リフレクト4②
「それで日向、今日は何の用だったんだ?」
「あっそうそう、二人に譜面を渡しておきたかったんだ。修正も大体は終わったし、そろそろ練習をはじめていいかなって」
日向はクリップで止めた紙束を並べ、それぞれのメンバーに手渡した。銀次に一つ、律には、二つ。
『under the highway』は、律がギターとベースの両方を担う形を取っている。といっても、二つの楽器を同時に奏でることは出来ないので、ベースは録音したものを流し、ステージ上ではギターを生演奏する。制作が一段落した今、最も負担が大きいのは、間違いなく彼だった。
その律が、譜面を読み進めるうちに、どんどん眉間にしわを寄せていく。
「厳しいな」
とうとうそうつぶやき、髪を握りつぶしながら頭を抱えた。
「ごまかしても仕方ないから言うけど、俺のレベルじゃ、ライブまでには間に合わないかもしれない。制作途中からなんとなくは覚悟してたけど、このギターソロの高低差とか、うわーベースも細けぇなぁ……」
いつになく弱気な彼に、しかし日向は、苦しそうに言い返した。
「今回はもう一度、全員が全員で主役になることを大切にしたかったんだ。だからソロパートで個々を、音の重なりでチームを魅せられるように工夫した。ビートの速さとリズムの細かさは、曲に勢いをつけるためには必要不可欠だろ。律には大変な思いをさせるだろうけど、曲を簡略化するなんて妥協は、絶対したくない」
話し合いは膠着状態にあった。だがその当初から、渚にはしきりに気になっている疑問があった。思わず声を漏らす。
「律さんの代わりに、日向さんがギターを担当しちゃダメなんですか? この間の時点で、既に弾き語りまでできるんだし、そのままステージに――ってこんなこと、部外者が口出すべきじゃないですよね」
あっけらかんと提言してから気付く。これはバンド内の重要な話であって、その場にいるだけの無知な子供が、横槍を入れるだなんてとんでもない。渚は軽率なお節介を恥じ入った。
すると銀次が、屈託のない笑い声を上げた。
「誰が部外者だって? 謙遜もほどほどにしろよ。俺は渚に一票」
日向が目を丸くした。
「あれは軽く合わせただけで、そんな、俺には無理だ」
「んあーっ、どいつもこいつも自分ナメすぎ。俺は技術云々よりも、気概と誠意でお前なら任せられるって言ってんだよ。黙って託されろ!」
不意に思い返す。銀次さん、さっき私のこと、みんなと同じように呼び捨てにしてくれたな。
「みんなそろって買いかぶりすぎだよ。俺のせいで、曲の質が落ちたりでもしたら困る。そりゃ、やりたくないって言ったら嘘になるけど……あんな綺麗にメロディーを奏でられるのは、律だけだ」
「あんなエネルギッシュにかき鳴らせるのも、日向だけだと思うけど」
ほいっ、と律が、片方の譜面を日向に返した。さらに慌てふためく。
「お前まで……」
彼は目前の譜面をまじまじと見つめ、それから銀次と、私と、最後に律の顔を見渡した。誰も何も言わなかった。言わなくても通じ合えた。
日向が、両手で譜面を拾い上げる。
「ありがとう、頑張るよ」
彼はしばらくの間、内から湧き出るいろんな喜びを、しかと噛み締めていた。
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