すなお・・・(素直)

ninjin

第1話 5月9日 リョウイチ√

              ◇

 風を切って走るバイク 僕の行き先は

 南向きに海を目指す 夏を探しに

 走る 今年誰よりも早く 夏を見つけて 君に届けよう


 セールを張る少年たちに 風を訊ねる

 このビーチには君たちが待っていた 風は吹いたかい?

 遠く 目を細めた少年は 口笛吹ながら 「もうすぐ来るよ」


 ヤシの木陰の木洩れ陽 キラキラ

 アスファルトの先に逃げ水 ユラユラ

 白いTシャツ 風に吹かれて

              ◇


 5月、長い様で短かったGWも終わり、大学の授業も今週から再開された。

 午前中の2限だけの木曜日、講義終了後、僕はいつものように教養棟2号館裏の雑草だらけの駐輪場でゼファー400Zに跨り、煙草に火を点ける。

 校舎の日陰の先に見える街路樹が、いつの間にか綺麗な緑色になったなぁ、そういえば桜っていつ散っちゃったんだろう、等と、ぼんやり考えながら、携帯の着信を待っていた。

 煙草がチビてきて、そろそろ火を消さなきゃ、と最後のひと吸いをしたところで、携帯のLINE着信があり、内容を確認する。千賀子さんからだ。

「今日、予定より早く上がれるよ☺。リョウ君は?どーする?」

 直ぐに返信。

「こっちは、今日は講義オワタ✌。早くって、どれくらい?」

「多分、4時頃かな?」

「ちゅーとはんぱ(笑)」

「そだね(笑)」

 少し考えてから、再度返信。

「んじゃ、Tomy‘S Barにオープン時間」

「👌。って、オープン何時だっけ?」

「5時半」

「ハッヤ(笑)」

「早すぎ?」

「👌☀」

「んじゃ、あとで♡」

 僕は携帯をジーンズのポケットにねじ込んで、ゼファーのセルスタートボタンを押した。

 キュルキュルっと回転したエンジンに合わせて、軽くアクセルを開き、一度だけ空蒸かしすると、「びゅふぉぉんっ」と、機嫌の良さそうな唸りを上げてくれる。

 腕時計を確認すると、12時30分。

 ガソリンは昨日入れたばかりなので、ほぼ満タン。

 夕刻まで時間は充分。帰ってシャワーを浴びる時間を考えても、3時間半ほど時間はある。

 天気はこの上なく良好。初夏のにおいが心地よく、日差しは澄んで世界は透明だ。

 次の日曜日は、バイクで海に、千賀子さんを誘おうと思っていた。その下見に、今日はうってつけの日だ。海沿いを流して、のんびり佇むことの出来そうなビーチと、ちょっと気の利いた喫茶店を探しに出掛けよう。

 僕がゼファーのアクセルを回すと、エンジンは軽快に回転数を上げ、風を切って国道を疾走した。


「ねぇ、マスター。どうしてこの店は西向きの窓を作っちゃったの?」

 2人並んで座ったカウンターで、千賀子さんが眩しそうに目を細めながら、少し不満げに、でも声は笑いながら、Tomyさんに食ってかかる様に質問する。

「どうしてって、そんなの前のオーナーに訊いてよ。ここ、居抜きで始めたんだから。前のオーナー、誰だか知らないけど」

「信じられなーい。室内でご飯食べながら日焼けしちゃうとか、有り得ないんだけど。日焼け止め、塗ってきてないし」

 本日の早めの夕飯はチリ・オムレツ。マッシュルームとチーズたっぷりのオムレツにお店特製のチリソースがこれ又たっぷり掛かっていて、ライスと一緒に頂く。

 2人のカウンター越しのやり取りを眺めながら、僕はオムレツをパクついていた。

「ちょっとぉ、リョウ君も、あたしのこと、ちょっとは心配しなさいよぉ。この歳になると、紫外線は女の敵なの。分かる?それをどーして、何が悲しくて日焼けしながらサラダ食べてんだか」

 千賀子さんはワザとらしく「はぁ」と大袈裟にため息をついて見せて、彼女の注文したチキン・コブサラダの蒸し鶏に、フォークをザクッと突き刺した。

「じゃあ、奥のテーブル席に移動する?マスター、良い?」

 僕がそう言うと、千賀子さんはかぶりを振ってそれを却下した。

「そういう問題じゃないと思うな、あたしは」

 僕が海岸線をバイクで流してから、一度アパートに戻ってシャワーを浴び、徒歩で店までやって来たのが丁度オープン時間。その5分後に千賀子さんもやって来た。

 千賀子さんはいつもの会社帰りのスーツ姿ではなく、今まで見たことのない白いノースリーブのワンピースに、デニムのジャケットを羽織っていた。

 ワンピースの首は、胸の少し上までかなり大きく開いていて、どうしてもその襟元に目が行ってしまってドキドキするのだけれど、目を逸らすのも何だかわざとらしい。

 彼女も一度帰ってシャワーを浴びてきたのだろう。仄かな石鹸の香りがする、ほとんど化粧もしていないすっぴん状態の千賀子さんは、それはそれであどけない感じで、正直、26歳の年齢より随分と若く見えた。

 千賀子さんが化粧を落とした素顔で自分に会ってくれるのは、素直に嬉しいと思った反面、少し不安になったりもする。ひょっとして、僕は既に弟みたいな身内的存在なのか?って。

「そう言えば、リョウ君も随分日焼けしちゃってるね。どうしたの?」

 千賀子さんは、オレンジのタンクトップの僕の腕と首との、赤と白のコントラストを見て、少し目を丸くして見せた。そして僕の二の腕の赤く日焼けした部分を、人差し指でチョンとつつく。

「イテッ」

 千賀子さんは慌てて「ごめんごめん」と笑いながら謝ると、「にしても、また、酷く焼けちゃったね」と更に人差し指をこちらに向けて、つつく真似をする。

「どうしたのか言いなさいよ」

「分かった、分かったから、止めて。ほんとに。マジで痛いから」

 僕は、今日、暇を持て余して、上着も着ずにTシャツのまま3時間ほどバイクを乗り回していたことを話したが、特に何処で何の為にとは言わなかった。

 次の休みに、千賀子さんを誘って海に行くために、その下見に行っていたなんて、格好悪い気がして言える訳もない。

 千賀子さんと、この店で知り合ってやがて半年。最初は唯の飲み友達。1か月前に初めてキスをした。キスをしたというより、キスをされた、と言った方が正しいのかもしれない。

 何があったか知らないのだけれど、その日、千賀子さんはしたたかに酔っぱらって、僕も付き合わされて同じくらい酔っぱらった挙句、彼女を自宅まで送り届けることになたのだが、深夜1時頃、彼女の自宅前で拒む間もなく、いきなり唇を奪われた。

 まぁ、実際のところ、拒む気も無かったのだけれど。

 そしてその週のうちに、何となくステディとして付き合う様な雰囲気になったはいいが、その後これまで1か月、ソフトキス以上は進展していない。それでも変に余所余所しくなった訳でもなく、仲は良いのだ、多分。

「バイク乗りの人って、ほんと、そういうの好きよねぇ。楽しそうなんだけど、あたし、バイク乗ったこと無いしなぁ」

 あれ、何だか良い流れだ。別に撒餌をしたつもりはないのだけれど、ちょっとバイクに興味を持ってくれているかもしれない。乗りたいなぁってことかな?

「あのさ千賀子さん、今度の日曜日、休み?何か予定ある?」

 僕にとってはかなり勇気を振り絞った方だ。この一か月、お店で一緒に夕飯を食べたり、お酒を飲んでお喋りをしたり、そして散歩がてらに彼女の家まで手を繋いで歩いたりはしていても、大体2~3時間の短いひと時・・・。本当は一日中彼女を独占したいと熱望している僕が居る。

「え、ああ、うん。お休みだけど。特に予定も無いわよ。どうして?」

 ん?『どうして?』っておかしくないか?誘っているのに気づいてない?僕が彼女の気持ちを読み違えたのか、それとも彼女が敢て恍けて見せているのか、少しだけ気持ちが萎えかける。いや、萎えるというより疑心暗鬼、自分に対して、彼女に対しても。

「日曜日、もし暇ならさ、バイクでどこか行かない?」

「ほんとに?行くっ」

 千賀子さんの顔が急にパッと明るくなった。僕の心もホッとした。

「リョウ君のバイクの後ろに乗っていいんだよね!」

なんだ、僕の勝手な杞憂だったか。その後は舞い上がりっぱなしの僕。

 舞い上がった挙句、調子に乗って今日あったことをぺらぺらと喋ってしまう。

 高速を使って山越えをして東海岸を目指すと、30分程度で海岸線に到達する。 そこから南向に海沿いを走ると、南からの海風が向かい風になって恐ろしく気持ち良いこと、そして夏前の乾いた日差しと、パーラーで飲んだ瓶のコーラ・・・。

「それでさ、まだ海水浴場もオープンしてないからさ、ビーチも人が少なくて、凄くいい感じなんだ。綺麗な夕陽が眺められそうなところがあってさ。もちろん今日は見れなかったけど、あそこで夕陽を見たいんだよね、コーラ飲みながら・・・」

 そこまで話して、しまった、と思ったが、そんなこと、彼女はすっかりお見通し。

「じゃあ日曜日はそこに連れて行ってくれるのね」

 はぁ・・・やっちまった。格好悪いことこの上ない。

 しかし千賀子さんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、はしゃぎ気味に

「すっごく楽しみ。バイクの後ろって、何着て行けばいい?スカートはダメよね?ジーンズの上下でいいかしら?暑いかな?ねぇねぇ、どんな風にして来れば良い?あ、それとヘルメット持ってないよ」

 最後でちょっとズッコケそうになった。

「そりゃあバイク乗らない人がヘルメット持ってたら、それはそれで可笑しいでしょ。大丈夫、もう一個あるから」

 千賀子さんは「あ」という表情をして見せて、「そっかそっか」と頷いた。それから今度は「ん?」と首を傾げ、僕の顔を覗き込むようにして訊ねる。

「ところで、君はどうしてヘルメットを2個も持っているの?ひょっとしてぇ、女の子、ナンパでもして乗っけるためですかぁ?どうなの?このスケベ」

「はぁ?そんな訳ないじゃん。バイク乗りっていうのは、大概2~3個はヘルメットは持っているものなんだよ。フツーは」

「本当にぃ?怪しいなぁ。ねぇ、マスター、どう思います?このナンパおとこ」

 マスターはニヤッと笑って意地悪そうに、擁護してるつもりなのか、揶揄っているのか、ちょっと何言っているか分からないことを言う。

「いやいや、遼一くんにそんな甲斐性はないから心配ない。寧ろ、小心者で良い奴だ。それは私が保証する。それにこいつは千賀ちゃんに首ったけだから、そうゆう意味でも、更に、全く、これっぽっちも、芥子粒ほども、心配は、無い。それにほら、ちゃんと見ててごらんよ、さっきからずっと、両目から、千賀ちゃんに向けて、『好き好き光線』出っ放しだから」

 うーん、多分当たっているだけに、顔から火を噴くほどに恥ずかしい。おじさんはデリカシーがないから困る。おじさんと言っても、おそらく千賀子さんよりちょっと年上くらいだとは思う。それでも十二分に人生経験豊かな大人な感じだ。

 それにしても、二十歳の僕が一所懸命に背伸びをして千賀子さんと上手に付き合おうと頑張っているのに、余りといえばあんまりだ。

 そんな僕にはお構いなしか、千賀子さんは冗談っぽく僕をまじまじと見詰めて、「困った顔するリョウ君、かわいいなぁ」と笑った。

 何ともあっけらかんとそういうことを言ってしまう千賀子さんに、僕は即座にふにゃふにゃと、またたびを与えられた猫みたいに征服されてしまう。

 しかし心の中でこうも思う。果たして彼女にとって僕は、単なる暇潰しの相手なのか、それともやっぱり男としてではなく少年としてしか映らないのか、将又はたまた、彼女も僕を持て余しているのか、と。

 本当は僕だって、千賀子さんにハッキリと「好きだ」と言いたい。彼女ともっと沢山キスもしたい。それどころか、もっとエロいことを想像してしまうし、それをしたいとも思っている。

 でも何故だろう、その一言が言えないし、抱き締められない。

 本当はその理由も自分では分かっているつもりだ。

 自信が無く、小心者なのは、マスターが言った通りだと自分でも思う。

 まず、僕には女性経験がない。

 初めて付き合った女性が千賀子さんだ。

 それでも彼女に笑われたくない。

 そうは言っても、年上の彼女相手に何をどうすれば良いのか分からない。

 最初のキスの時の様に、千賀子さんからのアプローチを待っているのは否めない。僕はズルいのだ、多分。

 千賀子さんが本当に僕のことを、恋愛対象としてみてくれているのか量りかねている。というか、例えば彼女が僕のことを誰かに紹介するときに、果たして「あたしの彼氏」と言ってくれるのか、そんなことを考えてしまう。

 それと、3か月くらい前(まだ付き合い始める以前だが)、彼女が友達の結婚式帰りという日に一緒に飲んだ時、「いいなぁ、結婚かぁ。あたしも行き遅れたくないなぁ」と言っていたことは、僕にとってかなりのプレッシャーになっていた。僕はまだ学生で、この先、就職なんかも、まるで見当が付いていない。

 そう、それぞれ全ては、僕の意気地の無さに起因している。

 それでも、僕は千賀子さんのことが好きで、キスがしたくて、裸が見たくて、更に、当たり前だが、SEXがしたいのだ。


つづく

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