第七章 ②
「............もう、朝かな」
私はベッドからゆっくりと身体を起こすと、そんなことを言い、寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡した。しかし、そこには太陽の光など何処にもなく、私の視界に映るのは、距離およそ十数センチの手のひらがかろうじて目視できる、それほどの闇だった。
私は、足元もほとんど見えない状態のまま部屋の入口付近まで行き、シーリングライトのスイッチを押した。するとたちまち部屋は人工的な光に包まれる。すっかり暗闇に慣れて閉まっていた私の目は少しだけ眩むも、数十秒のうちに明順応を完了させた。
そして、私は壁にかかっていたアナログ式の時計を確認した。指し示す時間は......およそ五時十五分。昼前から眠っていたことを考えると、少し寝すぎてしまったように思える。
まあ、別に何をするわけでもないので構わないけど、一応人様の身体なのだから健康面などには配慮しておきたい。
......とはいえ、これから半日近く何をしようか。先ほども言った通り、この身体は人様の、それも蘭ちゃんの身体だから、あまり変なことはできない。
外に出て何かをするのもいいが、ここまで暗くなっては、いくら高校生とは言え、一人では危険だ。
と、少し頭を悩ませていたその時、私はとあるものを見つけた。それは、定期テストの範囲表だった。デスクの上に貼られていたそのプリントを眺めていると、見覚えのある教材の名前などに懐かしみを覚えた。
「そっか、もう学年末の時期だもんね。............勉強、しますか」
それが本当に蘭ちゃんのためになるのかは正直分からないが、少しでも蘭ちゃんの為になることがしたい。私はそう思ったので、テスト勉強をすることに決めた。
まあ、とは言っても、さすがに私の勝手な判断でノートなどを消費してしまうのは忍びないので、暗記系の科目を勉強することにする。
卓上ラックにはノートや参考書などが綺麗にまとめられており、その配置を崩さないようにと私は、一冊一冊、なんのノートなのかをチェックしていく。
現代文に数学I、生物基礎に化学、英語表現ときて........あれ?
私は、手に取った六番目の橙色のノートに対して首を傾げた。何故なら、そのノートにはそれまでのように教科の名前が書かれているわけではなく、英語の筆記体で、『Diary』と書かれていたからである。diary。英語......というか勉強が苦手な私でもこれくらいの単語は分かる。日記帳だ。
しかし、このご時世に日記を、それもノートに書く人がいたとは思わなかった。しかも、よくよく見ると、タイトルの隣に小さくvol.4と書かれていた。ということは、ノートが一冊百ページだとすると、少なくとも三百日分の日記を書いていることになる。これは凄いなあと感心する傍ら、私はこの日記帳の中身が気になってしまった。
......が、いくら何でも他人の日記帳なんて簡単に見ていいものではない、ということは心得ている。それも女の子、ましてや高校生のものとなればなおさらだ。
しかし、私の中の天使がそんなことを言っていても、気になるものは気になる。まだ確定したわけではないが、私は、もう少しでまたこの世界から消えてしまうのかもしれない。それだったら、冥土の土産に、少しくらい覗いても蘭ちゃんは許してくれるのではないだろうか。
そんな悪魔の囁きが聞こえた時にはもう、私はvol.1のノートを探し始めていた。
「......あった、これだ」
それから十数分後、机のいたるところを探して、vol.4以前の日記帳をすべて見つけることができた。私は、一息つくとすぐに、vol.1の一ページ目から順に、目を通し始めた。
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