第7話 お口いっぱい

「――って感じだったので、ジーネの思い通りにはいかないってとこだね」


 ウチは朝の試運転で感じた違和感を、その日の夕食の時間にジーネに話して聞かせた。

 まっすぐ走らせるのは難しいことと、仮にまっすぐ走ったとしても道に適さないこと。この二つの問題を解消できないんじゃ、せっかくの発明も無駄って事で。


「ううーん。そうだったかぁ」


 ジーネがとても難しい顔をする。残念そう。

 まあ、徹夜で頑張ったのに成果が認められないっていうのは、辛いよね。ウチも魔法の勉強やら、車輪作りやら、まあ色んな分野で似たような経験があるから、ジーネの気持ちもよく分かる。

 でも、ウチも物作りを生業とする車輪職人の端くれ。見えてきた問題点から目を背けて褒めることはできない。……職人の性や。解って、ジーネ。

 ウチがジーネの顔色を窺うと、彼女はにこやかにほほ笑んだ。


「まあ、やはりヴォイドに試運転を頼んだのは正解だったな」


「え?」


 てっきり機嫌を悪くしていると思った。でもジーネは、先ほどまでの難しい顔が嘘のように、子供みたいに笑ってる。


「いや、私が試運転しても、ちょっとした問題点を『このくらいなら修正するのも面倒くさい』と言って、気づかない振りをしただろうからな。その点、ヴォイドの審査は確かだ。辛口だけど、決して間違わない。そう信じていた」


「ジーネ……」


 すっ、とジーネが手を差し出す。ウチも握手をしようと、同じように手を差し出した。その手はジーネと繋がることは無かった。


「あ、あれ?」


 ジーネは差し伸べた手でテーブル中央のパンを掴み取ると、それを自分のスープへと浸してふやかし始める。え? そっち? ウチとの握手は?

 ウチが呆然と手を引っ込めると、ジーネはふやかしたパンを大きめにちぎって、小さな口へと運んだ。その結果、頬がパンパンに膨らんだ間抜け面が完成する。


「ほへはあ、ははひいいいはんがあう」


「いや、飲みこんでから喋ってや」


「ん……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


 ……いや、まだかかるんかい! そもそも一口がデカいねんて。どんだけ頬張ったんやコイツ。


「ん……っく――ん。ああ。えっと、車輪が曲がっていると、そっちに向かっていってしまうという話だったな」


「あ、うん。せやで」


「それなら、私にいい案がある」


 そう言うと、彼女は何やらコインをいくつか取り出した。


「これが車輪だとして、今はこうして、前輪と後輪の2輪で動かしているわけだ」


「う、うん」


「その前輪と本体を結ぶ個所に、横倒しの車輪を付ける」


 3枚のコインが、彼女の指の中で綺麗に並ぶ。


「この横倒しの車輪が回転軸となれば、前輪は自由に向きを変えられるわけだ。もし左に寄ってきたと思ったら、右へ向きを変えればいい。右へ寄ってきたと思えば、左に向きを変えるのだ」


「あ、そうか。そういう事か」


 ウチにも分かった。車輪をまっすぐ固定できなければ、固定しなければいいんだ。そこに持ち手でも付けて、任意に方向を変えることが出来れば、もっと自由に走ることが出来る。


「まあ、実際に出来るかどうかは分からんけどな。私からは以上だ」


「いや、出来るかもしれんよ。ジーネちゃん。よくそんなこと思いつくね」


「ふっふっふ。常に逆張りで生きている私だぞ。固定が難しいなら固定しない。仕事が大変なら働かない。起きるのが面倒くさいなら起きない。それが私だ」


「うん、前言撤回。さっきの褒め言葉を返せ」


「何故だ!?」

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