第14話ハム

「「…………」」

 突然の来訪者に俺たちが戸惑っていると、そのぽっちゃり生徒は俺の隣にどかっと腰掛けてきた。

 えぇ、あっち座れよ狭いんだよ! なんてことを言えるはずもなく、俺は手に持っているゲーム機をカバンにしまうと、両手を太ももにのせて話を聞く姿勢に入る。

「えーと、恋愛部へようこそ。ここは相談なんかではなく、あなたの恋愛を成就させる部活よ」

 篠原がそう説明すると、ぽっちゃりした女子生徒は「おお!」と歓喜の声をあげた。

「実際私たちに依頼してきた人間は、100%恋が叶っているわ」

「おお! そりゃすげえ」

 なんか詐欺みたいな言い方だな。まあ実際その通りなんだけど、来た人は一人だけだし……。まあいっか。俺は特に口を挟まず、二人の話に耳を傾ける。

「それで、あなたも好きな人がいるの?」

「うん、そうなんだよ。一つ上の金剛先輩って人なんだけどな、強面でマッチョで、スゲーあたし好みなんだよ。頼む! 手伝ってくれ」

 パチンと手を合わされながらお願いされ、俺と篠原は目を合わせる。それから篠原は立ち上がると、ひょいひょいと俺を手招きしてくる。

「なんだよ」

「ちょっとだけ席を外すわ。あなたも来なさい」

 手首を引かれ、かなり強引に廊下へ連れ出される。

「どうしようかしら……」

 廊下に出るなり顎に手を当てて考える篠原。一体何を悩んでいるんだ?

「どうって……何が?」

 疑問に思い聞くと、篠原は目を丸めて攻め立ててくる。

「何って、今の状況わかってないの? 恋愛部創設以来、初めての関門にぶつかっているのよ」

「創設以来って、この部活いつ作ったんだよ? てか関門ってなんだよ」

 なんだよと聞くと、篠原は露骨に苛立った雰囲気を出すと、睨みつけてくる。

「金剛先輩って言えばね、女子からモテることで有名なのよ。それに対してあの、なんだったかしら、ハム子さん? はどう考えても釣り合ってないでしょ。逆美女と野獣じゃない」

「お前ひでーな……」

 篠原の悪口に軽くひいてると、さらに続けて。

「それに、金剛先輩はあまりいい噂を聞かないしね……」

 不安そうに呟く。どうやらあまり気乗りしない様子だ。篠原は部室の中にいるハム子を扉の隙間から見ると。

「とにかく、彼女のためにもこの恋を諦めるよう誘導するのよ」

 強めにそう言われ、俺たちは部室に戻るとハム子の対面に座る。対面に座ると、篠原は淡々と落ち着いた様子で。

「えっとそれで、スーパーに売ってるボンレスハムに一目惚れした話だったわよね?

 大丈夫よ! あなたなら何もしなくても結ばれるわ」

 とてもひどい悪口をハム子に浴びせた。おいおい……。これでどうやって恋愛を諦めさせんの? ハム子めちゃくちゃキレてんじゃん。

「なんも大丈夫じゃねーんだけど! いきなりなんなの!? 誰がボンレスハムに一目惚れするんだよ! せめて加工前にしろよ!」

 そういう問題なのか……と思いつつ、俺も篠原に加勢するようハム子を貶す。

「篠原違うだろ。確か養豚場の豚に一目惚れとか、そんな話ですよねハム子さん」

 篠原の真似をするように言ってみたが、ハム子は怒りを露わにして。

「なんなのこいつらマジムカつくんだけど。今すぐプレスしたいんだけど」

 殺意剥き出しで、今にも飛びかかって来ようとしていた。まずい。あの巨漢に押しつぶされたら、篠原どころか俺まで圧死してしまう。流石に篠原もまずいと思ったのか。

「わ、わかったわ。それじゃあ明日の放課後、もう一度ここに来てちょうだい」

 問題を先延ばしにするようにしてハム子に言う。言われたハム子は、不満そうにしながらも「わかった」と言い残し部室を出て行った。

「おい、あんなこと言って大丈夫なのか?」

 俺は心配そうにして篠原に尋ねるが。

「こうでもしないと私たち殺されるところだったじゃない」

 怯えて様子で言ってくる。誰のせいだ誰の! 

「まあとにかく安心してちょうだい。一応策はあるわ」

 あまり自信なさげに言ってくる篠原。この前とは打って変わった態度だ。

「ハム子と金剛先輩とやらが付き合えるとは思えないけど、別に恋の手伝いをするぐらいならいいんじゃないか?」

 そのぐらいなら……と軽い気持ちで言ってみるが、篠原は呆れた表情で問いかけてくる。

「もしそれでハム子さんと金剛先輩が付き合ったらどうなると思ってるの?」

「どうなるって、幸せになんじゃねーの?」

 適当に答えると、これでもかと言うほどのでかいため息を篠原は吐いてきた。

「そんなわけないでしょ。歩くATMとして扱われるに決まってるわ」

 歩くATMって……。強く否定できないのが悲しいところだ。

「まあそんなわけで、あまり乗り気になれないのよ。もし付き合えても、幸せな未来が想像できないし……」

「わ、わかんないだろ。もしかしたら金剛先輩がデブ専って可能性も……」

「何その絶望的な希望的観測。そんなわけないでしょ、現実を見なさい」

 全くこれだから無能は、とでも言いたげなその呆れた表情に俺はイラッとくる。俺は可能性を提示しただけなのに、なんだってここまで言われなくちゃいけないんだ。

 もういいや、帰ろ。俺は床に置いてあるカバンを手に持つと。

「じゃあな」

 と言って部室を後にしようとする。すると後ろから。

「明日はお弁当を作るから、使えそうな具材を持ってきてちょうだい」

 なんてことを言われ、どう言うことだ? と疑問に思うがめんどくさいので何も聞かずに生返事だけして帰った。

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