リフレクト4①
食器が触れ合う音に、無数のおしゃべりが溶け合っていく。昼下がりの喫茶店は、そのくぐもったBGMにひたひたと満たされていた。
不意に、ドアベルが鳴る。
「おー来たか律、こっちこっち」
目の前に座る日向が、振り向いて軽く手招きをする。だが直後、ガタッと椅子を引いて腰を浮かせた。
「銀次……」
律に続いて、銀次も亜麻色のドアを押し開けてくるところだった。彼がこちらに気付き、おのずと目が合う。だが気まずさを感じてか、すぐに逸らされてしまった。
二人が席に着く。おかげで四人がけのテーブルが、とても綺麗に収まった。
「まずは銀次、来てくれてありがとう」
日向が浅くお辞儀をする。渚も慌てて、それを倣うようで倣わず、より深々と頭を下げた。
「なんだよ水くせぇな。あん時は俺も頑固だったんだよ。お前らがこの子を応援するなら、それに乗っかるのが筋ってもんさ」
「つまりお前自身はまだ、渚ちゃんの介入に納得できてないんだな」
律はいつも、オブラートを引っ剝がす強さを持っている。
そんなタイミングで、丸眼鏡の店員が注文を取りに来た。後続組にお冷とおしぼりを配り、注文を紙に書きつけることなく聞いていく。よほど記憶力に自信があるのだろう。
完全に話の腰を折られたが、その間で、銀次は気持ちを整理できたようだ。
「たぶん、そうじゃねぇ。新しいことに挑戦する勇気と心の余裕がなくて、まだ悔しさやショックもちょっと残ってて、心で受け入れるのに時間がかかっちまっただけだ。でも実際の歌詞を見たとき、そういうぐちゃぐちゃした未練は、きれいさっぱり無くなった。技術や感性に圧倒されたというより、純粋にシンパシーを感じたんだろうな」
そう言って銀次は、おもむろに一冊の手帳を取り出した。机上を滑らせ、渚に差し出す。厚紙の表紙には、作詞用⑤、とだけ簡潔に記されていた。
「どうしても諦めきれなくて、実は俺の方でも、勝手に歌詞を書き進めさせてもらってた。それ見たら分かるだろうけど、俺はこの子と、ほとんど同じことを訴えてる。びっくりだろ。これでもパクリじゃねぇんだよ?」
渚は手帳を手に取り、パラパラと柔らかなページを繰った。指先を等速で掠めていく紙が、癖のついたある部分を開いて止まる。メモ書きの最後、最新の制作過程だった。
そこには、日向たちから聞いたエピソードや心情が、自分のイメージ通りに書き連ねてあった。というより、銀次が描きたかった曲想を、私がなんとか代弁できていたのだろう。束の間ほっとする。
銀次が渚に目を向けた。
「そいつはお前に渡しておく。よければ、新しいラスサビの参考にしてくれないか」
彼の瞳に、強く温かい感情が宿った。自然と背筋が伸びる。渚は思いのこもった手帳を、丁寧に受け取った。
鞄から顔を上げると、いつの間にか真横に店員が立っていた。気配を感じなかったのは、まあ気のせいかな。店員は紙のコースターを置き、結露を一滴も滴らせることなく、アイスコーヒーを給仕した。そのコースターには、華やかな黄色い花が描かれていた。
店員が去る。
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