midnight2
深夜もなお、光を絶やさない幹線道路。無数に並ぶ街灯を横切る度、黒塗りのスポーツカーの上を、幾つもの四角が滑っていく。
夜は好きだ。いくら夜目を鍛えても、あるものを全ては捉えきれない壮大な闇。燦然と煌めく街の灯火。相反するが故の、えも言われぬ雰囲気と高揚感。俺の仕事と、よく似ている。
不意に、後部座席から物音がした。ソーラー時計の表示はぴったり零時。予想より少し早いな。
「おはよう、錦川組の若頭さん。よく寝られた?」
がさごそと動いていたタオルケットが、途端、時が止まったかのように気配を消す。なかなか返事がない。まあ、こんな状況じゃ飲み込めないのも無理ないか。
「お前さん、今あの世にいると思ってるだろ。大丈夫。まだ都内すら一歩も出てねぇよ」
「……てめぇ、一体何者だ。俺を人質にとったところで、組の野郎どもが黙っちゃいねぇぞ」
「生憎だが、俺は望月の死神という者でね。仲間を返り討ちにされたくなかったら、その暴力的思考は早めに捨てた方がいい」
「はっ、望月の死神? どうせハッタリだろうが。そんな大物が無防備に姿を現すはずがねぇ」
軽蔑を含んで吐き捨てる若頭。だが、それ以上相手を罵倒することはなかった。
「まあ、俺のことはおいおい分かってくれるとして、まず経緯を説明してやらないとな。今回の依頼は、黒木組との商取引現場にて、お前さんを狙撃すること。抗争の真っ只中だから、動機なんてあってもないようなもんだよな。ともかく、俺は港に先回りして身を潜めた。先に黒木組、二分ほど遅れてお前さんがやって来て――」
「じゃあやっぱり、あんたが俺を殺そうと……!」
「してない。全っ然してない。たかがヤクザどものために人殺しなんて、こっちから願い下げだね」
あからさまに肩をすくめてみせる。若頭のきょとんとした顔が、バックミラー越しに見て取れた。
「ワイシャツの胸ポケットを見てみろ。ターゲットにはあらかじめ、血糊がたっぷり入った袋と、防弾素材の板とを重ねて忍ばせておくんだ。そこに弾を当てれば、袋が破れて派手に血糊が吹き出し、中に溶け込んでいた睡眠薬が揮発する。本人以外には効果が出ないほどのごく少量だがな。でもそのお陰で、誰も傷つけないまま、依頼人にはターゲットが即死したかのように見せかけられる。あっもちろん、血糊袋の中身は企業秘密ってことで」
呆気に取られたまま、左胸に手を当てる若頭。板の硬い感触が指先に伝わった。おそるおそる引き出す。黒い約五センチ四方の金属板には、そのど真ん中に、割れたシルバーブレットがめり込んでいた。
「これの事か。えらく小さいな」
感嘆と畏怖を揶揄に見せかけて、男が金属板を頭上にかざす。銀色の破片が零れ落ちた。
「本当にあの望月かどうかは別として、あんたの腕がチートってことはよく分かったよ。殺さずにおいてくれたのも恩に着る。だが俺をかっさらったところで、いったいどこに連れて行く気だ」
「ここ」
車のギアをパーキングに入れる望月。まばらに雑草の生えた砂利地の中だった。すぐ脇には、二階建てのオンボロアパートが建っている。
「もう薬は切れたみたいだし、一人で歩けるな」
「当たり前だろ、ナメてんのか」
「だから、そういう角の立つ言い方をしない。社会の基本だろ。まあ俺が心配しなくても、これからご近所さんに、くどいほど注意されるだろうよ」
若頭がはっと息を呑む。
「ご近所ってまさか、あのアパートに俺を住まわせるつもりか? なんでそんなことされなきゃならない。目的はなんだ」
望月の腕を掴み、矢継ぎ早に問い詰める彼。望月がその手を邪魔くさそうに払いのける。
「目的? そんなご立派な志はねぇよ。俺はただ、逃がし屋の仕事をまっとうしてるだけさ」
「逃がし屋? 殺し屋じゃなくて?」
望月がため息をつく。
「まったく、お前は一から十まで説明しなきゃ分かんねぇのか。ああそうだよ。依頼を受けたターゲットを殺すふりだけして逃がし、二度と誰からも恨まれないよう更生させて、俗世へ見送る。それが、俺の本当の仕事さ」
FILE01:逃がし屋・望月の死神
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