midnight5③

「お前、彼女のことをどこまで知ってる」

「なんだい急に怖い顔しちゃって。僕が知ってるのは、事務所の隠しファイルにしまいこんであった情報だけだよ」

 極めて楽観的な声で言うと、望月は少し視線を緩めた。

「んでその調べによると、彼女はドイツ人の母を持つ日独ハーフで、このダブルハイフンで結ばれた二つの名前を持っているらしい。年齢も高卒すぐの十八歳だと偽っていたが、実際はまだ入学したばかりの一年生。それでも腕っぷしが強く、頭もよく切れたみたいで、新人ながら組織内ではかなり重宝されてたらしいよ。ま、それも正体がバレるまでの話だけどね」

「ちょっと待って……正体って、何?」

「え、組織を嗅ぎ回るスパイだったってことだけど」

「あっそゆこと」

 望月が身を翻し、棚に置かれたペットボトルの水をあおる。もしかして、焦っているのか。

 密かに彼を観察する類。目が泳いだ。あ、止まった。軽く深呼吸。冷静さを装おうとしているな。だがまだ若干、瞬きの数が多い。乾いた唇を舐める。水をもう一口。

 ああ、なんて面白いんだろう。こんなに切羽詰まった望月なんてはじめて見た。こっちが舌なめずりしてしまいそうだ。

 にやけかけた頬を引き締め、言葉を継ぐ。

「そういえば、何枚か写真も見たよ。隠し撮りされた変装前のものをね。十五歳でスパイとか、どんな怖いやつだろうと思ったけど、まだ本当に乙女って感じでさ。栗色の髪に青い目で、フランス人形みたいに整った顔だったよ。望月は、彼女のこと何か知らない?」

「なんで俺に聞くんだよ。情報収集はお前の仕事だろ」

「だから聞いてるんじゃん。裏社会の話は、望月の方が詳しいでしょ」

「そりゃまあ、お前よりは長くこっちにいるけど、そんな昔の話なんか覚えちゃいねぇよ」

「あっこれ、昔の話なの?」

「は?」

 はい、引っかかった。

「知ってるんだな。本当はちゃんと覚えてるんだろ。だったら教えてくれよ。北条沙羅がどこ所属の人間で、何のためにキメラに潜入し、なぜ突如行方をくらま――」

 類は不意に胸ぐらを掴まれた。そのまま床に投げ倒され、両腕を拘束される。腰から足先にかけピリッと刺激が突き抜けると、それで身体は動かなくなった。

「さすがは類、隙のない語り口と、隙だらけの身のこなしだ。ここまで勘付かれちゃしらを切る気も起きねぇが、お互い触れちゃいけない部分ってあるだろ。そろそろ手ぇ引っ込めないと、さすがの俺もブチ切れるぜ」

 望月がさらに四肢を締め上げる。

「いいか、類。俺の前では、二度とあいつの名前を口にするな。それともし、今後この件を詮索するようなことがあったら――」

 望月が耳元に顔を寄せる。漆黒の髪が、白い首筋を引っかいた。

「一秒とかけずこの世から消してやる」

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