第25話 国王の最期
バルドロウ達が南の国境を出立してからすでに数時間。太陽は中天に差し掛かっていた。
そんなホプキンス侯爵軍の前方に現れたのは、ロザリタだった。
「旦那様! 報告がございます!」
「ロザリタか! よくぞ無事だった! 聞こう!」
ロザリタから聞かされた報告は壮絶だった。裏切り者からアイリーンを守るため侯爵の愛娘率いる貴族軍は全滅。アイリーン率いる援軍もほぼ全滅。アイリーンから厳命を受けたため心を殺して単身逃げ延びてきたことが窺い知れた。
「そんな……シンクレアが……」
黙り込む侯爵……
「アイリーンは! アイリーンはどうなっている!」
娘を亡くしたばかりの侯爵の前だが、気使う余裕もないのだろう。バルドはロザリタに掴みかかる。
「落ち着きください! あなたが殿下を信じなくてどうするのですか!」
「そ、そうだな……悪かった……侯爵も、すまない……」
「いや、今は国難の時……娘の死を悲しんでいる場合ではなかった。私こそすまない。さあ、進軍だ!」
ロザリタを含めて再び進軍を開始した侯爵軍二百。アイリーンが待つハザームの街へ……
その頃、ハザームの街を目前にした国王率いる本隊は帝国軍四千を相手に苦戦を強いられていた。
「陛下! 左翼が崩されました!」
「余が行くまで耐えろ!」
国王とその周囲を固める親衛隊は屈強だ。一番隊が壊滅した今、メリケイン王国最強部隊と言ってもいい。そのためか数はごく少なくとも戦列を保っていた。
『
国王の火の魔法が炸裂し、戦列を崩す帝国軍。しかし何度も使えるものではない。アイリーンの父であってもアイリーンほどの魔力も剣の腕もないのだ。大軍を相手にも堅実な指揮で戦うしかない。
ギリギリのところで膠着する戦況。だが、転機は突然だった。帝国側の陣から声があがる。
「炎姫アイリーンを討ち取ったぞー!」
「勝鬨を上げろー!」
「帝国の勝ちだー!」
「残ってんのは雑魚だけだー!」
にわかに勢いづく帝国軍。崩れそうになる士気を懸命に支える国王。
「騙されるな! アイリーンが負けるはずがない! あのじゃじゃ馬娘のことだ! 何か突拍子もないことを考えているに違いない!」
メリケイン王国軍は誰もがそう思った。自分達が束になっても傷一つ付けることが出来なかった王女アイリーンだ。数だけの帝国兵などに討ち取れるはずがないと。
しかし、辛うじて対抗できていた王国軍に衝撃が襲った。遠くに見えるアイリーンの姿……
両手を広げられ、十字架にかけられている……
手足や胴体を標本のように打ちつけられ、顔がどうにか判別できるように乱雑に血が拭われているだけ……
全身傷だらけなのに出血がなく、顔に血の気もない……
明らかに死んでいる。
「アイリーン! バカな!」
国王は致命的なミスをしてしまった。あれは似ても似つかぬ偽物だと切って捨てればよかったのだ。だが、いかな国王とて人の親。最愛の娘の惨死体を目の前にして冷静ではいられなかったのだ。全ての衣服を剥ぎ取られ、惨たらしく
国王がアイリーンだと認めてしまったことでもはや士気は保てなくなってしまった。自らの失敗を悟った国王の決断は早かった。
「全軍撤退! 最早命運は尽きた! 斯くなる上は己の命を救うことのみを考えよ!」
一度崩れたバランスは二度と戻らない。国王は少しでも兵の命を救うべく撤退の指示を出した。そして自分と親衛隊は……
「そなた達、不甲斐ない王ですまぬ。逃げよと言って逃げるそなた達ではないことは分かっている。しかし最後の命令を下す。よく聞け。何としてでもここから脱出し、命ある限り、帝国の外道どもを殺せ! 殺し続けよ! 兵も民も! 女子供に至るまで! 区別なく殺し続けよ! 分かったか!」
「へ、陛下……」
「なぜ一緒に死ねと言ってくださらないのですか!」
「私はやります! アイリーン殿下をあのような目に合わせた帝国を! 決して許しません!」
「時間がない! 行くぞみんな! それともお前らは陛下の命令に逆らうつもりか!」
「くっ……陛下! しばしのお別れです! 我らも後から……」
親衛隊三十余名は一目散に戦場から離脱を始めた。しかし、すでに数千の帝国軍が追討に入っている。
『
国王の渾身の魔法が炸裂する。火の壁が戦場を真横に分断し、味方を追撃しようとする帝国兵を食い止める。
「ラフェストラ帝国のド腐れども! メリケイン王国を踏み躙る外道どもよ! 王国最後の国王ゼルグレット・ド・メリケインの死に様を見せてやる! 例え余が死のうとも帝国民を根絶やしにするまで我らの怨みは消えぬ! 分かったら余の首持っていけ!」
国王に相対している前線の兵士は足が止まっている。しかし、その後ろの兵士までは止まらない。あっさりと味方を踏み潰して国王の眼前に殺到する。
『
残された全魔力を込めた魔法が戦場を覆い尽くす。炎に焼かれるもの、光に目をやられるもの、爆風に吹き飛ばされるもの。数千の帝国兵が何らかの傷を受けた。国王に近かった兵士は当然即死である。
国王ゼルグレットの身体は跡形も残っていなかった。魔力だけでなく、生命力まで込めたのだろう。そんなことが可能だったのかどうかはともかく、国王はやってしまった。娘の無惨な死体を見て狂っていたのかも知れない。非戦闘員まで巻き込むような命令をする人格ではなかったはずなのだ。我が身を顧みず自爆などするほどに……
そんな戦場に……バルドは到着してしまった……
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