unraveling of blood 〜血脈の在処〜
肉巻きありそーす
第1話
都は夜になると昼よりも眩しい。
クラクラするほどの光に酔って、眠れなくなる。
「眠れませんか」
「いいや」
明日のことが気に病んで、目が覚めただけだ。
「私はいつまでも貴方様の下におります」
その不安はきっと杞憂ではない。
「死んでしまうわけじゃないさ」
それでも、心の靄は濃くなるばかり。
「おやすみなさいませ、マーカス様」
あぁ、おやすみ。ラディ、俺の愛しい従者。
-..-..
「おはようございます」
どんなに苦悩したところで朝日は昇る。その輝きはあまりにも無慈悲だ。
「始業まであと1時間ほどでございます」
「随分と寝坊してしまったな」
「せめて1切れだけでも口にお入れください」
綺麗に盛り付けられた果物のサンドイッチが差し出される。
「あぁ」
1口だけ齧り、身支度を整える。
「お口に合いませんでしたか?」
「いいや、食欲がないだけだ」
調和のない甘みと酸味、それにドロリとした果実が小麦臭くて不快だ。いつもなら美味しく感じるであろう それ は、今の俺には苦痛だった。
「......本日はお休みになさいましょう」
「紅鬼卿と呼ばれるルデスオーガの者が逃げるわけには行かない」
たとえ、いかなる苦しみが待っていようとも、前に進むことしか許されぬ。
「さて、行こうか」
身支度など最低限でいい。どうせ、今日は汚れ役。飾り付けたところで余計に滑稽だ。
-.--
学園に着くと、既に廊下には人が集まっていた。考えるまでもなく、先日の筆記試験の結果が貼りだされているのだろう。俺に気づいた数人の生徒はこちらに目配せをやりながら コソコソ と囁きあっている。
酷く憂鬱だが、俺にはその結果を受け止める義務がある。人集りの後ろからつま先を立て、その 頂 を見るが、そこには俺の名前はない。
「ノクス・ローン......」
辺境の男爵子息が名門の侯爵家を破る、か。もはや、嫉妬すら感じない。己の不甲斐なさと、家への、母への申し訳なさで目の奥が熱くなる。
「惨めね、マーカス・ルデスオーガ」
カリーナ・ケルクフ公爵令嬢。俺の元婚約者。半年前、突然婚約破棄を告げられたかと思えば、ノクスとの交際を宣言。これに俺の父は大変激怒し、ケルクフ家に抗議した。結果、学園卒業までにノクスが俺に勝利すればローン家との婚約を公式に認めるものとなった。
つまり、王手が掛かっている。この後に行われる遠征による実技試験で彼に勝利しなければ、俺が家の名誉に泥を塗ることになる。それだけは必ず避けなければならない。
「まだ、勝負は終わっていない」
「あら、まだ折れていませんのね。でも、貴方も既に分かっているはず。もうノクスには勝てない。貴方の唯一の希望は学科試験で彼に勝利することだったのに」
「相変わらず、随分とあの男に入れ込んでるようだな。紅鬼卿の名も嘗められたものだ」
「貴方はいつも家だの名だの、本当につまらない男ね。もっと淑女を楽しませる勉強をした方がいいわ。それじゃあ、いつまで経っても寄り添ってくれる伴侶など見つからないわよ」
「余計なお世話だ」
俺には彼女さえ居れば─
「どぅわああああああ!!!」
遠くから、今1番出会いたくない男の叫び声が聞こえてくる。
「ようやく彼が来ましたわ。それでは、さようなら。元婚約者さん」
こちらを1度も振り返ることなく、彼女は1人の男の元へと歩いていく。本当に気難しい性格だ。3年間の付き合いの中で、彼女のことをほんの一抹も理解することはなかった。今も尚、彼女の心中はこちらに顔を向けようとしない。きっと、これからも。
「足元を掬われたな、マーカス」
「ギルディ殿下」
ギルディ・ウーゼスン第3皇子。幼き頃から俺の友人であったこの国の王族の1人。
「いくら卑怯な策を弄したところで、結局、誠の努力には敵わないものだ」
「殿下、私は─「黙れ。お前の口から見苦しい言い訳など聞きたくない」
たった数ヶ月。幼少期から築いてきた関係がたったこれだけの月日で粉々に打ち砕かれた。
「あれほど忠告してやったというのに、お前は性懲りもなく、この前も彼に嫌がらせを続けていたな」
云われもない冤罪。ルデスオーガの人間がそんな汚い真似をするはずないというのは彼が1番知っているはずなのに。たった1度の確執で、全ての犯人に仕立てあげられるのか。彼がこんなにも思慮の浅い人間であるはずないのに。どうして、どうして。
「ギル、どうして俺を信じてくれないんだ......」
「お前がその名で呼ぶな!!」
胸倉を掴む彼に以前の柔らかい面影はない。おそらく、もう二度と見ることもない。
「申し訳、ございません」
無意識に絞り出した言葉。彼にも聞こえたのか、投げ出すように乱暴に離された。
「この遠征、非常に心外だが僕達とお前は同じ組だ。いいか、決してノクスの邪魔をするな。もし、少しでもその素振りを見せれば、即刻、監査会へ突き出してやる」
「承知しました」
「おーい、ギル」
俺の全てを破壊した男が、かつて親友だった男に話しかける。
「ではな、マーカス。 君が正々堂々とこの試験に挑むことを願う」
どうすれば、元の関係に戻れるのだろうか。彼が俺を敵視している限り、もはや俺にはどうすることも出来ない。
「マーカス様」
意識が一気に声の主の方へと向く。
「遠征の支度が整いました」
「ありがとう、ラディ」
悩んでいても仕方がない。とにかく、俺の全てをぶつけるだけだ。
俺は 最強 と謳われる 剣聖の血を引く者なのだから。
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