第21話 陥落する街
朝日が差し、戦場を明るく照らす。すると見えるのは昨夜アイリーンによって殺された帝国兵の数々だった。通常ならば被害を隠すために死体は回収するはずだが、そのような余裕はなかったのだろう。ほとんど放置されていた。その数目算で六百。たった一人でそれほどの人数を仕止めたのだ。怪我人を入れればこの倍ぐらいが負傷していることだろう。これには王国の士気は否が応でも盛り上がった。
これなら勝てるのでは? 誰しもがそう心に思っていた、そんな時だった。またもや城門が開いたのだ。それもやや慌ただしく。アイリーンは指示など出していないし、今朝は姿すら見ていない。なのになぜ!?
そこに帝国軍が雪崩れ込んできた。まるでこのタイミングで門が開くことを知っていたかのように。
入り込んで来た帝国軍を迎え撃つのはシンクレアを中心とした急ごしらえの部隊。貴族の女子も十人ほど紛れ込んでいる。
『
水の壁が高波のように帝国兵を襲う。ほとんどの兵が流される中、魔法の発動より早く接近していた兵もいる。そのうちの数名が貴族女子に切りかかる。魔法発動の直後だったため、応戦する間もなく斬られてしまった。
「ナターシャ! おのれ!」
その帝国兵もシンクレアによってすぐに胸を貫かれた。
そんな攻防を繰り返し、ついに生き残っているのはシンクレアと侯爵家の騎士だけになってしまった。周囲は帝国兵の死骸が山と積まれている。騎士はシンクレアの背後を守り、シンクレアは眼前の敵を魔法で仕止め続けている。
しかし……時とともに数を増やす帝国兵を相手に……シンクレアの魔力は……尽きた。
やがて騎士も一人、二人と倒れ、それでもシンクレアは逃げない。懐から球のような物を取り出し頭上に掲げた。
そんな無防備な胴体に何本もの剣が刺さる。頭上に掲げた黒い球は地面に落ち、転がっていく。
「殿下……バルド……ロザ……おうこ……万歳!」
それは小規模な爆発を起こし、数十人の帝国兵を巻き込むことに成功した。そして……シンクレアは、倒れることなく、逝った。
「なんだと!? シンクレアが! くっ……あの愚か者が……」
「なっ!?」
アイリーンの口から長年仕えた主人を罵倒されたロザリタ。いくら目を覚ましたばかりとは言え、信じられない思いが心を走る。
「妾より先に逝くとは……愚か者め……」
「殿下……」
ロザリタは己の不明を恥じた。一瞬でも王女アイリーンを疑ってしまったことを。
「城門を破られたか……これまでか……」
「かくなる上は! 殿下だけでも落ち延びてください! 殿下お一人なら、いえバルドロウ殿とお二人なら追っ手などどうにでもなります!」
「無理を言うな。妾とてバルドとはどこまでも添い遂げたい。だからとて、そなたを含む妾の臣民を見捨ててどうして一人で逃げることができようか。」
「いえ、バルドロウ殿と三人で生き残ってください! 殿下のお腹にはすでにバルドロウ殿とのお子が宿っております! 身に覚えがないとは言わせません!」
「そ、そうなのか!? た、確かに、言われてみれば……」
無知なアイリーンである。口でロザリタに勝てるはずがない。
「それから内通者が判明しました。お嬢様より指示を受け探っておりましたところ、ナイトハルト将軍の長男、カルノであることが判明しました!」
「なっ! あやつが! 一体どのようにして!?」
「方法までは分かりません。ですがカルノとその郎党が今朝城門を開けたことに間違いはありません。もう二分早く発見していれば……未然に防げたのですが……」
「そうか……ならばカルノの首だけは挙げておかねばな。王国臣民全てを裏切った奴を生かしてはおけぬ!」
原因に目を瞑るとしたら、目の前で父親の首を刎ねられたのだ。復讐に狂うのもおかしくはない。
「カルノは現在おそらく帝国軍に与しております。それを討つとなると現実的ではありません! 殿下にはこの情報を持ち帰っていただきたいのです! 王都を守るためにも!」
「違う。ここハザームを抜かれたら王国に未来はない。王都だけを守っても意味がない! 妾の腹に子がいようともここは守る。最早撤退する道はないのだ。それよりもだ。ロザリタよ、そなたに命ずる。」
「はっ! 何なりと!」
「今の話を父上かバルドに伝えるのだ。そなたこそ一人ならば問題なく王都まで到達できよう。これは命令だ。分かったな!」
「御意にございます。どうか殿下、お嬢様の分まで生き抜いてくださいませ!」
「当たり前だ。生きてバルドに会うのだからな。さあ行け!」
「はっ!」
ロザリタは行った。その顔に涙は見えなかった。
そしてアイリーンは出陣する。出陣とは言ってもアイリーンが指揮をとっていたハザームの中枢である代官府はすでに囲まれている。正門を破られるのも時間の問題だろう。
「最後まで諦めるな! 先ほどロザリタが伝令に出た! じきに王国軍本隊と、何よりバルドが来る! 妾とバルドが揃えば帝国軍が一万いようとも敵ではない! いくぞおおお!」
『おおおおおおお!!』
人数は少ないが士気は高い。最高潮と言っていいだろう。敗戦の軍においてこれだけの士気、帝国軍の犠牲は膨れ上がっていた。
だが、やはり数の力は残酷だった。
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