第44話 私たちは小さく手を振り合った


 フランソワはソファの所有権しょゆうけんかたくなに主張した。

 このソファは自分の領地りょうちであり、此所ここから一ミリたりとも、ゆずる気はない、という事を態度で示した。

「僕が後から来たから」

 トビーは無理強いせず、立ったままで話した。

 私も立とうとしたが、フランソワが蟹挟かにばさみで離してくれない。何だこの状況は、と思う。トビーも苦笑していた。

 トビーは役者の卵なのだと云う。

 他のトモダチと違って学校にも行っていないし、役者と云っても舞台に立てた事が無いので、アパルトマンでは肩身が狭いのだと云う。

「僕は、そう偶然テュールと会って、連れてこられたんだ」

 彼はそう云った。

「私と同じだ」

 彼は朴訥ぼくとつに話した。

 私も問題ない程度にぼかして、自分の事を教えた。フランソワは退屈して叩いて来たり、膝枕を要求したりする。

 それでも私たちは話し続けた。

 実家の貧しさだとか、同世代との交流が苦手だとか、愚痴ぐちの様な会話だったけれど、その話の間、私は男の人相手の不快を感じなかった。

 フランソワがいよいよ愚図ぐずりだした頃、ビッツィーが戻ってきた。彼女はまたトモダチの観察に行っていたのだ。

「そろそろおいとましましょうか」

 アパルトマンを出るとき、私たちは小さく手を振り合った。

 そしてしばらく歩いた所で、彼は追いかけて来て、また会えるだろうか、と云った。

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