第一章 ④

———————    前書き   —————————————————————   

読者の皆様、こんにちは。作者の茜屋です。

この度は模造品のリナリアをお読みいただき、ありがとうございます。

さて、挨拶もほどほどにして、今回急に前書きのスペースを取った理由についてお話をさせていただきます。それは、本日のこの小説の更新についてです。

今までは基本一日一話ずつの更新となっておりましたが、正直第一章はストーリーの進展がほとんどなく、退屈なさっていることと思います。そこで、本日の模造品のリナリアの更新は第一章すべて+第二章①の更新にさせていただこうと思います。

また、それらの更新は一気に行うのではなく、第一章④更新の時間から一時間ほどずらした投稿時間で投稿しようと思っていますので、是非お読みいただけるとうれしいです。

それでは、模造品のリナリアの世界をどうぞお楽しみください。

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「なあ、紫水」


 ロッカー兼靴箱がある校舎の一階へと向う階段の途中、俺はおもむろに口を開いて、紫水に話しかける。


「なんですか、先輩」

「いやさ、この後何か予定あるか?」

「えっ? .........いや、ないですけど」


 俺の急な質問に、紫水は少しだけ取り乱して答えた。まあ確かに、俺がこいつにこんな質問をするのは初めてだから、返答に困るのは必然だろうけど。

 故に、俺は特にそんな紫水の態度は気にせず、話を進める。


「ならさ、一緒に『あそこ』行かねえか」

「...............あそこ、ですか」


 今の一言ですべて察したようだ。伊達に約一年間一緒に過ごしてはいないなと、なぜか少しだけ嬉しく思った。

 そして、察したからこそ、紫水の顔は少し暗くなった。

 そりゃそうだ。あそこは、三人の何気ない思い出の場所なんだから。


「......また、どうして急に?」


 数秒の沈黙ののち、紫水は俺にそう問うてきた。

 まあ、その疑問ももっともなものだろう。

 だって、あそこ......いや、あのファミレスを遠ざけていたのはまぎれもなく俺だったのだから。

 俺の幼馴染である悠姫が幽霊部員になってから......つまり、亡くなってからは、それまでトリカブト研の三人で行っていたファミレスには全く足を運ばなくなった。

 なぜ行かなくなったかは.........言わずともなんとなくは分かるだろう。

 そして俺は未だに、心のどこかでは悠姫を亡くしたことを信じられていないきらいがある。もう、あいつがこの世を去ってから半年は経つというのに。

 けど、そんなのでは駄目なんだと、自分でも薄々感じていた。

 だから、俺は。


「ちゃんと別れたいんだよ、悠姫と」


 俺の中にずっと残ってしまっている悠姫が今どこにいるかは分からない。

 けど、あいつとの記憶が一番残っているのは、『あそこ』だったのだ。


「そう、ですか」


 紫水は、複雑な表情を浮かべる。

 哀しそうで、ほんの少しだけ嬉しそうで。

 でも、その複雑に絡み合った表情からは、紫水が俺の言葉にどんな感情を抱いたかは読み取れない。ただ、一つだけ分かることと言えば、彼女は嬉々としてファミレスには行きたがってはいないということである。まあ、当たり前と言えば当たり前のことだろうけど。

 再び、俺と紫水の間には静寂が訪れる。今の話題の後だからだろうか。先ほどと比べて若干居心地が悪くなってしまっている。

 しかし、今はそんなことは気にならないくらいに不思議なことがあった。

 それは、俺たちの周りに人が一人もいないということだ。それはもう、門限なぞとっくに過ぎてしまっているかのような。普段ならもっと様々な部活動が活気にあふれているのだが......不気味だ。

 と、そんなこんな考えていると、俺と紫水は一階に到着した。一階に出ると、目と鼻の先に玄関がある。だからこそここはもう少し人の気配があると思っていたのだが、やはり話し声はおろか、ロッカーを開け閉めする音すら聞こえない。

 本当は門限を過ぎてしまっているのだろうかと、ほんの少しだけ、不安を覚えた。......その時だった。


「!」


 不意に、職員室に続く廊下から人の影が見えた。それは、がたいから見るに男のもののようだった。しかし、それが果たして生徒のものなのか、はたまた教師のものなのかということは分からない。まあ、十五を過ぎた男子の体格というのはほとんど大人みたいなものだし仕方のないことではあるが。

 と、そんなことを考えているうちに、その影はどんどんとこちらの方へと向かってくる。開けた玄関では下手に隠れようとしてもすぐにばれるし、そもそも隠れる必要があるのかも微妙なところなので、俺と紫水はその人間と対面することに決めた。そして数秒後、ついにその人の全体像が見えた......のだが。


「......ん? おお、詩遠じゃないか。どうしたんだこんなところで」


 なんとその影の主というのは、いつも教室で爽やかな笑顔を浮かべている篠原だった。


「いや、部活が終わって帰る途中だけど。というか、篠原こそ何してたんだ?」


 俺は少々困惑しながらもそう受け答えをする。すると篠原は珍しく笑顔を崩し、苦笑いを作って後ろ髪をポリポリと掻きながら、答える。


「サッカーの自主練。本当は詩遠が乗ろうが乗らまいが買い物に行く予定だったんだけど、よくよく考えたらもうテスト近いじゃんってことに気づいて図書室で勉強してたんだ。

 けどまあ、お前なら想像に難くないと思うけど、結局すぐに飽きちゃってな。グラウンドに出て適当に練習してたってわけ」


 ああ、なるほど。そしてその後顧問にでも見つかったということなのだろう。けどそれよりも、今がテスト前だということを今日認識したのはだいぶ不味いのでは? とは思ったが、俺はそこまでで思考を止めた。先ほど部室でも思ったことだが、悲しいことに俺は他人の成績の心配をできる余裕なんてどこにもない。


「......んで、詩遠も彼女さんとよろしくやるのもいいけど、もう門限とっくに過ぎてるから早く帰った方がいいぞ」

「よろしくやる......って、俺たちはそんな関係じゃないぞ.........ん? お前今門限が過ぎてるって......」

「ああ、言ったぞ」

「今、何時だ?」


 半分自問するような形でそう呟くと、俺がスマホを開くよりも前に、篠原が答え

た。


「六時......十分だな」


 まずった......! 篠原の言葉を聞いた瞬間そう思った。なるほど、玄関に人が全くいないのも、門限が過ぎているからだと言われると合点がいく。まあ、それにしてもいつ部室の時計がズレたのかは謎のままだが。

 ......しかしそうなると、こんな職員室の真横でこうやって会話するというのはかなり危ない行為なのでは......?

 そう思うと、俺は無意識のうちに紫水の手を引いてその場を後にしていた。


「すまん、篠原。今日はこのあたりで」

「なんで俺の手は引いてくれないんだ?」

「お前はもう叱られたからどうでもいいだろ」

「はは、そりゃそうか。じゃあ、気をつけてな」


 最後の最後まで突っかかってきた篠原だったが、最後のあたりではしっかり声のボリュームを落としてくれていた。まったく、よく分からないやつだ。......と、ロッカーの群に中に入り一息ついたところで、俺は後輩の手を無理やりとっていたことに気づき、慌てて手を離した。


「す、すまん紫水。ついうっかり......」

「.........大丈夫です」


 すると紫水は、そうとだけ言うと自分のロッカーを目指して去ってしまった。急のことだったとは言え、良くないことをしてしまった。あとでちゃんと謝ろう。そう心に決めると、俺はあまり音を立てないようにロッカーの番号錠のダイヤルを回し始めた。

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