俺がやりたいこと
♪♪♪
【純】
「西山。あれ? 今日もいないのか」
ホームルームの出席に彼女の返事はない。もう2週間だ。西山が学校に来なくなった。
……絶対あいつのせいだ。
そう睨みつけるも、現場を見たわけでもない。だから確証をつけるためにあの日学食へ行った富山さんを訪ねた。するといきなり頭を下げられた。その現場を目撃したと、声を震わしながらも当時のことを語ってくれた。
「ありがとう」
「あの」と恐れながら呼び止められた。
「わたしが言ったことは秘密にしてもらえませんか?」
それを聞き入れることはできなかった。結局俺は切島先生に全部話した。職員室ではなく屋上で。
「おかしいとは思っていたが、お前の予想通りになったな」
「最悪ですよ」
「トイレに連れ込んで事を為すとはまったく狡い奴らだ。でもいじめ問題に関しては学校側は不問にするだろうな」
都合の悪いことは消す。いじめ撲滅を唄っているがそんなのは表面上に過ぎない。裏で生徒間でトラブルが毎日起こっている。
「私の職場がなくなるのもなー」
「それでも教師ですか?」
「ははは」
突然笑い出した。何かおかしな事でも言ったか? 俺は真面目に話しているのに!
「そう睨むなって。いやなに、お前が熱くなるのが珍しいから。もしかして西山のことが好きなのか?」
「だったらなんです?」
「青いなーってな」
タバコを灰皿ですりつぶし、クスッと笑みこぼす。教師なのに生徒の前で吸うなよ、とツッコむところだが、番長気質を漂わせるこの人ならイメージ通りだ。
「しゃーねな。上には報告しとくわ。私の立場でどこまで通るかわからねぇけどな」
生徒のために動いてくれる。これでこそ真の教師ってもんだ。……いじられたことは不問にするとしよう。
「お前はどうするんだ?」
もう一度話し合って変わるんだろうか? 俺は全く迷惑だなんて思っていない。けどそれを言って解決できる問題ではないはず。じゃあ俺に何が必要なんだ?
「そんな深く考えなくて良いんじゃないか?」
授業で生徒を指名するかのように指さした先生。
「そのままお前の思っている言葉をぶつければ良いんんだよ!」
「それで解決できますか?」
「そんなもん、知ったこっちゃねえが、素直な気持ちが一番だろ」
問題はもっと複雑かもしれないのに、そう言いきる先生がかっこいいと素直に思った。
俺は同じ境遇ではないし、西山明音にはなれない。つまりは第二者あるいは第三者としての意見しかわからない。ただ素直な気持ちというのは俺の言葉だ。個人がその人のことをどう想っているかで変わる。行動にもそれは如実に現れる。ましてや女の子として気になっているのなら尚のこと。
「伝えきてます! 俺の想っていること全てを!」
「ふーん、なら行ってこい! 東の方は任せろ。きついの一発ぶちかましてくるから」
「問題にならない程度で、反省させておいてくださいね」
先生は思いっきり背中を叩いた後に屋上を出た。
空を見上げるとちょうど雲から太陽の光が差してきた。
――俺がいる。
そのことを伝えるためにすぐに駆け出した。
向かうはもちろん西山の家。さっきは昼休みだからまだ授業がある。けどこの勢いを殺したくはなかった。
インターホンを押す。出てくれたのは西山は西山でも母親の方だった。
「同じクラスの白崎純です。西山明音さんと話したくてきました」
「……お引き取りください。娘は今話せる状態にありません」
ここまで来て「はい、そうですか」なんて言えない。ひたすら説得を続けた。
「お願いします。話をさせてください。西山は俺にとって大切……というか輝いている存在なんです。ピアノを弾いている姿とかオムライス大好きなところとか彼女にはいっぱい魅力があるんです。でもそれがクラスメイトにはなかなか伝わらないだけなんです」
全てわかったつもりで話しているわけではない。先生が自分の気持ちをそのまま言え、とのアドバイスを受けて想いをぶつける。駆け引きなんていらない。
――と、玄関のドアが開かれた。
キリリと鋭い目つきの母親は俺を物見するかのように見てきた。そして小さく頷くと「あなたは助けてくれるの?」と尋ねられた。
「もちろんです」
「同情心から? それだったら結構よ」
「同情なんかじゃありません。……彼女のことを大切に想っているからです」
「あなたがピアノをやらせたのは何の意図があるの?」
「好きだからです。目が見えないのは弱点じゃなくて彼女の武器ですよ。責任なら俺が取ります」
それ以降母親からは何にも言われなかった。そして納得してくれたのか上がらせてくれた。自分の娘には安心安全な生活を送ってほしい。それが障害者の子なら尚更に過保護になる。でも、俺は西山の意志を尊重したい。輝いているあの姿をなくしたくない。
「ありがとね」
「いいえ俺の意志ですから」
高校生が全責任を取るって何言ってんだとも返される予感もあったが、確固たる自信を読み取ったのかそこで安心してくれた。俺も一息ほっとして彼女の部屋に向かった。
二階の音符の立て看板が吊り下げられている明音の部屋。軽くノックした。
「俺だ、西山さん。白崎純だ」
「白崎君……何しに来たの? 言ったでしょ、もういいって」
「話がしたいんだ。だからここから出てきてくれないか?」
「……放っておいて」
「……俺は迷惑だなんて思ってない」
「嘘だよ」
まったくここで強情になるんだから話しにくいってもんだ。勝手に思い込んでこっちの気も知らないで。……そういう彼女は本当に、
「見えてないよ。何にも。今の西山は独りよがりになっているだけだ。少しは相手を信じてみろよ!」
目が見えないことで、視覚の部分を他の感覚で補うしかなかった。ピアノでは一つ一つの音を探し当てるのも困難だ。引き馴染みのある曲はできても別曲に変われば指が止まる。でも二人ならどうだ?
見えない音を指摘できる。プロではないからレベルの高いものは望めないが、それでも正解の音へ導ける。いわば二人三脚の状態。
普段の生活だって同じこと。手を引いて誘導する。点字で気持ちを伝える。すべては気持ちの問題だ。やろうという意志があればできないことなんてない! それを教えてくれたのは他ならぬ彼女だ。
「何で思い込んじゃうだよ。俺は本当にやりたくてやってるんだ」
「そんなこと……ならそっちも勝手だよ! わたしは白崎君のことを心配してーー」
「俺はピアノが好きだ。君のガムシャラに弾く姿が好きだ。だからそのためだったら傷つけられても構わない」
そっちも自分勝手ならこっちも遠慮なく言わせてもらう。
心配してくれるのはありがたいし、彼女が優しい人と本当に思える。だが、その思い込みは他人を傷つけまいとするもの。それが逆に足枷になっているなら、横に立つ存在になればいい。
ずっと気持ちがモヤモヤしていた。将来の見通しなんてなくて、平坦な人生が続くと思ってた。フラットで当たり障りのない毎日。そこに音を加えたのは西山明音という少女。彼女と話すたびに心が温かくなった。そのひたむきさが間違いなく俺の心に響いたんだ。
「君の特等席は、誰にも譲る気はない」
もう妥協した生活なんていらない。君と一緒に輝きを掴みたい。
「ずるいよ。強情だよ。そんなこと言われたら何にも否定できない」
部屋の明かりがつけられる。その後にゆっくりと扉が開かれて顔を覗かせた。
目が腫れて顔全体が赤くなっている。
「笑ってよ。君は笑っている方がかわいいよ」
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