第40話戦慄

 それからも続々と番号が呼ばれていき、ついには俺の番まで回ってきた。全くと言っていいほど番号が呼ばれないので、もしかしたら忘れられちゃったのかな〜? とかちょっとだけ不安に思ったりもしたけど、ちゃんと呼ばれて一安心。でも、ここからが本番だ。

「新藤殿。頑張るでござるよ!」

 オタクくんは神様にでも祈るような眼差しを込めた目で俺を見てくる。じゃんけんで頑張ることは出来ないと思うけど、いい成果を持って帰りたいとは思う。だから俺は、「おう」とだけ返し、テーブルの方へと踵を返して進んでいく。

「それじゃあいきますよ〜!」

 何度聞いたかわからないお姉さんの掛け声とともに、俺はじゃんけんのアクションを起こす。

「最初はグー! じゃんけんポーン!」

 結果。俺はパーで、相手はグーだった。よかった。これでなんとか、Bブロックの方は初戦で全滅しましたなんて報告を篠原にせずに済む。なぜだか俺はこの時、じゃんけんに勝った喜びよりも、篠原に文句を言われないことに対する安堵の気持ちの方が大きかった。

 まあでもそれは当たり前のことで、だって俺はこの優勝商品、全く欲しくないもん。逆に何故、篠原がオタクくんのためにここまでしているのかわからない。この前はあんなに口喧嘩していたのに……。どうも篠原の考えていることがわからない。

 何を企んでいるのか、わからない。でもま、部長殿がやると言ったのだから、部員の俺はただ従うのみなのだ。何故俺はこんなにも篠原に従順なのだろうと一瞬だけ考えるが、こちらに向かってくる篠原の顔を見たらすぐに忘れた。

「よ、篠原。勝ったか?」

 気軽に聞いてみると、篠原はドヤ顔で。

「もちろん」と口にした。

 さすが篠原。一回戦敗退なんて無様な結果は残さないか……。篠原は腕を組んだまま俺たちはジロッとみると。

「あなたたちは?」

 勝ったの? とでも言いたげな風に聞いてきた。それに対して俺は、篠原と同様に。

「もちろん」

 そう返す。しかしオタクくんはばつが悪そうな顔をして、だらだらと額から汗を流す。篠原はそんなオタクくんの表情から、なんとなく結果を察したようだ。しかし、だからと言って、そこで慰めの言葉をかけるような女じゃない。こいつはここで、追い討ちの言葉をかけるような人間だ。

 とても残酷で惨忍なやつなのだと、ここ数ヶ月でわかった。篠原はキッとオタクくんを睨みつけると。

「じゃああなたはどうなの? 勝ったの? 負けたの? 黙っていたらわからないのだけれど」

 詰めるように分かりきったことを聞く篠原。オタクくんは篠原に責められると、俯き目を伏せ。

「ま、負けたでござる……」

 かすれそうなほど小さな声で呟いた。けれど篠原はオタクくんの言葉を聞き逃さず、そこを突く。

「へえ〜。あなたのためにわざわざここまで来てあげて、あなたがこの中で誰よりもあの賞品が欲しいはずなのに、あなた”だけ”が一回戦で負けた。何というか、がっかりというかその程度の思いだったのかと言うか、とんだ期待外れね。まあ最も、はなから期待なんてしてなかったけど」

 こえーよ、ちょーこえーよ! 何これ? 聴く拷問? 頼むから社会に出ないでくれ。こんな奴が上司とかだったら一ヶ月でやめる自身がある。何故か篠原の拷問に、俺まで小刻みにブルブル震える。

 俺はものすごく居心地が悪いと感じながら何も言わずにオタクくんを見ていると、オタクくんは勢いよく額を地面に擦り付けると。

「ごめんなさいでござるぅぅぅぅうううう!」

 思いっきり土下座した。人の土下座を見るのは人生で二度目だ。こんなに短いスパンで、またしても他人の土下座を見るなんて思いもしなかった。オタクくんに土下座された篠原は、満面の笑みでオタクくんの負けを許す……。

 なんて甘いことはなく、ここぞとばかりに攻め立てる。

「態度ではなく、結果で示してほしかったわ。はっきり言って、失望した」

 えーっと、今これなんの時間なの? 正直俺から言わせれば、たかがじゃんけんで負けたぐらいで、何故こんなに責められているのかわからない。

 いや、なんとなくわかる。きっとこの前の口論で、篠原はオタクくんに少し言い負かされていた。だいぶイラついていたし、きっとその時の鬱憤を今ここで晴らしているのだろう。多分これがオタクくんじゃなく他の誰かだったら、篠原はここまで叱責しなかっただろう。他ならぬオタクくんだからこそ、ここまで責め立てているのだ。

 俺は篠原の怒りを宥めるように、横から口を挟む。

「まぁまぁ、じゃんけんで負けたのだってわざとじゃないんだし。それぐらいで勘弁してやれよ」

 こんなことを言うといつものように罵詈雑言がとんでくると思ったのだが、意外にも篠原は「わかったわ」と素直に引き下がった。

 そのことがものすごく拍子抜けで、思わず呆気にとられる。しかし次の瞬間、篠原は不敵な笑みを浮かべると。

「まだまだこんなの、序の口だしね……」 

 誰に言うでもなく、一人呟くようにそう言い残すと、Aブロックの方へ戻っていった。あれが序の口? いったいオタクくんをどんな目に合わせるつもりだ。篠原に対して恐怖心を抱きながらも、俺たちはのじゃんけん大会は第二フェーズへ突入した。

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