小説「金を喰う日々」
有原野分
金を喰う日々
――人里離れた山に籠って早三年。
粗食、瞑想、軽い運動、自然との闘い、動物との共存、完全なるオーガニック、安定した精神、孤独、修行、苦行、いや、そんなことは正直どうでもいい。ただ、私の生活がいよいよ終わりを迎えようとしている。それがなによりも重要じゃないか。
今までありとあらゆるドラッグを試してきて、私は確信した。人を次の次元に上昇させるためには、もっと明確で、かつ自然と人を繋ぎ合わせる透明度の高いエネルギーが必要だと。
小屋の隅に置いていたカバンを開ける。三年前、山に登る前にかき集めた世界中の紙幣と硬貨が私をキラキラした瞳で見つめてくる。
私はさっそく準備に取り掛かる。
まずは禊だ。満月の晩、お金を塩水に着けながら月光浴させる。もちろん、私自身も裸になって月明かりの下、瞑想にふける。翌日、しっかりと水分を切り、お札はそのまま一週間ぐらい天日干しにする。硬貨は一週間ほど土に埋め、その後、一日ほど日光で水分を飛ばす。次にカラカラになったお札を手の中でぐちゃぐちゃに丸めると、糸くずぐらいの大きさに細かく刻んでいく。そして糸くずになった紙幣を燻したら完成なのだが、問題はチップだ。桜、檜、欅、ここには大概の木々は生えているのだが、違う。……紙幣を燻すなら、やはりオーガニックの煙草の葉だろうか。私はお気に入りの葉をバラバラに分解し、燻製気にセットに、ジッポで火をつける。ジジジジ、と火は瞬く間に燃え上がり、紙幣は無事燻されていく。残るは、硬貨だ。硬貨は、多少体力を使うが作業自体は簡単だ。小屋の近くにある絶壁の崖、そこにある固い岩にひたすら擦りつける。ただそれだけだ。まるで巨大な紙やすりで研いでいるような、そんな感覚。硬貨はガリガリと音を立てて削れていく。私はその削れた硬貨の粉を大切に拾って箱に入れていく。
さて。
準便は整った。あとは、取り入れるのみ。
粉々にした硬貨の屑を搔き集めてストローで鼻から吸う。しばらくすると、粘膜から硬貨が吸収されていくのが分かる。そのまま、糸くずのような細かい葉になった紙幣を瞑想で得た直観力で配合し、紙に巻いていく。糊の代わりに舌で一舐めし、見たところはただの巻きたばこだが、なに、これは紙幣なのだ。口にくわえて、火をつける。パチパチパチと音が鳴る。大きく息を吸う。紙幣が肺を満たしていく。
「ああ――」
心臓の鼓動が大きくなっていく。紙幣と硬貨が全身を回っていく感覚。頭の中がじんじんと温かくなっていく。トリップ。さらに、心地のいいめまい。次元上昇。目のかすみ。脈動。認知能力の高まり。もう一本、紙幣を吸う。更なるトリップ。時間の流れ。滝の音。鳥が羽ばたいていく。まぶしい光。お金の味。次の時代へ。託された夢。もう一本――。
私は、お金と一つになる。
それこそが、人間足る真の進化なのだ。
硬貨を吸う。紙幣を吸う。
お金が体を支配していく。
私は、自然と一つになる。
私は、お金と一つになる。
行こう、更なる、高みへ。――
◇ ◇ ◇
――あれからどのぐらい経ったのだろうか。燃える小屋を眺めながら、私は果たして、お金になれたのだろうか。ああ。
◇ ◇ ◇
……○○県の山中で発見された男性を解剖した結果、死因は重度のお金中毒によるものだと断定。当局では男性の身元を捜索しながら、ここ最近多発しているお金中毒の注意喚起を全国に発信する模様です。……
◇ ◇ ◇
――お金。私は、お金。お金は、私。二つで一人。骨の髄から皮膚に至るまで、足の先から頭の先まで、すべての細胞に浸透していく。お金。お金。私は、そう、お金に――。
小説「金を喰う日々」 有原野分 @yujiarihara
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