第10話 暗い人生

ひろしは高橋という夫婦からコンパクトカーを借りて、美希を助手席に乗せ、後部座席に飯塚を乗せると、クロイハルの首謀者と思しき人物の手がかりを得るべく高校へと向かった。


美希が通う高校は、南に車で10分、川沿いにあった。美希は助手席でレーズンパンを頬張っていた。自然と緩む口元。強烈な飢餓から解放されたときに出る反射に近い反応である。ひろしはなぜかその表情にムカムカとした感情を持った。それは自分がまだパンにありつけていないからだけではなかった。


自分の所有物ではないことはわかっている。はずなのに、なぜ美希が彼氏と過ごした学び舎に行くことはこんなにも心をかき乱されるのだろう。


放送部の部員の名前はわからなかった。おそらく同学年だろうということで、職員室でなにかしらの記憶が残っていないかを探すことになった。


職員室は2階にある。この怪異以降、校舎に残った生徒はいないはずだが、職員が残っていた可能性がある。中にゾンビがいると考えて侵入すべきだ、と飯塚は言った。


「日没までは時間がある、焦らずに進むぞ」

モップの槍を持って2階へと進んでいく。


「あ!」

ワイシャツにループタイ、褐色の背広を着た男が階段の下にいた。すでに人間ではなくなっている。


「ふん!」

飯塚が顔に一突きすると、男は力なく崩れ落ちた。


「林先生……かな?」

美希がゾンビの生前の名前を告げた。林と呼んだ男に手を合わせ、美希は階段を上っていった。


階段を上がったすぐ左手に職員室があり、扉を引くと書類が散乱した室内が見えた。 元々ここまで荒れてはいなかっただろうが、争った形跡とまではいえない、少し混乱があったのだろうという程度の散らかり具合であった。食糧も金目のものもない、聖域らしい荒れ具合だな、と飯塚は思った。


生徒の一覧が載っている名簿、部員名簿、各クラスの状況が書かれた書類などを片っ端から読んでいく。美希は友達の顔が思い浮かぶのか、ひとつひとつをじっくりと読み、時には微笑み、時には涙ぐんで中身を確認していった。


1時間をかけてようやく1人の名前にたどり着いた。

「照井竜也」

「知ってる?」

「同じクラスだけど……話したこともないし、放送部だったことも知らない」

「いかにもやりそうなやつだな」

「化学が得意って成績表に書いてありますね」

「高校生レベルの得意……そんなもんでこんなに危険なウイルスが作れるとも思えないが……」

「とにかくこいつの家に行ってみましょう」


「誰だ!?」

飯塚は職員室に入ってきた人影に槍を向けた。

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