第6話

「と、そう言えば涼太。デートって初めてだろ?」


 制服に着替え終え、教室へ帰ろうかと荷物をまとめていたところに、佐原にそんなことを言われる。

 もちろん彼女自体が初めてできた俺は、デートなんて今まで無縁であった。


「あぁ。それがどうかしたのか?」

「いやいや、初デートってのは色々やらかすもんだから、ちょいとアドバイスしてやろうかと思ってさ」

「気が利くな」

「いや、まぁ。初デートで失敗ってのは辛いからよ」


 そう言う佐原の顔は、昔の事を思い出して感慨に耽っていた。


 まさかの恋愛コーチ、初デートを失敗させた経験あり。


 衝撃の事実だが、まぁそんなもんだろう。

 人は失敗した分だけ成長するものだしな。


「聞かせてくれよ」

「おう。じゃあよく聞けよ? いいか、『初デートってのは、攻めすぎても攻めなさ過ぎてもダメだぜ』」

「はぁ?」


 随分と抽象的なアドバイスで、意味が分からない。


「どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。初デートってのは彼女の数だけできるけど、笹山さんとの初デートは一回だけなんだから失敗すんなよ。まぁオレに言えるのはここまでだな。後は自分で考えろ、当日に」

「不穏なこと言うなよ」

「いや、当日になったらオレの言った意味が分かるはずだぜ。オレからもこれ以上のアドバイスはしたくてもできねーからな」


 言いたいことだけ言ってじゃあなと手を振る佐原。

 まるで何が言いたいかわからない。

 いつものアドバイスとは全く異なり、今回のは参考にならなかった。


「なんなんだ一体……」


 ちょっとした緊張感と共に、若干汗臭い部室に一人取り残され、嫌な感じだ。

 俺はそのまま部室の窓を閉めてその場を後にした。




 ‐‐‐




「『初デートってのは、攻めすぎても攻めなさ過ぎてもダメだぜ』か……なんとなく言いたいことはわかるけど、それって普段から言える事じゃないか? あえて初デートのアドバイスとして言ってきた訳が分からん……」


 独り言を漏らす休み時間in男子トイレ。

 幸い、誰も入っていないため、独り言を言いたい放題だ。

 というのはさて置き。


 やはり今朝の佐原の含みのある言葉が忘れられない。

 昨日まで土曜が楽しみで仕方なかったのに、急に怖くなってきた。

 何が起ころうとしているんだ、俺の身に……。


 そもそも攻めるってなんだ?


 手を繋いだりとかだろうか。

 いや、その程度で攻めるなんて、他ならぬ佐原が言うわけがない。

 あいつがあんなに神妙な顔つきをしてたってことは。


「……キス? そんな馬鹿な」


 流石にそれは攻めすぎだってもんだろう。

 でも、待てよ。


 初めから『甘えたい』だとか『お姫様抱っこ』で始まった俺たちの関係で、今更キスってなんなんだ?

 正直前者の方がよっぽど攻めたプレイだろう。

 いやいや、冷静になれ。

 あれはあくまでお題による指示の話だ。

 本心だったとはいえ、強制的にさせられただけだ。

 自らキスするのとでは、難易度が全然違う。


「ってか何、キスとか考えてんだ俺は……」


 どうかしている。

 デート前でこんなに悩むなんて、情けないったらありゃしない。

 俺はもうちょっと積極的な、頼りがいある男になりたいのだ。

 勿論先輩には甘える方が好きだが、モノにはメリハリが重要だ。


 ――『滝沢って童貞なんだ。キモ』


 と、不意に伊藤の言葉を思い出して悶えた。

 やはり同学年の女子にいじめられるのは嬉しく無い。




 ‐‐‐




「涼太、大丈夫? 顔色悪いけど」

「平気です」

「絶対うそでしょ」

「平気です」


 金曜の部活終わり、要するにデート前日なのだが、俺の意識は遠退いていた。

 なぜなら昨日からあまり眠れていないからだ。

 結局あれからも色々考えてしまって、精神疲労だけが増したという悲しい状況である。


 本来、次の日の部活がない上に、あと二日学校がないという最高な放課後なはずだが、上述の理由によってかなりコンディションを崩してしまっていた。


 先輩は心配そうに顔を覗き込んでくる。


「明日のデートなしにする?」

「とんでもない」

「おお、急に意識がはっきりしたね」


 食い気味に答えた俺に若干引いた様子の先輩。


 当然だ。

 なんだってそのデートのために、こんなに悩んで体調を崩しているのだから。

 肝心のデートが台無しなんて、意味が分からない。


「本当に大丈夫です。明日には元気になってます」

「やっぱり今は元気ないじゃん。部活の時もキャプテンの藤村に怒鳴られてたし」

「脳筋ゴリラにはいつも怒られてますけど」

「……先輩の事を脳筋ゴリラとか言わないの」


 つい佐原とかと話すノリが出てしまった。

 本当に頭が回ってないらしい。


「ねぇ、もしかしてデートに緊張してる?」

「違います」

「そこまではっきり言われるとちょっとショックかな。少しは緊張しようよ」


 この不調の原因は、デートに緊張しているからではなく、その際に俺の身に起こるであろう何かに対する恐怖によるものだ。


「笹山さんは、緊張してるんですか?」

「え、それは人並み程度には」

「なんすかそれ」

「……言葉の通りだよ。君は随分余裕そうだね」


 余裕? そんなわけがない。

 ただ単にデートへの緊張などという所まで配る神経がないだけだ。

 単純に容量オーバーなだけである。


「明日楽しみですね」

「ねぇそれ本気で思ってる?」

「当たり前じゃないですか。大好きな彼女と、二人きりで水族館デートなのに楽しみじゃない奴なんていません」

「今日はとことん照れないね」

「照れてますよ」


 ただ表情筋が死んでいて、言葉のマシンガンの引き金を引きっ放しなだけだ。

 きっといつか今日の事を思い出して、何であんなことを言ったんだと後悔するだろう。


「そう言えば足は大丈夫なの? 前に痛いって言ってたけど」


 思い出したように尋ねてくる先輩に頷く。


「笹山さんがあれから部活メニューを少し減らすように言ってくれたおかげで、だいぶ良くなりました」

「知ってたんだ」

「本当に感謝してます。他の部員も」

「あはは……藤村はやり過ぎちゃうところあるからね。そこがいいとこかもしれないけど」

「脳筋ゴリラですからね」

「だからそんな事言わないの」


 無理な話だ。

 そもそも本人以外、全部員が藤村先輩の事を脳筋ゴリラって呼んでるんだから。

 実際本人も気付いているし、気にもしてない。

 むしろゴリラって言われて誇らしそうなくらいだ。

 流石は脳筋。

 文字通り脳みそまで筋肉でできているらしい。


「あ、明日の待ち合わせって駅でいいよね?」

「はい。時間は……十時くらいですかね」

「うん、それがいいと思う」


 ということは、昼ご飯は一緒か。

 なんとなく先輩と食べるご飯はおいしそうだと思った。


「楽しみです」

「うん、そうだね」


 明日は、待ちに待った初デートだ。

 体調がマシになっている事を願おう。

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