第5話

「マジかよ」


 空は悩んでいた。

突然の引っ越し、突然の親の再婚、同年代の女の子と一つ屋根の下。


 こんなボディークローの連続を喰らい、放心状態になってもおかしくないが、辛うじて理性を保つ。


 しかし、理性は無事でも理解は無事に追いついていなかった。


 困惑を強める扉の叩く音が再び聞こえる。

あの叫び声が聞こえてから、これで8回目。


 ガチャリと扉が開き、本日8回目のドアの隙間から覗く瑠璃の姿。


「好きなゲームとかある?」

「特には」

「わかった。ありがと」


 ガチャリと再びドアが閉まる。


 そして、また・・・・・


9回目。


「何か食べられないものとかある?」

「と、特には」

「わかった。ありがと」


 ガチャリと再びドアが閉まる。


 そして、・・・・・


「この茶葉ね・・・・・」

「だーーーーーーーっ、もういいです。そうだ。LIME、連絡先交換しましょう。お話はそこで」

「でも、同じ家にいるわけだし」

「初対面の人と話すの恥ずかしくてですね! お願いします」

「な、なるほど」


 ガチャリと再びドアが閉まる。

 今度はドアの隙間からスマホが飛び出てきて、そこにはQRコードが映し出されていた。


 空は、それを読み取りフレンド追加をタップすると可愛らしい子猫のアイコンで名前はRURIとローマ字で書かれたアカウントが出される。


「アイコンなんで真っ暗なの?」

「・・・・・年頃の人ならみんな経験するものです」

「失恋?」

「失恋する相手もいない」


 ガチャリとドアが閉まった同時くらいに、手に包帯をつけて意味深ポーズをしているゆるふわなスタンプが送られてくる。


 空は"馬鹿にしてんのか?"という文字の羅列を消し、"なんですか。それ"と送る。


 すると、嬉しかったのか。隣の部屋から嬉しそうに喜ぶ声が聞こえた。


「こんなんで喜べるっていいな。」


 ぽつりと呟いては、自分で首を振る。


「風呂でも入らせてもらうか」


 空は携帯を置いて、部屋を出る。

 リビングを少し覗くと親がキスをしているところを見てはっきり吐き気を催し、諦めて瑠璃の部屋へと向かう。


 すると、空は自分の部屋を覗く瑠璃を見つけた。


「あの・・・・・」

「あっ! いや、返信来ないなぁって」


 空はそれを効いた瞬間、げんなりした。

自分の部屋からリビングまで往復したほんの僅かな時間、返信しなかっただけで確認に来る同居人


「よし! ルール決めましょ」

「えっ、あっ。はい!」


 諦めや面倒臭さが原因だったが、構わなくていいと冷たい空が自分から関わりに来てくれたことを、瑠璃は嬉しく思った。


 瑠璃は空に部屋へと向かい入れられて、ベッドに座らせられた。


 空は、黒く何度も使った後のあるホワイトボードを取り出して書く。


・23時〜7時はLINE禁止

・緊急事態以外、返信がなくても確認しに来ない

・部屋を覗かない

・風呂は時間制


 それについての言い合いが始まる。


「えーでも、二つ目の緊急事態って、どこから?」

「1週間くらい連絡が返ってこないとかじゃないですか?」

「手遅れじゃん。1日とか?」


 空と瑠璃は全くタイプが違う。

空は連絡がただの手段として見ていて、瑠璃は連絡を娯楽として見ていた。


「忘れてる日があると思うからな」

「じゃあ、2日!」

「2日なら。・・・・・まぁ」

「了解!」


 それから部屋を覗くのは絶対ダメという約束もできたが、風呂の時間制は瑠璃は少し反対した。


 言い分によれば、忘れてしまった時は風呂には入らなくなってしまうということらしい。


 それは、単純にみんなが入った後か朝入ればいいという結論に至り、白熱した議論の終わりを告げるように、瑠璃は機嫌良く自分の部屋へと帰っていった。


 そんな様子を見て空は唖然とする。

根気よく来るのは、聞こえていたのでわかっていたがこんなにガンガン来るとは思っていなかった。


 空は、瑠璃に押されて色々了承してしまったことを思い出し、苦笑する。


 空自身、白熱して言い合いになり心の距離はグンと狭まったと思った。


『不思議な人だな。・・・・・・・しつこさは同じでも、あいつとは大違い』


 机に座り、今日決まった約束事をA4の紙を使ってまとめていく。


 すると、携帯にピロリンと一つの通知が来る。


"今日の格言【継続は力なり】"


「こういう感じでくるかぁ」


 適当に書いた格言か自分に宛てた格言かは、わからないがこういう返し辛いというか、どう反応すればいいのかわからないのが1番困る。


 そして、既読スルーは2日で確認しにきてしまう。

しかし、空は困った顔をして携帯を置いた。


「楽しいな・・・・・」


 そのまま、重たい瞼を閉じる。

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