借り物競走で部活の先輩マネージャーをお姫様抱っこした俺の末路
瓜嶋 海
プロローグ
「よーい、スタート!」
借り物競争がスタートした。
うちの高校の体育祭では名物として毎年借り物競争が開催されるのだが、何故か俺がクラス代表として出場することになってしまった。
最悪だ。
何故なら、この借り物競争が名物な理由は、お題が鬼畜で有名だからだ。
今までに出た酷いお題と言えば、『眼鏡をかけていて太った人』『一番体臭の強い教員』『使用済み1dayコンタクト』『白濁した液体』etc……。
最後の奴に関しては完全にアウトな気もするが、まぁ要するにそういうことだ。
観衆へのお題の公開が困難なモノから汚物まで、様々なジャンルに渡った借りたくないものを強制的に運んでゴールしなければならない。
そして、俺が引いたお題は観衆へのお題の公開が困難なモノだった。
俺は手に取った、
「おい、あいつこっち来るぞ!」
「なになに、何引いたんだあいつ!?」
「あの子バスケ部の子じゃない?」
俺は一応バスケットボール部に所属している。
少しは上級生にも顔が知られているのか、歩みを進めていくうちにどんどんと歓声が大きくなった。
そして、俺はそんな上級生のテント内の花道を通って一人の女子の前に辿り着く。
「え、
「
一学年上の先輩であり、部活のマネージャーである女子に俺は頭を下げる。
「一緒に来てください」
『うおおおおお!』とテント内が盛り上がった。
先輩は困惑したようにこそこそ尋ねてくる。
「何引いたの?」
「言えません」
「……悪口?」
「いや、違います」
言えないのはこっちの事情だ。
別に『臭い人』とか『不細工な人』とかを引いたわけじゃない。
それに先輩は良い匂いだし超美人だ。
基本的に悪口の類には当てはまる人間じゃない。
と、あまり時間を潰すのもよくない。
腐ってもこれは競争なのだ。
俺はクラスの希望を背負っている。
「笹山さん、失礼します」
「え、ちょっと、恥ずかしいよ!」
俺が先輩をお姫様抱っこすると、観衆はこれまでにない盛り上がりを見せた。
「なんでこの抱え方!?」
「指示です」
「そんなルールあったっけ!?」
俺に聞かれても知らない。
わかるのはただ一つ。
俺が引いたのは近年稀にみる超最悪のお題だったという事だ。
先輩を抱えたまま、颯爽とテントを抜け出した俺に、会場全体から割れんばかりの歓声が聞こえた。
そんな中、俺は先輩と共に堂々の一位でゴールした。
先輩の顔はずっと赤かった。
「……馬鹿」
最後に一言、そう言われた。
彼女の視線は俺の持つお題用紙に注がれていた。
‐‐‐
「うおお今日の体育祭楽しかったなぁ!」
「最後のクラス対抗リレーはアツかったよね」
「でも何と言っても……」
体育祭の競技種目をすべて終え、教室では余韻に浸る生徒たち。
そんな奴らの視線が、最後尾の窓際に注がれた。
そこに座るのは、他でもない俺だ。
「なぁ
俺の名前は滝沢こと
普段は特に目立った生徒ではない、ただのバスケ部の補欠に過ぎないが、今日は一味違うらしい。
「笹山先輩連れて行くって、どんなお題なんだよ」
「そうそう。『部活の先輩』とか?」
「『好きな人』、とか?」
「えーそれはやばいって! え、マジ?」
勝手に推測してキャーキャー騒ぐ奴らだ。
笹山綾乃先輩はバスケ部のマネージャーという事に加え、その美貌も相まって学校ではちょっとした有名人である。
そんな人を連れ出し、さらにお姫様抱っこまでしたのは波乱を呼んでしまった。
「教えてよー」
「断る」
しかし今、俺は機嫌があまり良くない。
というか、恥ずかしいのだ。
最後の最後で、先輩にお題の文字を見られたことが大問題過ぎて、他のことなどどうでもいい。
「でも今年は結構お題えぐかったらしいね」
「二組の圭也なんて『八倍希釈の塩酸』だったらしいし」
「三年生の先輩は『一番気持ち悪い男性教員』だったって話だぜ」
「え、それで吉田と走ってたのか」
薄っすらとクラスメイトの声が聞こえる。
他の奴らもかなり酷いお題を出されていたようだ。
だがしかし。
俺のお題と比べればキモい教員と走る方がマシなはずだ。
とかなんとか考えていると。
「おーい、涼太いるかー?」
教室の入り口で同じバスケ部の
「お、いたいた」
奴は俺を見つけるとずかずかと入ってきて、隣にやってきた。
顔にはニヤニヤとした笑みを張り付かせている。
「さっきは大胆だったな。まさか笹山さんをお姫様抱っこなんて」
「やめろ、忘れてくれ」
「んなことできるわけねーじゃん。今日はきっと部活でもみんなに集中砲火されるぜ? よかったな」
「どこがだよ……」
何がうれしくて自らいじられ役を買って出るというのか。
早くもため息が漏れる。
しかし、佐原は俺の耳に寄ると、小声で言った。
「笹山さんが体育倉庫で一人で片付けしてんだ。行って来いよ」
「はぁ……? 知ってるならお前が行けばいいだろ?」
「馬鹿言え。相当険しい表情してたぞ。お前のせいなんだからお前が責任もって後始末しろってんだ」
「う……」
そう言われるとぐうの音も出ない。
俺は体育倉庫へ向かうことにした。
‐‐‐
「笹山さん」
「ん? あ、涼太……」
体育倉庫にいた先輩は俺を見ると目を見開いた。
そして、少し居心地悪そうに目をそらした。
気まずい状況である。
「その、さっきのは……」
「その事なんだけど」
俺が弁解しようとすると、先輩は片付けていた道具を置いて向き直った。
そして、少し恥ずかしそうに口を開く。
「その、お題用紙見ちゃったからあの時は驚いて……」
「すみません」
「いやいいよ。冷静に考えたら、それだけ信頼されてるってことだし」
「……」
なんて優しい先輩なんだろうか。
美人の先輩の顔が、薄暗い倉庫の中だというのに輝いて見えた。
「君がどういうつもりで私を選んだのかは分かんないけど。まぁ、仕方ないよね。お題を書いた人が悪いと思うよ」
「そうですね」
「私も君の立場であんなお題を書かれてたら、多分私を選んだと思うし」
「笹山さん……」
「だから、気にしないでね。これからも普通に部活頑張って」
「はい」
涙が出そうだ。
あんな内容のお題を見て、俺の事を嫌いになるどころかこんなに優しくフォローしてくれるなんて。
流石はマネージャー。
いつも支えられてばっかりである。
少しは還元したいものだ。
「あのさ……」
「はい」
先輩は思いつめた表情で俺を見ていた。
まだ何か話があるらしい。
「この際だから、一つだけ言っておくけど」
先輩は前置くと、恥ずかしそうに言った。
「君が望むなら、私は別にそういう関係になっても、別にいいからね……」
「笹山さん!?」
そういう関係とは?……なんて野暮なことは聞けない。
だってそんなの、お題用紙に書いていたことしかあり得ないのだから。
◇
その日、この学校に新たなカップルが成立した。
お題用紙に書かれていた文言。
曰く、『一番甘えたい女の子(お姫様抱っこで笑)』
こんなの、周囲に漏らせるわけがない。
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