第20話 炎姫の本気
メリケイン王国北東部の国境を突破したラフェストラ帝国軍は一路、王都テネシアを目指して進軍していた。そして現在は王都と国境の中間の街ハザームを落としにかかっている。補給基地として最適な街だからだ。
しかし、アイリーン率いる援軍が間一髪で間に合い、辛くも鎧袖一触で攻め落とされる事だけは防ぐことができた。そして籠城し、王国軍本隊が到着するのを待っているのだ。帝国軍五千に対し籠城する王国軍は千。いくらアイリーンでも一人で五千人に勝てると本気で思ってはいない、はずだ。しかし、本隊の到着まで守り切れば勝ちという訳でもない。アフサカ谷を奪取されているのだから。あの谷を取り返さない限り帝国を撃退したことにはならない。言わば王国はすでに喉元に匕首を突きつけられているのに等しい。
そんな夜に軍議は行われていた。
「一番隊全滅の原因が分かっただと!?」
「はっ! 生き残り逃げ延びた兵が意識を取り戻しました! その者によりますと、気付いた時には帝国軍が城門の内側にいたそうです!」
「つまり……バルドの悪い予感通り、何者かが城門を開けたということか!?」
「他に考えられないかと……」
「くっ、内通者か……」
兵数も少なく面積も狭いメリケイン王国が百年近くも独立を保ってこれた理由の一つに兵士の質がある。剣闘奴隷制度に始まり強者を優遇し、弱者でも何か一芸があれば優遇される。王国以上に血筋に拘る周囲の国々にはあり得ないことである。そんな国民が一致団結して国を守るからこその強さなのだ。そこに一人でも内通者が現れたら……
「いや! 違う! 我らの仲間に内通者などいるはずがない! これはきっと帝国のスパイだ! そうだな? シンクレア!」
「御意でございます。よってこのハザームの城門が破られることはありません。殿下は心安らかに指揮をされてください。」
そう言ってシンクレアは軍議から退出した。その後ろにはロザリタが付き従う。
「して、殿下。この状況をいかがされますか? このまま援軍を待つのが上策かと……」
「帝国のスパイが入り込んでいるなら炙り出しも……」
「夜襲にも警戒をせねば……」
「その辺りの細かい作戦はそなた達に任せる。警戒と休息、うまくバランスをとりつつやるがよい。妾は少し出てくる。」
そう言ってアイリーンも退出してしまった。残された者達はできる限りのことをしようと策を練っている。市民の安全確保や食糧の分配も考えなくてはならない。籠城の問題は帝国だけではないのだから。
アイリーンは護衛の騎士を三人ほど連れて城門の前に居た。何をするつもりだろうか。
「開門!」
「で、殿下!?」
「お、お気を確かに!」
「外は敵だらけですぞ!」
「だからだ。お前達に妾の本気を見せてやろう。見たいであろう? 分かったら門を開けよ!」
やはり護衛の騎士程度では炎姫を御することなどできない。国王にもできないのだから。
ゆっくりと門が開いていく。敵軍が殺到するかと構える護衛と門番。突然のことに騒然とする場内。先ほど内通者の話が出たばかりなのに。しかしそれより驚いたのは帝国軍だ。明らかに異常事態である。一部では降伏をするのかと楽観視する兵もいた。
共を許されず城壁内に残る護衛達。門を閉じよとアイリーンは命令をしたが、それだけは聞けなかった。アイリーンが戻るまで開けたまま死守する覚悟であった。
「今宵も星がきれいだと思わぬか? 帝国兵よ。」
そう言って一閃。首が落ちることはない。即死させる必要もない。致命傷であればいいのだから。
「お前達ごときに恨みはないが、王国領を踏みにじった罪は重い。死んで詫びよ。」
『
横に長く炎の壁が展開される。それに飲まれた帝国兵がまず死んだ。アイリーンが前進すれば壁も前進する。突然の炎に襲われた帝国軍の狼狽ぶりはたちまち全軍に伝染してしまった。アイリーンの前に立ち塞がれば斬られる。横に回り込むことも後ろから近付くこともできない。同じ魔法使いが火を消すか、正面から戦って勝つしかない。
「さあどうした帝国の腰抜けども! メリケイン王国が王女アイリーンはここにいる! お前達が腰抜けでないと言うなら妾の首をば取ってみよ!」
これに反応したのは前線の一般兵達だった。王女アイリーンと言えば誰でも知っている一番手柄、もしも捕らえようものならどれほど莫大な褒美が貰えることか。策もまとまりもないまま、兵はアイリーンに殺到し、瞬く間に斬られた。
なおも前進を続けるアイリーン。殺到をやめない帝国兵、いや上からの指示を聞いている者などいない。手柄とアイリーンの体欲しさに無謀な突撃を繰り返しているだけだ。
そんなアイリーンだが、三十分もすれば疲れが見えてきた。当たり前だ。戦いながら魔法も同時に使っているのだから。そこを好機と見たのか帝国軍はついに味方を巻き込むのも構わず雨のように矢を降らせてきた。
『
そんな矢も空中で燃え尽きてしまいアイリーンの肌を傷つけることはなかった。
「ええーい! 退屈だ退屈だ! 帝国兵とはここまで弱いのか! 誤算であったわ! こんなことなら昼のうちに本気を出して全滅させておけばよかったわ! このようにな!」
『
百平方メイルにも及ぶ炎が広がる。アイリーンがいた場所にも炎が高らかに燃え上がっている。そしてアイリーンの姿は消えていた。
「帰ったぞ。門を閉めておけと言ったのに。バカ者め。」
「いえ、殿下がお帰りになってから閉める予定でした。ご下命通り今から閉めます!」
「ご無事で何よりです!」
「お帰りなさいませ!」
「妾は寝る。朝まで起こすな。」
「はっ!」
「お休みなさいませ!」
「よい夢を!」
アイリーンは用意された自室に戻り服を脱ぐ。いや、張り付いて脱げない。傷一つない白い肌を覆うのは夥しい汗だった。帰る間に顔だけは拭ったのだろうが、体はそうはいかない。ブーツの中もまるで大雨に降られたかのようだった。そしてアイリーンはその汗を拭き取る力もなく、ベッドに倒れ込んだ。
「バルド……妾は……負けぬ……」
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