7食目、水炊き

 オープンしてから半年が過ぎた。最初の頃は勇者がやってるお店としてもの珍しさも相まってお客様が来ていたが、勇者の料理は"とても美味で今まで食した事のない料理だ"と噂はお客様を呼びお客様が噂を広げ、瞬く間に有名店へと上り詰めたのである。

 異世界アギドにはレストランという言葉はカズトが開店するまで存在せず、昼はパンや定食系が多く出、夜になるとお酒にツマミを食す居酒屋扱いとして浸透しつつある。


 そして、レストランとして看板を出してはいるが宿泊も出来、五階の中で二階~四階に宿泊出来る。それに加え大浴場があり異世界アギド全国の宿屋を見ても風呂があるなんて超珍しいみたいだ。

 それによって、他の国から貴族や王族が泊まりに来る時もある。それに加えたまに珍客―――――というか人間以外の客が来る事もある。今日はその人外のお客様は来ている。


「いっらしゃいませ、こちらお冷やとおしぼりになります」

「ちょっと注文いいかの」


 レイラが席に案内したお客様は額に角が生えており巫女服だろうか上が白、下が赤い和装ぽい服を着ている。


「何かシェールの料理を出してくれぬかの」


料理長シェフに聞いてきますので、少々お待ち下さい」


 レイラが厨房にいるカズトに先程案内したお客様の注文を話すと、少し思案し出せると伝え調理に取り掛かる。


料理長シェフが作れるという事でした。出来上がるまで少々お待ち下さい。そして、こちらはサービスになります。枝豆と生ビールでございます」


 エダマメとな、妾の国にも似たような…………否、これはグリソイではないか。確かグリソイは妾の国でしか取れないはずじゃが、まさかこんな遠い国で、食べれるとはの。

 それに一緒に出された飲み物は…………エールに似とるな。どれ飲んでみるか。


 ゴクゴク…………ぷはぁ


 次はこのグリソイを…………ムニュ………パクりモグモグ………そして、生ビールとやらを…………ゴクゴク…………ぷはぁ


「このグリソイ塩加減が絶妙で生ビールとやらと良く合うのぅ」


 枝豆と生ビールを堪能し、無我夢中で食べて無くなる時を見計らったかのようにレイラが何かを抱えてやってきた。


「ほう、鍋料理か。確かに鍋料理はシェール発祥という説があるかやらのぅ…………じゅるぅっ、今から楽しみでしょうがないのぅ」


 額に角を持つお客様は鍋料理には目がないらしく鍋を設置する前からヨダレが止まらず瞳がキラキラと輝いていた。この後、肝心の料理名を聞いた時に驚愕するのであった。


「ドロシー、鍋の下にコンロを」

「はーい、これで良い?カズ…………料理長シェフお鍋設置完了しました」

「お客様、お待たせ致しました。今から火を着けさせてもらいます」


 カチっカチっバッとコンロの火が着いた。


「ほぅ、火を着ける魔道具がこんなに小さいとはのぅ」


 魔道具とは、魔法の術式を内部に納めた道具であり例外を除いては巨大な物が多く持ち運びが困難である。よって、コンロに驚いたのだ。

 グツグツと鍋に敷かれてる白濁スープが煮え初め日本人なら頬を緩めてしまうような匂いが漂う。この瞬間が具材を入れる合図だ。

 入れる食材は日本の銘柄鶏である名古屋コーチンの骨付き肉と香草美水鶏のもも肉を入れ、野菜は白菜、水菜、ネギ、舞茸をさっと煮たら出来上がりだ。


「目の前で調理をするとは…………面白いのぅ」


 カズトがいた世界には、ライブクッキングという言葉がある。客の目の前で料理を完成させていく。食材が料理へと進化する様は客に高揚感を与え味の期待度が高まる。

 普通はステーキや海鮮を焼いたり、丼や寿司等々に使う言葉だが異世界アギドでは分からないだろう。他にカズトと同じ転生者か転移者がいれば別だが。


「出来上がりました。水炊きでございます」

「なにっ!ミズタキじゃぞ!」

「シェール料理だと伺いましたので水炊きにしました。何かご不満でも…………」

「いや…………まずは早よう食べさせてくれぬか」


 取り皿に鶏肉と野菜をバランス良く盛り付けお客様の前に差し出す。シェールの食文化が日本と酷似しており、鍋料理はもちろん魚なら刺身、肉なら肉ジャガや焼き鳥等が知る人ぞ知る程度に有名らしい。


「はい、どうぞ。こちらにお付けし食してください。ポン酢です」

「まさか、ここで我が国に伝わる古文書にしか伝えられてない幻中の幻の鍋であるミズタキが食べられるとはのぅ。楽しみだ」


 カズトはただ単にシェールと聞いた途端、日本料理で今の季節は冬に合う料理にふと頭に浮かんだのが鍋である。

 カズトはお客様を厨房から覗いて見ると何処かの貴族かと思い、高級志向の鍋として水炊きを選んだのだ。ただそれだけなのだが、カズトの選択は大正解のようだ。

 まさか異世界アギドでは、伝説として語り継がれてるとはカズトでさえ知らない事実であったが結果が良ければ全て良しだ。


「!!これは!これが鶏の旨味とは…………野菜にも染み渡ってなんとも言えぬ深い味なのだ。それにこのポンズとやらに浸けるとサッパリして食べやすいのぅ」

「良かったら、こちらもお試し下さい。冷酒でございます」

「レイシュとな。クンクン、どうやら酒のようだが…………」

「はい、水炊きに合うと思いまして選びました。どうぞ、ご堪能ください」

「そうかそうか、料理長シェフよ。良い仕事をしてるな」

「はい、ありがとうございます」


 カズトは再度お辞儀をし厨房の奥へ引っ込んだ。


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