俺は意気揚々とログインボタンをタップした。



 目が覚めたそこは、野営用テントの中。

 白い布に囲まれ、天井には小さなランタンがつるされていた。

 野営用にしては作りの良いベッドだな、と手でその低反発具合を確かめる。

 あれ? 俺って高反発派じゃなかったっけ?

 いやそもそも、こんな寝心地の良いベットなんて持ってたか?

 いつもと違うスタート地点、身の丈に合わない豪勢なベット。

 頭の中で疑問符が乱立し始めたところで、テントの幕が勢いよく開かれた。


「お目覚めですかネモ様!」


 やってきたのは銀色の甲冑で身を包み、腰にサーベルを下げた中年風の男だった。


 ――ネモ様?


「大型アップデートってのもたまったものじゃありませんな。私のとこはちゃっかり初期化されてしまいやして。ネモ様も無事入ることが出来たようで、一安心ですな」


 ハハハッと笑い声を上げる中年騎士。

 聞き間違いじゃなければ、今回も俺のことを『ネモ様』と呼んだよな?


「え、えっとー」

「ああ失礼しました! 出発の準備ですね。各員のログイン状況を確認して参ります!」


 敬礼のポーズを取って、騎士は幕屋から出ていった。


「⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」


 ベッドから降りて、自分の身体を見やる。

 碧色のロングコートに身を包み、胸元にはプラチナ色の甲冑。ベッドの側には深緑色の鞘に流麗な意匠が施された長剣が立てかけられている。

 すべて攻略組トッププレイヤー『ネモ』の装備品だ。


「な、な、なにが起こってる⁉」


 パニックになりそうな衝動を必死に抑え、なにか現状を知る手がかりを探す。


「ステータス!」


 そうだ、ステータス画面を見れば自分が誰なのかデータとして確認できる。

 何もない空間を2回ノック。

 メニューバーが表示され、1番上のステータスタブに触れる。

 そこには――


【Name:Nemo Lv78 攻撃力S++ 防御力S+ 敏捷力SS 回避力S+】


 ……


 …………


 ……………………


 ………………………………は?


 俺のアカウントデータは、なぜか攻略組最強のトッププレイヤー『ネモ』に成り代わっていた。



 何分経ったか分からない。

 俺はただひたすら『考える人』でおなじみの思案ポーズを取っていた。


「思い当たるとすれば、ただ一つ……あの末尾だ」


 そう、ただの杞憂だと拭い去ったあの違和感。

 「7」か「1」か問題に俺はまだ答えを出していない。

 もし、もし仮に俺の本当のIDが『327,1142,161』だったとして、パスワードは個人で設定するものだから、一緒になるわけが……


「まさか、同じ生年月日なのか⁉」


 いやいやいやいやいや!

 どんな確率だよそれ⁉

 しかも生年月日をパスワードにするって、ネットリテラシーがなってないなぁ‼


「ネモ様! 失礼します!」


 そんな未曾有の大事件に襲われ、原因解明もままならない中での来客は、もう完全にキャパオーバーだった。


「出発の準備、完了しました! いつでも行けます!」


 だから中年騎士が報告しに来た時、俺の頭はオートプレイモードに切り替わっていた。(もちろんそんな機能は存在しない)


「分かった。よし、行こう!」


 コートを翻し、剣を取る。

 地面を踏みしめ幕屋をあとに。

 眼前には甲冑に身を包んだ色とりどりの騎士たち12名が、俺に向かって跪いている。


「諸君らの大いなる貢献を期待している。すべては残る99のボスモンスター討伐のため。出陣っ!」

「「「「おおおおおおおーーーーっ‼」」」」


***


 一方その頃、アイフと名の付く見習い剣士のアカウントもしっかり稼働していた。


「なんでストレージにこんなEVAポーションがあるんだ?」


 ポーションなど飲んだことのない彼は、試しに一口と瓶の半分ほどを口に含む。

 彼の意識はゲーム世界から一度切断された。

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5分で読める物語『最強勇者と最弱剣士~VRMMOでアカウント引継ぎをしたら、なぜか最強勇者に成り代わっていました~』 あお @aoaomidori

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