ゾンビとグルメ

チョイス

第1話 始まりの日

その日は、リビングに降りても食事が用意されていなかった。

朝は目玉焼きとウインナー、そして味噌汁。ここ数日は同じメニューであった。朝と言ってもひろしが起床するのは11時過ぎであるが。


ひろしの母は6時に起床し、7時半に亭主を送り出すと日課のウォーキングに出かける。1時間ほど近所を散歩して戻ると、洗濯やら掃除をこなして10時半にひろしの食事を用意する。その後自室でひと眠りするのだが、ひろしが母の部屋を覗いても、彼女はいなかった。


どこかに出かけているのだろう、とひろしは電気ケトルのスイッチを入れ椅子にこしかけ、母の帰りを待った。


おもむろにテレビの電源を入れる。


「……繰り返します、決して外出はせず、警察官、自衛隊員の到着を待っていてください、繰り返します」


よほど慌てているのだろうか。「待っていてください」ではなく「お待ちください」だろう、とひろしはニュースキャスターの言葉遣いを頭の中で厳しく指摘した。


ニュース映像はキャスターのバストアップからヘリコプターから撮影した都市の上空映像に切り替わった。ビルや民家からところどころ火の手が上がっている。渋滞する車の群れがアップされ、その間を縫うように人々が逃げ惑っている。その後ろを追いかける人影。日本で暴動が起きたのか? ひろしは食い入るように映像を眺め、ふと気がついたようにスマートフォンでネットニュースを確認した。


「ゾンビか?! 各地で食人鬼被害多発」


食人……? ひろしは目を疑った。巨大掲示板サイトを開く。


世界終了のお知らせ

ゾンビの倒し方を学ぶスレ

ゾンビが怖くてハロワに行けない

世界が終わる日に何食べたい?


どのスレッドもゾンビに怯える者、何かを期待する者、怒る者で溢れかえっている。

ひろしはリビングの大きな窓から外を眺めた。人口密集地ではないが、この時間になれば外に一人、二人は歩行者がいるものだ。人影は全くない。


ひろしは母親に電話をした。つながらない。電話に出ないのではなく、電話回線がパンクしているのだ。


冷蔵庫を開けてみる。卵数個、ウインナー、ベーコン、ハム、明太子、キムチ……。テーブルには6枚切りのパンに、バナナが一房置かれている。米さえ炊ければ1週間は問題なく食事ができるだろう。ひろしは頭の中で食料の備蓄を計算すると玄関の傘立てに差してあった金属バットを持ち、2階の自室に引きこもった。

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