03.公爵夫人、心当たりがあり過ぎる
「そういえば、ここ三年くらい、なんだかんだで社交シーズンの間は月に四、五回は会っていたと思います。オフシーズンも私はシーモア公爵家に行くことが多かったから、結局一緒にいましたし」
「ですね。そういえば、当家に滞在中は、一緒におられることが多かったですよね。スミス先生が聖職者だから、あまり気にしてませんでしたけど。あれが俗世の男女だったとすると……夫婦?」
「言わないで」
そう、シーモア公爵家にいる間、二人は大抵一緒にいた。領内の町に出かけるのも二人だったし、エリンが遠乗りに出るときはショーンが必ず側を駆けていた。天気の悪い日は二人でカードゲームに興じたり、あるいは会話もせず、サンルームでただリラックスして本を読んでいたりもした。
それに、いつからかエリンはショーンのことを「スミス先生」ではなく「ショーン」と呼ぶようになっていた。ショーンはエリン様と呼んでいたが。
「でも、親とそう歳も変わらない相手だもの。そんな風に想われているなんて、あるはずないじゃない?」
「そんなことありませんよ、私から見れば、スミス先生にとってエリン様が大切な相手だというのは明白でしたよ。まさかプロポーズするとは思いませんでしたけど」
「だって、私の母はショーンの初恋の人なのよ? 父親が娘に向ける好意と同じだと思っていたのよ」
「まあ、確かに年の差については私も思うところがないわけではありませんが。これがエリン様が十代とか二十歳そこそこの、か弱き乙女だったら、私もスミス先生を社会的に抹殺していたと思いますよ。
だけど、エリン様は、こう言ってはなんですけどスミス先生よりよっぽど富も権力もお持ちですし、年上のスミス先生とも対等にお話しされてましたから、そこまで変態的な感じはありませんね。政略結婚ではままある年齢差ですし」
「変態的」
「だって……これが前チャーチ伯爵だったらどうです」
「キモイ」
すん、とエリンが真顔で棒読みになった。
「でしょう。まあいいです、スミス先生がどうかはおいておいて、エリン様はどうなんです?」
「どうって?」
「スミス先生に好意を寄せられて、嫌な気持ちでしたか?」
「それは、だから、親子愛みたいなものだと思っていたから、嫌な気持ちではなかったわ」
「昨日、親子愛じゃないことが分かったわけですよね。それでも?」
「ジュリア、今日はやけにぐいぐい来るじゃないの」
エリンがじとりと恨みがましい目でジュリアを見た。ジュリアは、にこりと社交用の笑みを浮かべて見せる。
「恋愛談義は淑女の嗜みですのよ。私の追及から逃れられると思わないでくださいね」
「いい笑顔するわね……。そうね、嫌な気持ちではないわ、嬉しかったと思う」
「うんうん、それで? ここ三年くらいそんな感じだったって、旅行以外にもあるわけですよね?」
「先週は、王立公園に薔薇を見に行ったわ。どんな薔薇が好きかって聞くから、深紅の薔薇が好きって答えたの」
二人の視線が、テーブルの上の薔薇へと吸い寄せられる。
「スミス先生、エリン様のこと大好きじゃないですか」
「思えば、ジョージが改めてあなたにプロポーズした時、ショーンと『好きな相手から腕いっぱいの薔薇をもらってうれしくない女なんていない』って話をしたのよね」
「それって、十年近く昔のことですよね」
「え、でも待って、『好きな相手から』ってとこ重要じゃない?
私、ショーンから見ても分かるほど好意があからさまだったってこと?」
「さあ……。でも、何でもない相手と月に四回も五回もお出かけはしませんね」
「ですよねえ……!」
エリンが再び両手で顔を覆って見悶えた。
「他人の心の機微には敏感なのに、どうして今回だけそんな鈍感力を発揮されたんだか!
ジョージより鈍い! 鈍すぎる!」
「そんなに笑わなくたっていいじゃない……!」
☆
「……もう一つ理由があって」
ジュリアがひとしきり大爆笑した後、顔を覆った手を頬にずらして、エリンが再び遠い目になった。
「この前ちょっと話した、王家の血を引く某伯爵いるじゃない。あれが思ったよりも厄介でね。
私が大公殿下の血を引いているって噂を使って、私と結婚して王位を狙うつもりだったらしいのよ。大公殿下ももうお年だし、王位継承が絡むとあんまり動けないのよね。
まあとにかく、野心も絡むからしつこいことしつこいこと。」
「は?」
「は? でしょ? 私と結婚したって無理に決まってるじゃない?
だけど、そんなことも分からないお馬鹿さんだから、何言っても通じないのよ。本当に馬鹿だから! その上体よく馬鹿を利用しようとする派閥まで出来ちゃって、厄介なことこの上ないったら」
「相当ストレス感じられてますね」
「話通じなさ過ぎて怖いのよ! どんな誘いもことごとく断ってるのに、社交に出るたびに絶対いるの! 来るな、嫌いだ、顔も見たくないって言ってるのに、遠慮してるとか、気を引いてるつもりか、とか言い出しちゃって」
「何それ怖いですね」
「そうなの! だから、見かねて恋人役を買って出てくれたのかなあって。ここのところずっとショーンにエスコートしてもらってるのよ。で、あいつが現われると間に入ってくれるし、人助けのつもりなのかなあと」
「それ、スミス先生がそう言ったんですか?」
「……」
「言ってないんですね」
「……これからはずっと私にエスコートさせてくださいって、言ってたわ」
「それほぼ告白じゃないですか。何で今更こんなに動揺しているんです?」
「……」
エリンは気まずそうに、視線を庭へと逸らした。
「心当たりがあるのは、自分でも気が付かないふりをしたかったってことかな。
だって、勘違いだったら恥ずかしいじゃない。母の娘だから優しくしてくれているだけかもしれないもの」
確かに、スミスの好意の表し方は若者のように分かりやすくはなかっただろう。恋愛感情にも色々あって、一直線に進む情熱的なものもあれば、円を描いて包み込むようなものもあるのだ。エリンだってそんなことは分かっていただろう。ただ、傷つくことを恐れて、気付かないふりをしただけで。
「まあでも、そこまで言われたら気づきますけどね」
「ジュリア、もう少し、歯に衣着せてくれても構わないのよ?
でも、まあそうね。ショーンは私のことが好きだし、私も彼のことが好きなんだわ」
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